魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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57_安全な道

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 任務を終えた俺達は、ブランデに戻り、巨大な城門をくぐっていた。


 すぐに煩雑な空気が、俺達の身体をくるんでくれる。


「ようやく戻ってこられたな・・・・」

「ああ、この騒がしさに触れると、ブランデに戻ってきたという実感があるな」


 田舎の清涼な空気も心地よかったが、やはり慣れ親しんだ空気のほうが、居心地がいい。



「しかし、今回の調査では何の成果も得られなかったな・・・・」


 エドアルドの声は、落胆が隠せていなかった。


 フームスの町を視察し、反体制派の動きを探ってみたが、不穏な気配は感じたものの、決定的な証拠は見つけられなかった。


「仕方ない。向こうは活動を察知されることを恐れて、潜んでいるんだ。こういう調査に必要なのは、根気だ。辛抱強く見張り続けて、尻尾をつかむしかない」

「わかっている。だが陛下は即座に、そして確実な成果を望むお方だ。根気よく監視するしかないという俺達の話を、ご理解していただけるかどうか・・・・」

「・・・・それに関しては、頭が痛い問題だな・・・・」


 エセキアスはいつも、迅速な成果を求めてくる。根気強く、辛抱強く待つということが苦手で、強いられると烈火のごとく怒るから、いつも対応には苦慮していた。



「さて、陛下にどう報告すべきか・・・・」


 敵よりも、味方に煩わされるとは、と苦笑するしかなかった。



「カルデロン卿!」


 その時、近くにいた男女が俺に気づき、近づいてくる。


「カルデロン卿ですよね!」

「そうだが・・・・」

「本物だわ! こんなところで会えるなんて、歓迎です! あ、握手をお願いできますか?」


 彼らの声がさらに人を呼び、大勢の人々が、俺のまわりに殺到してきた。フィデルがベルナルドと目配せして、人々が俺に近づけないよう、前に立ってくれる。


「申し訳ないが、団長は忙しいんだ。先に行かせてくれ」

「あ、すみません!」

「みんな、道を開けるんだ!」


 こちらの事情を察してくれたのか、群衆はさっと左右に分かれ、道を作ってくれた。


「ありがとう」


 お礼を言って、群衆の合間を、足早に歩き抜けた。


「応援してます、どうかお仕事、頑張ってください!」


 応援の声に、笑顔を返す。


 人々の目が届かない場所まで逃げてから、俺は一息ついた。


「・・・・相変わらず人気者だな、エンリケ」

「英雄なんて過大な言葉が、独り歩きしているように感じるよ。・・・・この騒ぎはいつ収まることやら」

「いいじゃないですか! 団長がこの国の英雄であることは、間違いないんですから!」


 リノがそう言ってくれたが、頷く気にはなれなかった。


 魔王討伐から、はや数ヶ月、すぐに収まるだろうと思っていた熱狂は、なぜか今でも続いている。俺は騒ぎの中心にいるが、英雄という言葉だけが独り歩きをして、人々の俺に対するイメージが、実像からかけ離れていっているように感じてならない。


「そもそもあれは俺の手柄だけじゃなく、お前達やルーナティア妃殿下の活躍があったからできたことだぞ」

「団長も謙虚ですね。でも、いいじゃないですか。ルーナティア妃殿下本人が、目立ちたくないって言ってるんですから」

「団長、それよりも、今は急いで城に戻りましょう。また他の人達に見つかったら、厄介なことになります」

「それもそうだな。急ごう」


 足早に通りを歩いていると、宝石店の前に集っている集団が目に入った。


 飾り窓に飾られた首飾りを、熱心に覗き込んでいたのは、女性――――ではなく、男性達だった。


 いつもなら、宝石店の飾り窓を誰が覗き込んでいようが、気にも留めなかっただろう。だがなぜか今日は、妙にその光景が気になった。


「あれ、何してるんだと思う?」


 エドアルドに訊ねると、彼は眉を顰める。


「もうすぐ、カーヌス建国記念日だろう。その次は、冬花のパレードがある。忘れたのか?」

「・・・・そうか。カトレアの首飾りの季節なのか」




 ――――カーヌス建国記念日。その名の通り、カーヌス神聖王国がこの地に建国された日を祝う式典だ。



 そしてカーヌス建国記念日から三日後、今度は冬花のパレードと呼ばれる行事があり、この祭典さいてんは恋人達のイベントとして、広く知られている。


 プローディトルが、恋人にカトレアの花を模した首飾りを贈り、その女性が王妃となって、プローディトルと添い遂げたという、逸話がある。


 その逸話から、冬花のパレードの日に、恋人にカトレアの首飾りを贈れば、永遠に結ばれるという伝説が生まれたそうだ。


 すでに恋人がいる人達だけじゃなく、意中の相手がいる人達にとっても大事な日だ。男性が想いを寄せる女性に、カトレアの花の首飾りを贈ることで、想いを伝える、告白のイベントでもあるのだ。首飾りを受けとってもらえれば、想いは成就したことになる。



