59 / 118
58_苛立ち
しおりを挟む――――街に、光が溢れている。
店先や街路樹を彩る魔法の電飾は、まるで踊っているように、瞬きながら輝いていた。
――――カーヌス建国記念日。この地に、カーヌスの名を冠する国家が建設された日を祝うため、その日、ブランデの町は光で彩られていた。
式典のために、王宮の前の広場には、台座が設置去れている。
その台座の前に、町中から、いや、周辺の町や村からも何千人もの人々が押しかけていた。台座の上に立つと、広場を埋め尽くす人々の姿を一望できる。圧巻の光景だった。
そして式典がはじまり、しばらくして、檀上に、エセキアスとルーナティア妃殿下が現れた。
人々は歓声を放ち、いっそう強い光が、国王夫妻の姿に当てられる。
エセキアスの演説がはじまった。
演説の内容には、一欠けらも興味がなかったが、任務中はこの場所を離れるわけにはいかない。俺は眠気に耐えながら、視線を彷徨わせる。
視線は自然と、ルーナティア妃殿下に向かっていた。その瞬間に、眠気が吹き飛ぶ。
その日、ルーナティア妃殿下はオフショルダーネックの、エンパイアラインのドレスを着ていた。布地は透き通るような青で、胸元と裾に宝石があしらわれている。
エレアノールやスカーレットのドレスと比べると、地味に見えるが、彼女によく似合っていると思った。ただ、肩が剥き出しなので、この寒空の下、凍えないか心配になる。
――――最後は、安全な道を選ぶだろう。
ルーナティア妃殿下を見ていると、エドアルドの忠告を思い出した。
エドアルドのその言葉に少し反発したものの、事実だった。
俺はたとえ恋愛がらみでも、政治的に厳しい目を向けられる相手には、近づかないようにしてきた。
たとえば、エセキアスの花嫁候補者がそうだ。
花嫁候補として名前が挙がっている女性には、エレアノールのように幼い頃から親交がある場合を除いて、距離を置いてきた。向こうからアプローチされたこともあるが、気づかないふりでやり過ごした。
俺の立場は、幼い頃から微妙だった。
今はすでに故人だが、生前はカルデロン家の絶対的な君主だった俺の父親は、異母兄であるエセキアスばかり贔屓した。
愛人を囲いながらも、父にとって愛人達は道具のようなもので、人間扱いされていたのは正妻であるエセキアスの母親だけだった。
それに長男で、すでに王位を継承することが決まっていたエセキアスを優先させることで、将来国王になる人間と、臣下になる人間には差があることを、俺に理解させようとしたのだろう。
――――この国の仕組みと同じく、カルデロン家でも、ドラゴンレーベンを持つ者が絶対だったのだ。
次男である俺と、母親の立場は弱く、エセキアスと彼の母親の横暴な振る舞いから守ってくれる人は、誰もいなかった。
おまけに兄は、俺には理解しがたい存在だった。些細なことで暴力を振るって、我がままが通るまで、何時間でも暴れ続ける。
母親が違うせいなのか、兄弟なのに心が通ったことは一度もない。それどころか、理不尽な暴力を受けることもたびたびあった。大喧嘩の末に、エセキアスに、暖炉の燃え盛る火の中に放り込まれたこともある。
だがそんな時ですら、咎められたのは俺のほうだった。
お兄様は、いずれカーヌスに君臨する国王となられる方なのだから、逆らってはいけない。そう言われ続け、幼いながらも世の中の理不尽さを感じたものだ。
だが俺が逆らえば、その累は母親にも及ぶ。自分や母親を守るためには、出過ぎず、感情を見せず、道化を演じて、できるだけ兄から距離を取るしかなかった。
今までも、これからも、俺は自分の分を守らなければならない。その範囲から、出てはならないのだ。
だから妃殿下に横恋慕するなんて、あってはならないことだった。
――――だが。
「ルーナティア、側へ来い」
エセキアスが、ルーナティア妃殿下を呼ぶ。
「・・・・はい、陛下」
「夜は冷える。これを着ていなさい」
エセキアスは部下に持ってこさせた毛皮のコートを、彼女の肩にかけた。
民衆の前だから、妻を思いやる夫を演じているらしい。
エセキアスは、いつもそうだった。表向きは好青年、良き夫を演じ、まわりを謀ってきた。
「・・・・ありがとうございます、陛下」
妃殿下もそれが演技だと知りつつ、流れに乗って、エセキアスが広げた毛皮の袖に腕を通す。
(・・・・よくやる)
エセキアスは城の中では、妃殿下を気遣ったことは一度もない。
それどころか愛人を公然と城に住まわせ、彼女に権限まで与えて、贅沢をさせている。スカーレットの前に跪くよう、妃殿下に命じたことまであったそうだ。
エセキアスは妃殿下を何度も傷つけ、侮辱しておきながら、今は愛妻家のように振舞い、彼女の肩に手を置いている。
――――ただの演技だ。
なのに二人の仲睦まじい演技に、俺はひどく苛立っている。今まで感情を制御できなかったことなんてなかったのに、今はそれができない。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる