魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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58_苛立ち

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 ――――街に、光が溢れている。


 店先や街路樹を彩る魔法の電飾は、まるで踊っているように、瞬きながら輝いていた。



 ――――カーヌス建国記念日。この地に、カーヌスの名を冠する国家が建設された日を祝うため、その日、ブランデの町は光で彩られていた。



 式典のために、王宮の前の広場には、台座が設置去れている。


 その台座の前に、町中から、いや、周辺の町や村からも何千人もの人々が押しかけていた。台座の上に立つと、広場を埋め尽くす人々の姿を一望できる。圧巻の光景だった。


 そして式典がはじまり、しばらくして、檀上に、エセキアスとルーナティア妃殿下が現れた。


 人々は歓声を放ち、いっそう強い光が、国王夫妻の姿に当てられる。



 エセキアスの演説がはじまった。


 演説の内容には、一欠けらも興味がなかったが、任務中はこの場所を離れるわけにはいかない。俺は眠気に耐えながら、視線を彷徨わせる。


 視線は自然と、ルーナティア妃殿下に向かっていた。その瞬間に、眠気が吹き飛ぶ。


 その日、ルーナティア妃殿下はオフショルダーネックの、エンパイアラインのドレスを着ていた。布地は透き通るような青で、胸元と裾に宝石があしらわれている。


 エレアノールやスカーレットのドレスと比べると、地味に見えるが、彼女によく似合っていると思った。ただ、肩が剥き出しなので、この寒空の下、凍えないか心配になる。


 ――――最後は、安全な道を選ぶだろう。


 ルーナティア妃殿下を見ていると、エドアルドの忠告を思い出した。



 エドアルドのその言葉に少し反発したものの、事実だった。


 俺はたとえ恋愛がらみでも、政治的に厳しい目を向けられる相手には、近づかないようにしてきた。


 たとえば、エセキアスの花嫁候補者がそうだ。

 花嫁候補として名前が挙がっている女性には、エレアノールのように幼い頃から親交がある場合を除いて、距離を置いてきた。向こうからアプローチされたこともあるが、気づかないふりでやり過ごした。



 俺の立場は、幼い頃から微妙だった。


 今はすでに故人だが、生前はカルデロン家の絶対的な君主だった俺の父親は、異母兄であるエセキアスばかり贔屓した。


 愛人を囲いながらも、父にとって愛人達は道具のようなもので、人間扱いされていたのは正妻であるエセキアスの母親だけだった。

 それに長男で、すでに王位を継承することが決まっていたエセキアスを優先させることで、将来国王になる人間と、臣下になる人間には差があることを、俺に理解させようとしたのだろう。


 ――――この国の仕組みと同じく、カルデロン家でも、ドラゴンレーベンを持つ者が絶対だったのだ。


 次男である俺と、母親の立場は弱く、エセキアスと彼の母親の横暴な振る舞いから守ってくれる人は、誰もいなかった。


 おまけに兄は、俺には理解しがたい存在だった。些細なことで暴力を振るって、我がままが通るまで、何時間でも暴れ続ける。

 母親が違うせいなのか、兄弟なのに心が通ったことは一度もない。それどころか、理不尽な暴力を受けることもたびたびあった。大喧嘩の末に、エセキアスに、暖炉の燃え盛る火の中に放り込まれたこともある。



 だがそんな時ですら、咎められたのは俺のほうだった。



 お兄様は、いずれカーヌスに君臨する国王となられる方なのだから、逆らってはいけない。そう言われ続け、幼いながらも世の中の理不尽さを感じたものだ。


 だが俺が逆らえば、その累は母親にも及ぶ。自分や母親を守るためには、出過ぎず、感情を見せず、道化を演じて、できるだけ兄から距離を取るしかなかった。


 今までも、これからも、俺は自分の分を守らなければならない。その範囲から、出てはならないのだ。


 だから妃殿下に横恋慕するなんて、あってはならないことだった。



 ――――だが。



「ルーナティア、側へ来い」


 エセキアスが、ルーナティア妃殿下を呼ぶ。


「・・・・はい、陛下」

「夜は冷える。これを着ていなさい」


 エセキアスは部下に持ってこさせた毛皮のコートを、彼女の肩にかけた。


 民衆の前だから、妻を思いやる夫を演じているらしい。


 エセキアスは、いつもそうだった。表向きは好青年、良き夫を演じ、まわりを謀ってきた。


「・・・・ありがとうございます、陛下」


 妃殿下もそれが演技だと知りつつ、流れに乗って、エセキアスが広げた毛皮の袖に腕を通す。



(・・・・よくやる)


 エセキアスは城の中では、妃殿下を気遣ったことは一度もない。



 それどころか愛人を公然と城に住まわせ、彼女に権限まで与えて、贅沢をさせている。スカーレットの前に跪くよう、妃殿下に命じたことまであったそうだ。


 エセキアスは妃殿下を何度も傷つけ、侮辱しておきながら、今は愛妻家のように振舞い、彼女の肩に手を置いている。


 ――――ただの演技だ。


 なのに二人の仲睦まじい演技に、俺はひどく苛立っている。今まで感情を制御できなかったことなんてなかったのに、今はそれができない。



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