魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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64_割れ鍋に綴じ蓋

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「で、殿下はルーナティアのことを買ってくださっているのですね」


 レイモンドの言葉で、現実に引き戻される。


「しかし・・・・ルーナティアが不甲斐なかったから、スカーレットのような詐欺師に、付け入る隙を与えてしまいました。ルーナティアがもっとしっかりしていれば、こんなことには・・・・」


「その件に関しては、ルーナティア様が正しかった」


「え?」


 俺が断言すると、レイモンドの目が丸くなる。


「スカーレットは詐欺師で、口達者です。その口のうまさを利用して、陛下が激高しそうな場面で、うまく陛下を宥めている。あんなにうまく陛下の機嫌を取ることは、貴族のご令嬢では無理でしょう。スカーレットを引き合わせたルーナティア様の判断は、正しかったんです」


 ルーナティア様が意図的に、エセキアスにスカーレットを引き合わせたことを知り、その行動を疑問視していた。虚言癖があり、詐欺師でもある女性が、王妃に相応しいとは思えなかったからだ。


 そう思っていたのは、俺だけじゃないだろう。エセキアスのとなりにスカーレットの姿を見た者は、そのほとんどが眉を顰めていた。厄介なことになると、頭が痛くなったはずだ。


 確かに厄介な面もあった。スカーレットは浪費家で、エセキアスの愛人になった後も、彼の人脈を使って人を集め、詐欺行為を続けている。


 だが一方で、彼女が現れてから、エセキアスは少し変わった。


 スカーレットが、気難しいエセキアスをうまく操っているからだ。


 彼女は商売柄、気難しい相手も言いくるめなければならなかったから、物言いが巧みだ。その能力を、彼女はエセキアスにたいしてもいかんなく発揮させ、彼が怒りを爆発させる一歩手前で、うまくおだて、宥めている。


 おかげで側近達が、エセキアスの暴力の被害に遭う回数は少なくなった。


 スカーレットの言葉は、そのほとんどが上辺だけのものだが、その表面的なおべっかが、エセキアスには必要なのだろう。


 育ちのいいお嬢様では、こんなにうまくエセキアスを操れない。実際ご令嬢達は、エセキアスの癇癪を目の当たりにすると怯えるばかりで、何もできなかった。


 割れ鍋に綴じ蓋という言葉は、あの二人のためにあるのかもしれない。



「た、確かに、スカーレットは陛下をうまく操っています。だからこそ、厄介なのです。あの女はやはり詐欺師で、浪費家なんです」

「厄介な面と、いい面の、両面があります。確かに彼女の浪費癖には苦労していますが、一方で彼女がうまく陛下を宥めるため、陛下が暴れることは少なくなった」

「それは・・・・そうですが・・・・あの女は自分のために陛下を宥めているにすぎません。政治や国民や、私達のためじゃない」

「ええ、そうです。でも彼女が自分のためにしている行動が、結果的に俺達のためになっている」


 少なくともスカーレットの他者を操る力が、エセキアスの癇癪に手を焼いていた側近達を助けている。もちろんスカーレットは自分のためにやっているのだろうが、自分のための行動が、意外にも人助けになっているのだ。


 ――――エセキアスにスカーレットを紹介したルーナティア様の判断は、正しかった。スカーレットが選ばれなかったら、また他の女性が王妃に選ばれ、暴力に苦しめられることになっただろう。


(・・・・そう考えると、すごい方だな)


 無茶に思える行動にも、きちんとした理由があった。


 もしかしたら結婚式のその夜に城を抜け出すという行動にも、彼女なりに、何か大事な理由があったのかもしれない。


「殿下。殿下がルーナティアのことを気遣ってくださることを、嬉しく思います。ですがどうか、あの子には構わないでください。それよりも、エレアノールとの婚約について話しませんか?」

「その話は、お断りしたはずです」


 言下に断ると、レイモンドの笑顔にひびが入った。


「し、しかし・・・・」

「正式にエレアノールとは結婚できないと、お伝えしたはずです。エレアノールからも、そう聞いているはずですが」

「な、何が問題だったのでしょうか? エレアノールは親の目から見ても、素晴らしい娘です。殿下の結婚相手として、不足はないはず・・・・」

「エレアノールは素晴らしい女性です。問題は俺にあります。エレアノールのことは、妹としてしか見られない」

「夫婦として過ごすうちに、気持ちも変わっていくことでしょう。ですから、どうかもう一度、御一考を――――」

「何を言われても、俺の考えは変わりません」


 しつこい、という言葉をそう言い換えて、俺は無理に笑って見せた。


 レイモンドは落胆を隠せず、項垂れてしまう。


「・・・・あなたの義父になることを、楽しみにしていました。あなたがエレアノールと結婚すれば、私のことをお義父さんと呼んでくれるだろうと・・・・残念でなりません」


 レイモンドは未練がましく、ぽつりと呟いた。


「俺は今でも、あなたのことをお義父さんと呼べる立場になれればいいと思ってますよ」


「え?」


 俺の答えを聞いて、レイモンドは勢いよく顔を上げた。


「うまくいけば、の話ですが。・・・・あの方の気持ち次第なので、今は何とも言えません」


 もし俺の望みが叶えば、この人は俺の義父になるかもしれない。だから、関係を壊さずに、レイモンドの考えを変えたかった。


「そ、それはどういう意味で――――」

「ですから、あなたには尊敬できる人でいてもらいたい」


 レイモンドの声を遮って、俺は一歩、レイモンドに詰め寄る。レイモンドは気圧されたのか、顔が強ばっていた。



「・・・・ルーナティア様のことを、大切にしてください。それがあなたの償いでしょう」



 ――――レイモンドが予備である俺に価値を感じているのなら、この言葉を無下にはできないはずだ。


「・・・・・・・・」


 レイモンドは怯えたのか、声が出なかったようだが、代わりにこくこくと頭を縦に振った。
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