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69_妖精の正体
しおりを挟む「それじゃ、留守番をお願いね」
廃墟となった修道院に身を寄せることになった翌日、私はブランデに戻るため、身支度をしていた。
「・・・・どうしても、ブランデに戻らなきゃならないのか?」
見送りに来てくれたゴンサロは、不安を隠せずにいる。
「もうすぐ、建国記念日と冬花のパレードがあるの。私も、今はまだ一応王妃だから、行事の準備には参加しないと」
私も、この修道院にリュシアン達だけを残して、ブランデに戻ることに、不安を感じないわけじゃない。
一年間は、王妃の政務は代理の人が執り行ってくれているから、私が何もしなくても、式典や祭典は滞りなく行われるはずだった。
(・・・・でも私このままじゃ、何もしなかった王妃のままで終わっちゃうし・・・・)
――――エセキアスとの離婚が、近づいている。閣僚の見立てでは、おそらく冬花のパレードの日の前後になりそうだということだった。
恋人達の祭典の日に、離婚が成立するなんて、神様の悪意を感じる。
だけど私はタイミングの悪さ以上に、王妃としての務めを何一つ果たさないまま、その座から引きずり降ろされることのほうが嫌だった。
情けない王妃だったけれど、最後に一つだけでいい、王妃としての務めを果たしたい。そう思って、私は建国記念日と、冬花のパレードの準備に取り組むことにした。
最後だけは王妃としての務めができた、と思えれば、それだけでも、離婚で沈んだ気持ちがほんの少し軽くなるはず。
「だから、留守の間のことは、あなたに頼むわ、リュシアン」
「おう、任せてくれ」
リュシアンは自信満々に、固めたこぶしを突き上げる。
――――何の不安も感じていないようなその顔を見て、私の不安は逆に高まった。
だけど、これでも消去法の結果の人選だ。このメンバーの中に、リュシアン以外に、最低限、まとめ役ができる人物が、他にいるとは思えなかった。
「待っている間は退屈だと思うけど、あまり遠出はしないで。誰かに見つかる恐れがあるから」
「わかってるって。誰にも見られないようにするよ」
不安が顔に出てしまっていたのか、リュシアンは私を安心させようとして、いつも以上に大きな声でそう言った。
「誰かと出くわしたら、素早く逃げるから大丈夫!」
「・・・・姿を見られずに、逃げられるわけないじゃない・・・・」
テルセロの返答に呆れて、ツッコミを入れずにはいられなかった。
するとテルセロはムッとしたようだ。
「逃げられるよ! 俺一度、森で新聞記者と遭遇したことがあったけど、次の日そいつの記事の見出しが、森で妖精と出くわした、ってなってたもん!」
「妖精・・・・」
その記者は、テルセロの逃げ足が速すぎて目で追えず、薄ぼんやりとしか見えなかったそれを、未知の生き物だと勘違いしたのかもしれない。
多少誇張が含まれているのだとしても、記者は本当に未知の存在を目撃したと信じ込み、興奮状態でおかしな記事を書いてしまった可能性はある。
「はは、その記者も、妖精だと思ってた奴が、小太りのおっさんみたいな見た目の亜人だって知れば、ショックを受けるだろうな」
「誰が小太りのおっさんだ!」
ここでもゴンサロの心ない一言によって、場外乱闘がはじまってしまう。
「喧嘩しないの! それにまだ説明の途中なんだから、最後までちゃんと聞いてよ!」
私は二人の間に割って入り、後ろに下がらせる。
「誰かがここに、踏み込んでくる恐れもあるわ。その時は、見つからないように窓から逃げて。それから、この印がついている場所に移動して、そこで待機してて」
私は亜人達の前に地図を掲げ、赤い印をつけた場所を指差す。
「わかった」
「いつでも逃げだせるように、生活の痕跡はできるだけ残さないようにしてね。姿を見られなくても、誰かがここで暮らしていた痕跡を見つけたら、きっと近隣の人達は、野盗が住み着いたかもしれないと思って、警戒すると思うわ。最悪、自警団を呼ぶかも――――」
「大丈夫、俺達、うまくやるよ!」
その言葉を信じたいけど、と私は苦笑する。
「それと、食事のことだけど――――」
「俺達は狩りができるから、大丈夫だよ、心配するなって!」
「ボスは心配性だなあ」
「・・・・肉だけじゃなくて、野菜も食べなきゃ駄目よ」
「わかってる、わかってる!」
「・・・・・・・・」
テルセロ達の、綿飴よりも軽い返事に不安を覚えたものの、それ以上注意しても、どうせ右の耳から左の耳に通り抜けるだけだろうと思い、私は出発することにした。
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