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65_戻ってきた右腕
しおりを挟むその日私は魔王城の訓練場で、亜人達の訓練を見ていた。
(・・・・やっぱり、この訓練方法は間違っている気がする)
――――魔王として本格的に、魔王軍の編成と訓練に取り組んでからはや数か月、私は壁にぶつかっていた。
この数か月間、亜人達には、カーヌス軍が得意とする、盾を使った密集陣形を基本に、訓練してもらった。
すぐに成果は表れて、亜人達の構えも、陣形も、ずいぶん様になってきたように思える。
――――それでも、魔王軍が強くなったという実感は得られなかった。
それどころか、亜人達の利点を生かせていないと感じている。
そもそもこの戦法は、大軍と大軍が真正面から衝突するときに用いられるもの、兵数では、魔王軍はカーヌス軍に比較にならないほど負けている。
(カーヌス軍のやり方を真似るだけじゃ、いつまでも勝てないのかも・・・・)
兵数で劣っているとはいえ、魔王軍にも利点はある。
亜人達が、脳味噌まで筋肉と自称しただけあって、魔王軍の個々の兵士達の身体能力は、人間を圧倒的に凌いでいるのだ。
人間では跳び越えることが困難な障害物でも、彼らは軽々と越えるし、直角の壁もわずかな窪みを見つけて、腕の力だけで簡単に登ってしまう。
人間の能力に合わせて造形された魔法盾を使った密集陣形は、彼らのそんな利点を潰してしまうのだ。
「みんな、休憩して」
考え直すべきだ。そう感じて、私は訓練を中断した。
「飯食ってきまーす!」
軽い言葉を残して、笑い声とともに、亜人達は訓練場から出ていった。
一人残された私は、隅のテーブルに近づき、地図を広げて覗き込む。
(カーヌス軍と対等に戦えるようにと思って、大盾を使った訓練をしてきた。でも、間違っていたのかも。――――作戦に合わせた訓練をしないと、意味がない・・・・)
私は、オディウムと同じ間違いをしてしまったのかもしれない。
オディウムはドラゴンレーベンの力を押さえ込む魔法陣を作りながらも、それをまったく生かせなかった。
その力を活用できる作戦を、考えていなかったからだ。
兵数で不利なのだから、真正面から突撃しても、勝ち目はない。――――だとしたら、魔王軍が選べる戦法は、奇襲のみ。
(奇襲に合わせた訓練をするべきだったのかもしれない。まずは――――)
作戦を考え、次にそれに合わせた訓練方法を考える必要がある。
「ボス! ボス!」
慌てた様子で戻ってきたリュシアンを見て、私は考えを中断した。
「どうしたの?」
「ムスクルスが戻ってきた!」
「ムスクルス?」
初めて聞く名前に眉を顰めていると、訓練場の奥が騒がしくなる。
休憩するために出ていった亜人達が、わらわらと駆け戻ってきていた。
「どけ! 道を開けろ!」
突然、怒声が飛ぶ。
見慣れた顔ぶれの中に、見慣れない顔があった。大柄な亜人達以上に、その人物は背が高く、亜人達の中から、頭が飛び出している。
「おい、ボスに近づくんじゃない!」
亜人達は、その人物の歩みを止めようとしていたようだけれど、身体の大きなその人物は、腕の一振りで亜人達を蹴散らしてしまう。
「ぐっ・・・・!」
その人物に投げ飛ばされた亜人が、壁に背中をぶつけ、崩れ落ちた。
「ちょっと・・・・!」
「ボス!」
私が前に出ようとすると、駆け戻ってきたゴンサロが私の前に立った。
「あいつは誰なの?」
「――――ムスクルスだ。オディウム様の右腕だった男だよ」
リュシアンが、私の疑問に答えてくれる。
「あいつが、なんで今頃戻ってきやがったんだ!?」
ゴンサロも不思議がっていた。
