魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
72 / 118

71_真面目に不真面目になろうと努力しよう

しおりを挟む


「ええと・・・・二人に、相談があるの」


 気づけば、そんなことを口走ってしまっていた。


「相談ですか?」


「ええ・・・・友達のことなんだけど」


 頭の中に、リュシアンやゴンサロ達の顔が浮かんだ。



 偶然とはいえ、最後にエンリケ達に出会えたことは、よかったことなのかもしれない。ブランデを離れれば、リュシアン達以外に相談できる相手はいなくなるから、今のうちに誰かに悩みを相談したかった。


「最近・・・・といっても、もう何か月も前の話なんだけど、私、新しい友達ができたの。だけどその子達、私とは育った環境がまったく違っていて、少し困ることがあるのよ」

「仲違いしたんですか?」

「ううん、仲良くできてるわ。・・・・でも時々、話が噛み合わないの」

「あー、わかります」


 エンリケが相槌を打ってくれた。


 リュシアン達は不自由な身の上ながら、森の中で思うままに生きてきた。彼らを育んできた森には、私の世界では当たり前だった常識は存在せず、箱入りだった私と彼らの間には、いつも齟齬がある。時々、話やノリが噛み合わずに、苦労していた。

 リュシアン達は、その場の雰囲気とノリを全力で楽しもうとしているところがあって、時々とんでもないことをしでかし、私も何度も度肝を抜かれた。

 その上リュシアン達は、結果起こる惨状まで、楽しんでいるところがあるのだ。楽しそうに笑う彼らを見ると、時々、注意することで水を差すことになってしまうのでは、と躊躇ってしまう。


 でも、それは正しいことなのか。私は迷っている。


「時々悪ふざけで、法律に抵触しそうなことまでやるのよ。私は止めるんだけど、そうすると白けた空気になってしまって、何だか気が咎めるの」

「・・・・その気持ち、わかります」


 すると心当たりがあったのか、アルフレド卿が頷いてくれた。


「わかってくれるかしら?」

「ええ、スクトゥム騎士団の団員達は、不真面目の見本のような団長の影響か、時々度が過ぎた悪ふざけをします。俺が止めるんですが、そうすると白けた空気になるんですよね。間違ったことはしていないのに、なぜか俺のほうがいたたまれない気持ちになります」

「わかってくれるのね!」


 感激して、私は思わず、アルフレド卿の手を握ってしまう。


「まあ、そういうこともありますよね」


 エンリケが私の手を取って、やんわりとアルフレド卿から引き離した。


 その行動で、あまり親しいとは言えない相手にたいしてすることではなかったと気づき、恥ずかしくなって手を引っ込める。


「ルーナティア様、深く考えることはないんですよ」


 アルフレド卿が、そう言ってくれた。


「ブランデには色々な国の人間が集まってきますから、そう言うこともあるものです。スクトゥム騎士団の団員は平民と貴族で構成されているので、貴族と平民の常識の違いに、よく驚かされます。ですが仲良くやれていますし、生い立ちの違いが交流の障害になったと感じることはありません」

「そうなの。・・・・相手の話がよくわからなかったときは、どうしているの?」

「適当に相槌を打てばいいんです」

「え?」

「エンリケがよくやってますよ」


 アルフレド卿は、エンリケの肩を叩く。


「こいつはよく人の話を聞き流します。でもほとんど聞いてなくても、よくわかる~とか、そういうもんだよな~とか適当なことを言って、相手に話を合わせます。それでうまくいってるんです」

「・・・・・・・・」


 目が合うと、エンリケは笑顔を返してくれた。


「・・・・ずいぶんと適当なのね」

「ええ、適当という言葉が服を着て歩いているようなものですから」


 エンリケは反論しなかった。


「ルーナティア様は、真面目に考えすぎなんです」

「私、真面目すぎるのかしら? 友達にも、そんなこと言われたんだけど」


 ――――真面目すぎる。柔軟性がない。面白みがない。それが今までの私の評価だった。


 誰かが決めた道順に従うだけの人生なんて、つまらないものだ。


 だけど頭ではそうわかっていても、私は脱線すること、叱られること、誰が決めたのかわからないルールを破ることに、大きな不安を感じてしまい、結局行動に移せないことが多かった。


 石橋を叩いても渡らない。そんな風に言われたこともある。


 真面目や慎重という言葉の裏を返せば、消極的、殻を破れないということでもある。自発性の欠如も、前世の失敗の原因の一つなのだと、今はひしひしと感じ、そんな自分に嫌気が差していた。


