魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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 翌日、俺はリーベラ家の屋敷の客間で、エレアノールと向かい合っていた。


 時刻は昼、町が賑わう時間帯なのに、なぜか今日だけは外は静かだった。二人きりになると、なぜ今日に限って、気まずい沈黙を埋めてくれる喧騒がないのかと、神様を恨みたくなる。


「・・・・それで、今日はどんなご用かしら、カルデロン卿」


 テーブルを挟んで向かいにいるエレアノールの態度は、冷ややかだった。俺のことを見ようともせずに、視線を手元のカップに落としている。


「エレアノール、今日は俺と会ってくれて、感謝している」

「ようやくあなたが、逃げまわらずに来てくれたんだもの。会わないわけにはいかないじゃない」


 言葉の棘が突き刺さってきて、俺は苦笑いするしかなかった。


 ――――エレアノールは相当怒っている様子だ。


 だがそれも、俺が煮え切らない態度を続けた報いだ。もっと早くに、正面から、この問題に向き合っておくべきだった。



「それで――――」


 カップをソーサーに戻してから、エレアノールはようやく、俺に目を向けた。


「ようやく、心が決まったのね?」

「ああ」


 俺は姿勢を正した。


「――――エレアノール。俺は、君とは結婚できない」


 ふう、とエレアノールは重たい息を吐き出す。


「・・・・わかってたわ。あなた、婚約が決まりそうだった時も、全然喜んでいなかったし、お父様が本格的に婚約の話を進めようとするたびに、話を逸らしていたもの」

「・・・・・・・・」

「・・・・お父様には、もう伝えたの?」

「ああ」


 エレアノールと会う前に、彼女の父親の、レイモンド・リーベラに会い、結婚の意思がないことを伝えてきた。レイモンドは落胆していたものの、俺の考えが揺らがないと感じたのか、俺の決断を受け入れてくれた。


「・・・・理由を聞いていい?」


 背筋を伸ばして、エレアノールは問いかけてくる。


「君は俺にとって、妹同然の存在だ。恋愛対象として見ることはできない」

「知ってるわ。でも、私達は貴族階級に生まれたのよ? 結婚を決めるのに、相手が好きかどうかなんて、二の次でしょう? あなたもそれが自分の運命だと受け入れていたから、まわりが私との婚約を勧めても、積極的に抵抗しなかったんじゃないの?」


 さすが付き合いが長いだけあって、エレアノールは俺の本心をよく見抜いている。


 俺とエレアノールの婚約は、今は亡き俺の父と、レイモンドの間で進められていた。父が死んだ後もその話は続いたが、貴族階級の結婚は家同士で決めるものだという諦めがあったから、俺ははっきりとは断らなかった。


「私は別に・・・・それでもいいと思ってたのよ。私のことを女性として見ていなくても、あなたは結婚すれば優しい夫になってくれただろうし、夫婦関係がよくなるために、努力してくれたと思う。それに・・・・」


 エレアノールは言い淀む。


 エレアノールは、俺が結婚を望んでいないことも、自分が恋愛対象として見られていないことも受け入れた上で、俺と結婚してくれるつもりだったようだ。――――結婚後に俺達の関係が、兄妹から夫婦に変わるかもしれないという、期待を込めて。


「――――何にしても、あなたが今さら話し合いに来たのは、気持ちに変化があったからでしょう?」

「・・・・・・・・」


 ルーナティア妃殿下のことが好きだと気づかなければ、俺は予定通り、エレアノールと結婚していたかもしれない。――――それが自分の運命だと、疑うこともなく。


「・・・・好きな相手とは、うまくいかないものね」


 またカップを持ち上げて、エレアノールはその表面に微苦笑を落とす。


「ずっと想い続けても、相手の心が手に入るとは限らないんだもの。好きな人に限って、想いが通い合わない。・・・・でも、いいわ。もうずっと前に、覚悟してたことだから」

「・・・・納得してくれるのか?」


 この前、破談を持ち出した時は、エレアノールは俺の答えを拒絶した。今回も拒絶されると、覚悟してきたから、すんなりと受け入れられたことに少し拍子抜けしている。


「受け入れるしかないでしょう? ・・・・建国記念日に、別の女性を熱烈に見つめている姿を見せつけられたら、そりゃあね。あなたがあんな風に誰かを見つめるところ、はじめて見たわ」

「・・・・・・・・」


 エレアノールはすでに、俺の〝想い人〟が誰なのか、気づいているようだ。建国記念日の俺の態度で、悟られてしまったようだ。


「私が抵抗してたのは、破談にはっきりとした理由がなかったからよ。でも今のあなたには、破談にする明確な理由がある。・・・・だけど本当に、うまくいかないものね」


 エレアノールはカップにミルクを少し注ぎ、スプーンで乱暴に掻き混ぜる。俺は紅茶が波立つのを見て、カップの縁から零れるのでは、と心配になった。


「小さい頃からずっと振り向いてもらおうと努力してたのに、努力が実らなかったばかりか、ある日あなたはあっさり、出会ったばかりの人に心を奪われてるんだもの。しかもあなたの立場では、一番結ばれにくい人にね」