オディウムが討伐されて、もう半年以上が過ぎた。右腕だったのなら、君主の死後、すぐにはせ参じたはずなのに、帰還が数か月後なんて、あまりにも遅すぎる。
「ムスクルスなんて名前、初めて聞いたわ。今まで、どこにいたの?」
「オディウム様は前は、ロタリンギアの反体制派の動きを利用できないかと考えてたんだ。それでムスクルスを、ロタリンギアに諜報員として送り込んだ。だけど向こうでへましたらしくて、どっかの領主の捕虜になってたらしい」
「・・・・そこから逃げてきたってことね」
私は溜息を零す。
「・・・・面倒なことになるぞ。オディウム様が死んで、あいつが戻ってきた今、自分が次の魔王になると言い出しても、おかしくない」
私は息を詰め、リュシアンの横顔を見つめる。
(・・・・そうか。その可能性があったんだ・・・・)
オディウムが魔王軍の頂点に君臨していた時にも、彼の隣には、右腕、左腕と呼ばれた補佐役がいたはずだ。
なのにオディウム討伐後、オディウムの部下の名前が挙がらないまま、私が次の魔王に選ばれた。
最初はそのことに違和感を覚えたものの、リュシアン達が私を〝魔王軍の代表〟として扱ってくれたから、いつの間にか違和感は消えていた。
でもきっとその裏側で、私を魔王軍の代表だと認めないメンバーは、密かに城から去っていたのだろう。実際、ムスクルスの後ろには、彼の部下だと思われる、亜人達が続いているのだから。
「ボス、あいつに勝とうなんて思うなよ。ムスクルスは魔法はさっぱりだが、腕力や脚力は魔王軍一だ。俺達が戦って、勝てる相手じゃない」
「そもそも自分から戦おうなんて思わないから、安心して。・・・・向こうが仕掛けてくるなら、話は別だけど」
リュシアンの忠告に、私はそう答えた。
ムスクルスの強さが魔王軍一じゃなくても、ろくに剣も振るえない私が、自分から彼に攻撃を仕掛けるはずがない。そうでなくとも彼は、兵士の見本のような体格をしているのだ。
「見るからに強そうだものね。腕なんて、丸太みたいだわ」
「腕っぷしの強さだけじゃない。あいつは、皮膚を硬質化することができるんだ。それをやられたら、剣も通らなくなる」
「そんなの、不正レベルの強さじゃない・・・・」
ゲームだったら、確実に不正と認定される強さだ。
以前は、それなりに剣が扱える人を、〝強い〟と認定していた。だけどエンリケやオディウム登場後、どんどん上がり続ける〝強さ〟に私はうんざりしている。
「その上、あいつは直情的で、何をするかわから――――」
リュシアンの説明が終わらないうちに、ムスクルスという男と、彼が引き連れてきた部下達は、私の目の前に迫っていた。
――――ムスクルスという男は身長だけじゃなく、肩幅も広く、その身体は見事な逆三角形だった。私とは身長差がありすぎるから、真正面に立たれると、私は彼の顔を見るために、少しのけぞらなければならなかった。
一方で彼には、リュシアン達のような、一目で亜人とわかるような特徴がない。ブランデの群衆の中に混じっても、その巨体に驚く人はいても、彼が亜人だと気づく人はいないだろう。
それに、堂々たる体躯に反して、彼は落ち着きがなかった。
常に睨みをきかせることでまわりを威圧しようとしているその態度は、一歩も動かずとも、凍えるような眼光で、圧し潰されそうな威圧感を発していたオディウムとは、対照的だ。
「おい! 新しい魔王とやらは、どこにいる!?」
真正面に私がいるのに、ムスクルスは首を動かして、魔王の姿を探している。
「わ、私が新しい魔王よ」
ムスクルスの乱暴な振る舞いに恐怖を感じたものの、魔王軍を統率する者として、部下の後ろに隠れているわけにはいかないと思い、名乗り出た。
「お前がぁ?」