 だから、エンリケやリュシアンのように自由で、なおかつ自分の意思をはっきり持っている人に出会うと、自己嫌悪に陥ってしまう。



 ――――殻を破りたい。話しているうちに、本当に二人に相談したいことが見えてきた。



「その場のノリに合わせればいいんですよ。エンリケはこれ以上ないほどいいかげんな人間ですが、こんなノリでも、まわりとはうまくやっています。むしろムードメーカーをやれるほどです。エンリケを見ていると、人間はこんなに適当でもどうにか生きていけるのだと、実感します」

「そうですよ、ルーナティア様。ルーナティア様は、もっといいかげんになるべきです」


 アルフレド卿の話は、褒めているのかけなしているのかわからない内容なのに、ここでもエンリケは異を唱えるどころか、肯定するようなことを言った。


「でも・・・・どうやっていいかげんになればいいのかしら? まずはそこからわからないわ」


 私がまた悩むと、二人は困ったような顔になってしまった。


「ええと・・・・不真面目になろうと悩むこと自体、真面目すぎるというか・・・・たとえば、エンリケがあなたの立場だったのなら、なるほどね~、目から鱗が落ちたよ~、とか、適当なことを言ったでしょう。とりあえずこいつは、話を聞いていなくても話を合わせてきますから」

「な、なるほど・・・・?」

「話の内容を理解できたか、理解できなかったかは問題じゃないんです」


 今度はエンリケが、私に話しかけてきた。


「何もわからなくても、わかったつもりになって答えることが重要です。わかっていると、自分を騙すことが大事なんです」

「・・・・なんだか、最低な人達の話を聞いている気分になってきたわ」

 エンリケとアルフレド卿が真面目な顔で不真面目なことを言うから、その空気に騙されそうになったけれど、冷静に考えてみると、話の内容は最低だった。

「ルーナティア様、それは考えすぎです」


 エンリケの大きな手が、私の手に重ねられる。


「世の中の会話の大半には特に意味はなくて、聞き流しても問題ないんです。俺はいいかげんな人間なので断言できますが、いいかげんな人間は脳をいかに使わないかということに腐心しています。どれだけ興味ない話題を聞き流すか、聞き流したうえで会話の流れを切らないように、その場の雰囲気を盛り上げるか、という点が重要です」

「そ、そうなの・・・・」

「その場の雰囲気で、適当に調子を合わせるだけでいいんです。俺はそれでどうにかなってきました」

「で、でも、話を聞いていないとばれたら、怒られないかしら?」

「怒られることもありますが――――」

「あるの!?」

「それは些細なことなので、流しましょう」

「・・・・・・・・」


「・・・・そんな、養豚場の豚を見るような目で見ないでください」


「違うぞ、エンリケ。豚には愛嬌があるし、意外に賢いし、綺麗好きだ。お前よりもずっと可愛い」


 私の反応に、少しだけ傷ついているエンリケに、アルフレド卿が追い打ちをかけた。


「ぐ、具体的には、どうすればいいの?」

「そうですね・・・・」


 エンリケは目を彷徨わせる。


「進路について意見を求められたら、お前はどうしたいんだ、と疑問形で返しましょう。話をほとんど聞いていなかった時に、突然、お前はどう思うと意見を求められて困ったら、いいと思うよ、俺は賛成だ、と返しましょう」

「・・・・・・・・」

「この通り、エンリケはいいかげんで最低な人間です。でも、こんな考えでもそれなりにやれているんだから、ルーナティア様も肩の力を抜いてください」

「エンリケを教師にしろということかしら?」

「反面教師にして、ほどほどにしてください」

「な、なるほど・・・・」


 その話の内容に、説得力があるかどうかの問題は脇に置いておくとして、こんないいかげんな話を、真面目に話せる人達がいるのだから、私が適当に生きることは難しくないと思えてきた。



「ありがとう。二人のおかげで、私、もっといいかげんになれる気がするわ」


 私は二人に、感謝を伝える。


 ――――言葉にしてみると、なにか間違っている気がしたけれど、気のせいだと自分に言い聞かせた。




「それじゃ、私はもう行くわ」


 そろそろ潮時だと思い、私は席を立つ。


「え? もう出発するんですか?」


「ええ。だってこれ以上、二人の邪魔をしたくないもの。後は二人だけで、ゆっくり楽しんで。よい夜を」


「ちょっと、ルーナティア様! これ以上まわりに誤解されるようなことは言わないでください!」


 焦る二人を横目に、私はカウンターで会計をして、カフェを出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...