魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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63_怒り

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 苛立ちをぶつけるように、足早に廊下を歩き抜ける。絨毯が足音を吸い取ってくれたが、床が剥き出しだったら、俺の足音が高く響いていただろう。


「・・・・・・・・」


 リーベラ卿は数歩後ろを、無言でついてきているようだった。俺の背中から怒りを感じ取っているのか、話しかけてこようとしない。


 途中、妃殿下の侍女とすれ違った。


「あ、カルデロン卿――――」


 彼女は俺に笑いかけてくれようとしたが、俺の表情を見るなり首を竦め、残りの言葉を呑み込んでしまう。


 いつもにこやかに接してきたから、怒っている俺に戸惑っている様子だ。彼女には悪いと思ったが、今は笑う気分になれなかった。



「――――リーベラ卿」


 人気のない廊下の一角に来てから、俺は身を翻し、リーベラ卿に向かいあう。リーベラ卿も、侍女と同じように首を竦め、機嫌を窺うような目つきで、俺を見上げている。



「話があります。時間はありますね?」

「も、もちろんです。・・・・ですが殿下、今は二人きりですから、そのようにかしこまらず、いつものようにレイモンドとお呼びください」


 リーベラ卿――――レイモンドは、引きつった顔に無理やり笑顔を張りつける。


 レイモンドと俺は、良好な関係を築いてきた。


 俺の母親とエレアノールの母親が親しかったこともあり、レイモンドは幼い頃から何かと、俺の世話を焼いてくれた。


 エセキアスが横暴だったから、貴族達は俺のことを、〝エセキアスの予備〟と見做し、価値を見出していたようだ。

 レイモンドも、例外じゃない。彼の親切心の裏に、俺を予備として見ているふしがあることは幼いながらも感じていたが、大人達にどんな思惑があろうと、それを利用しなければ生き残れないと、その頃には理解していたから、俺も表面的には、見せかけの親切心に応えてきた。


 ――――レイモンド。他の貴族の前で名前で呼ぶと、彼は満足そうな表情を浮かべていた。〝予備〟と良好な関係を築いていることは、社交界ではそれなりのステータスになっていたらしい。


 大人達と良好な関係を築くため、扱いやすい人間であるように努めてきた。だから俺がレイモンドにたいして、怒りを見せたのはこれがはじめてだ。


 はじめて俺の怒りに触れて、レイモンドは動揺を隠せずにいる。



「そ、それで、殿下・・・・」


 レイモンドはハンカチを取り出して、額の脂汗を拭う。


「私は、何か殿下を怒らせるようなことをしてしまったようですね。しかしながら鈍い私には、その理由に皆目見当がつきません。どうか、理由を教えていただけないでしょうか?」


 その質問に呆れた。さっきはっきりと、怒っている理由を伝えたのに、レイモンドは俺を怒らせた原因が他にあると思っているらしい。


「理由なら、さっき伝えました。・・・・どうして、妃殿下にあんなに冷淡なんですか?」

「え?」


 レイモンドの目が丸くなる。


「・・・・殿下が怒っている理由は、それだけですか?」

「他に、何かありますか?」

「い、いえ、しかし・・・・殿下はあまり、ルーナティアとは交流がないと思っていました。そうでなくてもルーナティアは、結婚式が執り行われたその日にとんでもない問題を起こし、殿下に迷惑をかけていますから・・・・」


 ――――レイモンドの声からは、娘にたいする愛情がまったく感じられない。なぜそんなに冷淡なのか、疑問を覚えるほどだった。



「あなたが、脱走の件を責められるのですか?」

「え?」

「俺が子供の頃、兄と喧嘩して、暖炉に放り込まれて大火傷をした件は、あなたもご存知のはず。陛下は粗暴な人物です。あなたはそれを知りながら、彼女を王妃にした。なぜ、陛下との縁談を断らなかったんです? あなたなら、辞退することもできたはずだ」

「た、確かに断ることもできましたが・・・・」


 レイモンドはもごもごと何かを言い、俯いてしまった。


「大役を務めたことを労うことはあっても、責めることなど、あってはならないはず」

「し、しかし、それがリーベラ家に生まれた娘の役割ですから。・・・・それにルーナティアがもう少しうまく立ち回っていれば、陛下も娘に優しく接してくれたでしょう」


 身体の奥が、すっと凍えていく。


「・・・・まるで離婚の原因が、妃殿下にあるような物言いですね」

「そ、それは・・・・」


 レイモンドはまるで萎むように、ますます委縮していった。


(エレアノールは守ったのに、なぜルーナティア様のことは守ろうとしない?)


 妹のように思っているエレアノールの父親だから、親しくしてきた。だがルーナティア様を追いつめるようなレイモンドの言葉を聞いて、長年培ってきた関係を、壊したい衝動に駆られている。



 ――――レイモンドが娘達に差をつける原因には、少し心当たりがある。


 ルーナティア様とエレアノールは異母妹だ。噂によると、レイモンドとルーナティア様の母親は政略婚で、彼女の死後、愛人だったエレアノールの母親が後釜になったらしい。


(・・・・妃殿下と俺は、生い立ちに共通点が多いな)


 父は正妻とエセキアスだけを可愛がり、俺と俺の母親には冷淡だった。


 レイモンドはルーナティア様を愛してはいないのだろう。だからエレアノールの身代わりにすることに、何の躊躇いもなかった。


 今まで感じたことがない怒りを覚え、気づかないうちに、爪が手の平に食い込むほどきつく、こぶしを固めていた。



(・・・・だが、俺には責める権利はないか・・・・)


 自分自身の言葉を顧みると、自己嫌悪に陥る。レイモンドにぶつけた台詞の数々が、自分に跳ね返ってくるように感じた。


 エセキアスの狂暴さを、俺は誰よりも身をもって、思い知っている。


 だから人伝に、エセキアスがエレアノールを気に入っていて、結婚相手に望んでいると知った時、エレアノールの身を案じた。


 だがリーベラ卿はエレアノールを守るため、その話を断った。


 それを聞いて、俺は安心した。――――エレアノールが選ばれなかったということは、他の女性がその役割を負わされるということでもあるのに、俺はその事実から目を背けていた。


 結果、ルーナティア様が代役に選ばれることになり、苦しむことになった。これは、見て見ぬふりをした俺の責任でもある。


「・・・・・・・・」


 ルーナティア様を連れ戻した時に、エセキアスを前にして、恐怖でまったく動けなくなっていた彼女の姿を思い出す。


 ――――一体、どんな目に遭わされたのだろうか。


 エセキアスに怒りを向けることは無駄なことだと、ずっと前に怒りを封じたはずなのに、ルーナティア様のあの姿を思い出すたびに、封印したはずの怒りが蘇る。そして生贄にされる女性の存在から目を背けていた自分自身にも、怒りを感じていた。


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