ムスクルスは私を見るなり、眉を跳ね上げる。彼の部下も、まったく同じ反応だった。何をされるのだろうと、私は警戒する。
――――だけど次の瞬間、ムスクルスが見せた反応は、私の予想を裏切るものだった。
「おいおい、マジかよ!」
ムスクルスは突然、笑い声を弾けさせる。
私達は呆然と、爆笑しているムスクルスを見つめた。
「信じられねえ! お前みたいなちっこい女が、次の魔王だって? お前ら、こんな奴に従うなんて、気が狂ったのか!?」
あまりの言われように、私はムッとした。
「こんな弱っちい奴に、オディウム様の代理が務まるはずが――――」
「――――でも、オディウム様は負けただろ」
リュシアンの切り返しで、ムスクルスの笑い声はぴたりと止まる。
訓練場の温度は氷点下まで下がって、肌が粟立つような緊張感が満ちる。
「・・・・ほう」
すっとムスクルスは顔を上げ、剣呑な光が浮かんだ両眼で、リュシアンを見据えた。
「オディウム様を侮辱するつもりか?」
「そんなつもりはない。だけど、オディウム様のやり方を踏襲するだけじゃ、駄目なんだ。オディウム様は強かったけど、どんなに強くても、ドラゴンの力には敵わなかった。今のボス――――ルーナティアは、純粋な強さ以外で、ドラゴンレーベンを封じる方法を模索している。俺達は、それに賭けたいんだ」
リュシアンの答えに、私は内心、驚いていた。リュシアンは何となく私に従っているだけと思い込んでいたけれど、彼は彼なりに、きちんとした考えを持っていたのだ。
ゴンサロ達も、リュシアンの言葉に感心したような表情を見せている。
だけど、ムスクルスを怒らせてしまっただろうか。場合によっては、リュシアンの答えに激怒して、攻撃を仕掛けてくる恐れもある。緊張しながら、私はムスクルスの表情を窺った。
「つまり・・・・軍の再編成をしてたってことか?」
「・・・・・・・・。まあ、そんな感じ」
リュシアンの話は、ムスクルスには十分の一も伝わっていなかった。リュシアンも早々に伝えることを諦めたのか、適当に返す。
ふんと鼻を鳴らし、ムスクルスは口角を吊り上げる。
「・・・・まあ、そういうことなら、お前らがオディウム様の没後、敵討ちもせずに、仮の魔王を崇めていたことも許してやろう」
上から目線の物言いに加え、ムスクルスは、仮の、という点をわざわざ強調する。ムッとして、私は前に出ようとしたけれど、その前にずいっと、ムスクルスが私に近づいてくる。
「一応、挨拶してやるよ、新しい魔王様」
彼は立ったまま、私を見下ろして、そう言った。へりくだるつもりなど、毛頭ないことを、態度で示している。
「俺はムスクルスだ。あんた、名前は?」
「る、ルーナティアよ」
「そうかい。名前まで弱そうだな。それにしても、ここも様変わりしたな。昔はもっと散らかってたのに」
ムスクルスは唐突に話題を変えて、訓練場の中を見まわした。
私は対応に困り、リュシアンに耳打ちする。
「ムスクルスって、どんな人なの?」
「脳筋って言葉を、そのまま実体化したようなマッチョだよ」
「そう・・・・」
「おい、てめえ! 今、俺のことを馬鹿にしやがっただろ!」
リュシアンの雑な答えの末尾に、ムスクルスの怒声が弾ける。
「・・・・気を付けろ。あいつ、俺達が悪口言ってる時だけは地獄耳になるから」
(面倒くさい人みたい・・・・)
思わず心の中で呟くと、ムスクルスは今度は、私を睨んだ。
「てめえ、今、面倒くさい奴だって思っただろ!」
「心まで読むの!?」
単純で直情的な言動から、心理戦は苦手だろうと予想していたけれど、野生の勘が悪口には反応するようだ。ひたすら面倒くさい人だと思った。
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