魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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66_脳筋だから、意見が合わない

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「・・・・それで、ご用件は何ですか?」


 本題を聞いて、早く追い返すべきだと思い、私はムスクルスの前に立ち、挑むように問いかけた。


 またムスクルスは、鼻を鳴らす。



「俺の用件は、一つだ。――――城と軍を引き渡して、今すぐ消えろ」



「・・・・・・・・はい?」


 聞き間違いかと思い、ムスクルスに目で問う。



「聞こえなかったのか? てめえは、魔王には相応しくない。オディウム様のものを全部置いて、さっさと消えろって言ったんだ」


 聞き間違いじゃなかったようだ。


「お前が魔王? ふざけんなよ。別のやり方か何か知らねえが、魔王は強い存在でなきゃならないんだ」


 ムスクルスがまた前に出てきたので、胸がぶつかりそうになり、私は後退するしかなかった。


「魔王の称号は、俺が引き継ぐべきだったんだよ。オディウム様が苦戦している時に、俺がその場にいれば――――くそ!」

「ちょ、ちょっと待って! 私はリュシアン達に、魔王だって認めてもらったの! 今さらその座を明け渡せ、なんて・・・・!」

「関係ねえよ! 俺は、お前を魔王だとは認めない! 俺が認めないってことは、それは魔王軍の総意じゃなかったってことだ。留守番をしてくれたことには礼を言うが、もうお役御免なんだ、さっさと消えろ」

「そんなの・・・・!」


「さっさと消えろと言ったんだ!」


 爆発のような怒声をぶつけられ、私は一瞬、声が出なくなってしまった。


 ムスクルスの腕は丸太のように太く、声は鼓膜に痺れを感じるほど大きい。――――存在感の塊だ。彼が無造作に腕を振るうだけで、私は壁に叩きつけられ、そのまま二度と目覚めないこともありえるだろう。


 そんな圧倒的な存在に眼前に立たれると、凡庸な私は圧倒されてしまう。オディウムを前にした時と、似た感覚を味わっていた。


(・・・・だけど、ここで引くわけにはいかない)


 私には、成し遂げなければならないことがあるのだ。前世のあの悲劇を繰り返さないために、ここで退くわけにはいかない。


 でも、ムスクルスも引き下がらないだろう。昔ながらのシンプルな強さを崇める彼が、私を魔王として認めることは、今後もありえない。


 それに私としても、ムスクルスを認めることはできない。


 ムスクルスはおそらく、オディウムの強硬路線を踏襲して、カーヌス軍に無謀な戦いを挑むはずだ。オディウムのように目的のために民間人を巻き込むことも、町を破壊することも、厭わないはず。


 ――――私は、それを看過することはできない。



「いつまでそうしてるつもりだ?」


 動き出そうとしない私に、ムスクルスは苛立っているようだ。


「・・・・断ったら? 私は、どうなるの?」


 恐怖を振り払い、私はムスクルスを睨みつける。


 ムスクルスの両眼が、ぎらりと光った。


「・・・・っ!」


 ムスクルスの腕が、前に動く。避ける間もないまま、私はムスクルスの大きな手に、首をつかまれていた。


「――――死ぬことになる」


 呟くように言いながら、ムスクルスはゆっくりと腕を上げていく。私の身体は容易く持ち上げられ、足裏が地面から離れた。


「かっ・・・・は――――」


 必死に息を吸おうとしたけれど、空気が喉で堰き止められて、肺が膨らまない。もがいても、ムスクルスの太い腕はびくともしなかった。


「おい、ボスを放せ!」


 私を助けようと、リュシアンとゴンサロがムスクルスに攻撃を仕掛ける。


 ムスクルスは彼らを見ようともせず、もう一方の腕を無造作に横に動かした。


「ぐっ・・・・!」


 ゴンサロは手刀を喉に食らい、倒れたものの、リュシアンは低い門をくぐり抜けるように、姿勢を低くして腕を回避する。


 そして、剣刃を振り上げた。



 横に大きく伸びた閃光が、ムスクルス――――ではなく、ムスクルスの手首をとらえた。



「・・・・っ!」


 手首がぱっくりと割れて、血が吹き出す。


 ムスクルスは腕を引っ込め、私は自由になったけれど、膝に力が入らず、その場にへたり込んだ。ムスクルスの手首の傷はあっさり塞がり、彼は手首の動きを確かめるため、軽く手を振る。



