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72_追いかける
しおりを挟む「ルーナティア様、待ってください」
出ていくルーナティア様を追いかけるため、俺も席を立った。
「あら、もう帰っちゃうの?」
カフェの玄関を押し開けようとしたところで、隣の席のカップルに呼び止められた。
「残念ね。仲良くなれると思ったのに」
「ごめん、俺の代わりに、君らはよい夜を過ごしてくれ」
「ええ、もうすぐ俺達、結婚するんだ」
彼らはお互いの肩に腕をまわして、笑顔を花咲かせる。二人の全身からは、幸せのオーラが放たれていた。
「それは喜ばしいことだ。幸せそうで羨ましいよ。結婚式には、ぜひ俺も呼んでくれ」
「もちろんだよ! 結婚式には、君と相性がよさそうなイケメンの男友達も呼んでおくから、期待して待ってて」
「そう言うことなら、辞退する。絶対に呼ばないでくれ」
「おや」
カップルは不満そうに、唇を尖らせる。
「失礼だな。彼は顔も性格もいい人なんだよ」
「怒らないでほしい。あ、だったら、俺の代わりにエドアルドに行ってもらうよ。あいつのために、イケメンを大勢連れてきてくれ。言っとくが、あいつは好みにうるさいぞ。その要求に応えられるかな?」
「もちろんだよ、俺達に任せてくれ!」
「おい! 親友を売ったうえに、事態がさらにややこしくなりそうなことを言うんじゃない!」
エドアルドの非難の声を背中で聞きながら、俺はカフェを出た。
※ ※ ※
「待ってください、ルーナティア様!」
町の出口に向かって歩いていると、エンリケの声が追いかけてきた。
「エンリケ? どうしたの?」
「せめて門まで、見送らせてください」
「そんな、よかったのに」
「俺がそうしたいんです。さあ、行きましょう」
エンリケは少し強引に、私の肩を押して、歩き出した。
それから私は、エンリケと肩を並べて歩いた。
露店を見たり、催し物を見物して他愛のない話に花を咲かせているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
きっと今年の冬花のパレードは、最悪の日になると思っていた。
追い出されるような形で、たった一人で、逃げるように故郷を離れるのだ。門を目指す間、私はみじめな気持ちに押し潰されそうになるはず。この日が、結婚式のに次ぐ、最悪の日になることを、私は覚悟していた。
でも気づけば、暗い気持ちは吹き飛び、私はこの時間を楽しんでいた。
エンリケやアルフレド卿が、暗い気持ちを吹き飛ばしてくれたのだ。
――――それでも、油断をするべきではなかった。
「――――そういえば、陛下の離婚はもう決まったんでしょ?」
通りかかった男女の会話が、耳に滑り込んできて、呼吸が止まった。エンリケの肩も強ばる。
「まったく、皮肉な話よね。恋人達の祭典の日に、離婚が成立するなんて」
「・・・・・・・・」
こうなることを恐れていた。国王夫妻の離婚の話が、町の人達のたわいのない会話の種となり、それを耳にして、傷を抉られてしまうことを。
だから噂話から逃げるため、早くブランデを立ち去ろうとしていた。
――――でも、エンリケ達と過ごす時間があまりに楽しくて、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
「ルーナティア様、行きましょう」
私はエンリケに手を引かれ、歩き出した。
「・・・・すみません、俺の配慮が足りませんでした」
「ううん、気にしないで」
私は気まずさを誤魔化すために、笑う。むしろ、私の問題でエンリケに気まずい思いをさせてしまっていることに、罪悪感を覚えていた。
――――エンリケのおかげで、通行人の視線が気にならなくなっていたのに、今また、私は人の視線に怯えている。私がその噂の元王妃だと、気づかれたらどうしようという恐怖と、ここにいたくないという気持ちが、風船のように膨らんでいった。
そのせいで自然と俯きがちになってしまい、私はエンリケの目を見ることもできなくなった。
「エンリケ、やっぱり私、もう行くことにするわ。今日は本当に――――」
「ルーナティア様」
名前を呼ばれて、怖々と視線を上げる。
――――エンリケはいつも通り、優しい微笑を向けてくれていた。その目に浮かんでいたのが、同情でも、気遣いでもなかったことに、私は安堵する。
「最後に、ルーナティア様に見せたいものがあるんです。今から、一緒に見に行きませんか?」
「見せたいもの? でも――――」
それが何か興味はあったものの、これ以上群衆の中を歩くことに、不安を覚えていた。
「大丈夫、人の目に晒される心配がない場所です」
私の不安を読みとったのか、エンリケが先回りして、そう言ってくれた。
「途中、城の敷地を通らなければなりませんが・・・・」
「城?」
その話を聞いて、私はますます気乗りしなくなった。
こうしてまだ、ブランデに留まっていることにも、焦りを感じているのに、町の景色以上に、嫌な思い出を呼び起こされるあの石造りの建物の中に、今さら戻りたくない。
「今さら、城には戻れないわ・・・・それに、衛兵に止められると思う」
「できるだけ人に見つからずに、通り抜けられる道を知っています。確かに途中の通路に衛兵が立ってますが、大丈夫、彼は俺の味方です。俺達を止めたり、このことを口外することはありません」
「でも・・・・」
それでも、不安は拭えない。
「不安なら、フードで顔を隠していてください」
エンリケが私の上着のフードを、頭に被せてくれた。
「これで俯きがちに通れば、きっと顔はわかりません」
「でも、顔をよく確認せずに、衛兵が通してくれるかしら?」
「以前はよくあったことなので、気にしませんよ」
その言葉の意味がとっさにわからず、私は少し考える。
――――そして意味を悟り、なぜか怒りが湧いた。
「・・・・そう、だったわね。あなたはよく、恋人を城の中に連れ込んでいたんだったわ」
「ず、ずっと昔の話です! 最近はそういうことは一切ありません」
すっかり忘れてしまっていたけれど、エンリケは昔、女たらしだと浮名を流した男なのだ。城の敷地内に、恋人を連れ込んだこともあるらしいと、耳にしたことがある。エンリケの悪癖に慣れている部下は、彼が連れてきた女性の顔を、いちいち確認したりしないのだろう。
「別に、私に言い訳をする必要はないわよ。あなたはもうエレアノールの婚約者じゃないんだから」
エンリケの女性関係に、私は口を出せる立場にはない。
――――なのになぜか腹立たしく感じて、声が刺々しくなってしまった。
その刺々しさが伝わってしまったのか、エンリケの表情が少し翳る。
「・・・・あなたにそう言われるのは、少し複雑です」
気が咎めて、私は態度をあらためた。
「・・・・ごめんなさい。私が口を挟むことじゃなかったわ」
「いえ、どんどん口を挟んでください。むしろ、ルーナティア様が文句を言ってくれると嬉しいです」
「え? 罵倒したほうがいいってこと?」
「違います、違います。罵倒されることに、喜びを見出してるわけじゃなくて・・・・えーと・・・・何て伝えればいいのか・・・・」
エンリケは、今度は困っている様子だった。私のほうも、何が正解なのかわからず、少し困る。
「・・・・わかった。行くわ」
エンリケがそう言ってくれるのなら、きっと大丈夫だ。そう思えたから、私は承諾した。
「よかった。それじゃ、行きましょう」
エンリケは嬉しそうに言って、私の手を取った。
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