 エレアノールの気持ちに気づきながら、気づいていないふりをしてきた俺には、耳が痛い話だった。


「・・・・妹のように思ってしまったんだ」

「あなたは繰り返しそう言うけれど、私達に本当に結ばれる可能性があったなら、もっと前に恋人同士になってたと思うわ。そうならなかったってことは、運命の相手じゃなかったってことよね。・・・・実際あなたは、出会ったばかりの、好きになっちゃいけない相手を好きになったんだから」

「・・・・・・・・」


 ほろ苦い感情を微笑に変えて、エレアノールは一息つく。


「少なくとも、心が定まらずにふらふらしていた時よりは、ずっと気が楽になった。選択肢は少なくなったけれど、残りの道から自分が進みたいと思う道を選ぶことができるもの。――――でも、エンリケ」


 カップを置いて、エレアノールは意地悪く笑う。


「諦めた私とは違って、まだ諦めていないあなたは、その想いの成就を望むなら、私以上に苦労しそうね」

「・・・・・・・・」

「きっとあなたの〝想い人〟は、あなたが別の人を好きだと思い込んでいるはずよ。だから、アプローチしても気づかないと忠告しておくわ」

「俺が、君を好きだって思い込んでるってことか?」


 それなら問題ないと、俺は余裕の態度でカップを持ち上げる。妃殿下には、婚約を取り消したいという相談を持ちかけているから、誤解は解けているはず。


「いいえ、きっとあなたが、アルフレド卿を好きだと思ってる」


「はあぁ!?」


 声が裏返り、思わずカップを落としそうになってしまった。エレアノールはおかしそうに、くすくす笑う。


「あなたがアルフレド卿とつるんでばかりいるから、二人が恋人同士だっていう噂が広まってるのよ。この前、あなたの〝想い人〟と話をしたの。はっきりとは言わなかったけど、その噂をすっかり信じてるみたいだった」

「いやいやいや、待ってくれ!」


 テーブルに手を突いて、前に身を乗り出した。


「一体、どこからそんな噂が出てきたんだ? 俺があいつとイチャついたことなんて、一度もないぞ」


「それが真実かどうかなんて、関係ない。人は信じたいことを信じるものよ」


「どの層が信じたがってるんだ!?」


 ――――意味がわからない。俺とエドアルドがそういう関係だったとして、誰が喜ぶのだろうか。


(もしかしてエレアノールとの婚約の話で相談を持ちかけた時、妃殿下がやたら男同士のキスを進めてきたのは、それが原因か?)


 あの時の妃殿下の謎の話題誘導が、その根も葉もない噂が原因なら、噂を立てた人物を呪いたい気持ちになってくる。



「ふふ・・・・」


 百面相のようになっていた俺の顔がおかしかったのか、エレアノールは笑った。


「まずは誤解を解くことね。そうでなくても、姉さんはかなり鈍いほうだったから、あなたが今まで相手にしてきたような女性達よりも、ずっと厄介よ。その上、あなた達の間には、障害が多くあるんだし」


 ふう、とエレアノールは物憂げな溜息を吐き出す。


「・・・・あなたは姉さんが離婚すれば、自由の身になれると考えているかもしれないけど、そう簡単な話じゃないわ。元王妃なのよ。王妃じゃなくなっても、その称号は死ぬまで付きまとう」

「わかってる。・・・・そう単純ではないことは」

「元王妃に自由な恋愛ができないとは言えないけど、結婚は難しいと聞いてるわ。相手が平民でも、貴族でも関係ない。ましてあなたは、カルデロン家の家長よ。結婚相手は、経歴に傷がない女性じゃなきゃ、まわりが認めない。元王妃なんて――――猛反発されるわ」

「・・・・だろうな」


 もし想いが成就しても、まわりが反対することは目に見えていた。元王妃で、おまけに俺の〝元義姉〟だ。まわりは複雑な関係を、これ以上複雑にすることを拒むだろう。


「まったく理不尽よね。妻に誠実じゃなかった陛下は、きっと離婚後、すぐに新しい妻を迎えることになるのに、苦労させられてきた姉さんのほうが、離婚後も自由に結婚できないなんて・・・・本当に理不尽よ!」


 エレアノールは怒りをぶつけるように、カップの中を乱暴に掻き回した。俺はまた、紅茶が零れることを心配する。


「・・・・でも、あなたは諦めるつもりはないんでしょう?」

「ああ、諦めるつもりはない」


 エレアノールの問いかけに、自然と答えが口から出ていた。



 エレアノールはにこりと笑う。


「なら、よかったわ」


 すっきりとした笑顔を見て、俺は安堵した。


「・・・・エレアノール。本当に――――」


「もう謝らないでよ」


 エレアノールは笑顔を消して、眦を吊り上げる。


「私は前に進めてよかったと思ってる。だからあなたも、前に進んで」


「わかった・・・・ありがとう、エレアノール」


 目を見て、俺達は笑いあった。
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