「げほっ・・・・げほっ・・・・!」


 必死に息をしながら、私は顔を上げる。


 ――――武器を構えたリュシアン達が、柵のように私のまわりに並び立ち、ムスクルスを睨みつけていた。


「・・・・俺に逆らうつもりか」

「逆らうも何も、俺達はルーナティアを次の魔王として認めたって言っただろ。あんたらに用はないし、ここにあんたらの居場所はない。さっさと帰ってくれ!」


 ムスクルスのこめかみに、青筋が浮かぶ。


「その女に何ができる? 俺みたいに、こぶし一つで岩を砕けるのか!?」

「できないけど、でもあんたもアホだから、戦術も考えられないじゃん!」

「てめえ、この野郎!」


 煽りなのか、それとも思ったことを口走っただけなのか、ゴンサロの台詞に怒ったムスクルスがこぶしを固めて、一触即発の空気が流れた。


「どっちが魔王に相応しいか、勝負をつけるしかないようだな」


 指の関節を鳴らしながら、ムスクルスは前に出てくる。


「タイマンで勝負つけようぜ。そうすりゃ、兵を無駄にせずに、どちらが魔王に相応しいか、決めることができる」

「応じるわけないでしょ。・・・・というか、それって私にとっては自殺だし」

「魔王軍の指揮官が、部下に守られるだけでいいと思ってやがるのか!」

「あなたの指揮官の認識は間違っている。指揮官に求められるのは、軍の統率と目標設定よ。兵士の能力を引き出して、力を生かせる作戦を考えるのが、指揮官の役目なの」

「それでいいと思ってんのか!? すべてを統べてこそ、指揮官だろうが!」

「だからあんた、特攻しかできないんだから、全然統べられてねえじゃん!」

「うるせぇっ!」


 すかさずツッコミを入れるゴンサロを、ムスクルスは、うるさいという、すべての反論を封じる力業の一言で黙らせる。


「ゴンサロ! てめえ、可愛がってやった恩を忘れたのか!?」

「はあぁぁ!?」


 ゴンサロの声が裏返る。


「可愛がってやっただぁ? 俺を使いパシリにして、時々サンドバッグにしやがっただろうが!」

「愛のある教育だ!」

「てめえの愛なんざいらねえよ!」


 なんだか話題が、個人的な恨みに移行してしまった。


「てめえらはこの城を自分の物のように扱ってやがるが、ここは誰の城だ? オディウム様の城だろうが! てめえらの所有物じゃねえんだぞ!」


 ムスクルスは私を指差し、言い放つ。



「俺は引き下がらないぞ。オディウム様のものは、すべて返してもらう」



 ――――交渉の余地はないと、思い知った瞬間だった。



 そもそも彼は最初から、話し合うために来たんじゃない。取り戻すために、ここに乗り込んできたのだ。


 それに彼の言い分にも、一理ある。確かにこの城も、魔王軍の基礎も、オディウムが築き上げた。私が一から、作り上げたものじゃない。



「・・・・わかったわ」


 私は一息ついて、決断した。


「――――城を出ていく」

「・・・・・・・・はあ?」


 私の決断にリュシアン達は面食らい、ムスクルスも驚いている様子だ。


 私は立ち上がり、ムスクルスを睨みつける。


「確かにこの城を造ったのは、オディウムよ。あなたの言い分にも、一理ある」

「ボス! 何を考えてるんだ!?」

「聞いて」


 前に出ようとしたリュシアンを制して、私は彼に耳打ちした。


「この城を守ったところで、カーヌス軍に見つかったら、その時点で負けが決まってしまう。ドラゴンレーベンを封印するには、別の切り口が必要よ。そして新しいやり方に、城は必要ない」

「だけど――――そんなの――――」


 リュシアンは悔しそうに、奥歯を噛みしめている。


「悔しいのはわかる。でも、ここであの人達と争ったら、どちらにも大きな被害が出てしまう。この城に、命を賭けなきゃならないほどの価値があるとは思えないわ」


 ムスクルスは腕の一振りで、亜人あじん達を薙ぎ払っていた。リュシアン達が彼に挑んでも勝てないだろうし、強さがすべてというムスクルスの部下達も、かなり強いはず。


 数ではこちらが勝っていると言っても、魔王軍の全員が、私を代表として認めているわけじゃない。他に適任がいなかったから、何となく従っていた亜人あじんもいるだろう。


 ムスクルスが帰還した今、彼の側に味方する亜人あじんもいるはず。だからこの戦力差は、絶対じゃない。



 こんな状況でぶつかり合ってしまったら、双方に大きな被害が出てしまう。



 呪いを解くために、宿敵であるエセキアスと戦って負傷するならともかく、ムスクルスとは意見の相違はありつつも、同じ目的のために強力できるはず。なのに身内同士で争って、消耗するなんて、馬鹿げてる。


 それにリュシアン達を、魔王軍一と称された人物と戦わせたくなかった。怪我ですむならともかく、殺されることになったら――――最悪の予想が頭に浮かんで、私はぞっとする。


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