「だからみんな、カトレアの花の首飾りを買おうとしているのか」


 宝石店の前を通りすぎる時に、飾り窓を覗いてみた。


 商品棚の上から下まで、カトレアの花を模した首飾りで埋め尽くされている。値段はさまざまあるが、庶民にも手に取ってもらうためか、比較的安価なものもあった。


「古物商も稼ぎ時で、張り切ってるだろうな」

「どうしてだ?」

「その気がないのに贈り物をもらった女性が、さっそく首飾りを売りに来るそうだ。受け取りを拒否された男性のほうも、不要になった首飾りを売り払いに来るから、買い取った古物商がそれを加工して、別の装飾品として商品棚に並べるのが、毎年恒例の流れになっているらしい」

「何ですか、それ。聖なるイベントだって言うのに、翌日は金の話じゃ、余韻も何もないじゃないですか」

「・・・・世知辛い世の中だな・・・・」


 リノの文句とフィデルの感想を聞きながら、歩いていると、商店街を抜けて、城門前の広場にたどり着く。



「見ろ、エンリケ。ルーナティア妃殿下がいらっしゃるぞ」


 エドアルドに言われて、広場にルーナティア妃殿下が立っていることに気づいた。



 広場には、建国記念日の式典のための台座が設置される予定だ。今はその台座を立てるために、足場が組まれている。


 作業員達が忙しく動きまわるなか、妃殿下は台座の足場で、現場を担当した者と話し合っているようだった。俺達はその様子を、遠くから眺める。



「式典の準備で、忙しそうだな」

「妃殿下は今回は率先して、式典の準備に取り組んでいるそうだ。・・・・離婚の話が進んでいるのに、健気な方だよ」

「・・・・・・・・」


 するりと、口から溜息が零れていた。


 ――――スカーレットの登場で、もともと隙間があった妃殿下とエセキアスの関係に決定的な亀裂が入り、エセキアスは本格的に離婚の準備を進めるようになっていた。


 妃殿下のあの態度を見るかぎり、エセキアスに対する未練は一切ないだろうが、それでも王妃という立場を追い落とされるような形になったことに、葛藤がないとは思えない。


 他人事とは思えず、複雑な気持ちになる。


 妃殿下が、王妃として関わる行事は、おそらくこれが最後になるはずだ。


(・・・・最後の仕事だと思い、取り組んでいるのかもな)


 王妃としての最後の仕事を、一つのミスもなく、やり遂げようとしているのかもしれない。


「安全面を最優先にして。警備兵を、こことあそこと、向こう側にも配置したほうがいいわ」


 妃殿下は、警備兵を配置する場所について、担当者と話し合っている。


 最近は、ルーナティア妃殿下が近くにいると、ずっと彼女の動きを目で追ってしまう。しっかりしていて、抜け目がないと感じる面もあれば、そそっかしいところもあり、何となく目が離せなかった。



 だから、前を見ずに歩いている妃殿下の踵が、石畳の窪みに嵌ったことも、本人よりも先に気づいた。



「妃殿下、危ない!」

「わわっ・・・・!」


 転びそうになった妃殿下を、侍女が慌てて支えていた。


「妃殿下はおっちょこちょいだよな」

「だな」


 俺とエドアルドは、こっそりと笑う。



「・・・・あの人は、可愛い人だ」


 何気なく呟くと、なぜか横顔にエドアルドの視線を感じた。


「何だ?」

「いや・・・・」


 エドアルドは腕を組む。


「ありえないとは思うが――――間違いは犯すなよ?」

「何の話だ?」


「妃殿下はお前の兄嫁で、王妃だぞ? 横恋慕なんて、あってはならない」


「何の心配をしてるんだ・・・・」


 頭痛を覚えて、こめかみを押さえる。


「そんなこと、あるはずがないだろ」

「だが、不安にもなる。お前は、妃殿下に肩入れしすぎだ。自分の立場を危うくしてまで、妃殿下の脱走や、剣術指南に手を貸そうとした。今までのお前からは、考えられないことだぞ」

「ひどい言われようだな。俺だって、誰かが困ってたら、立場よりも助けることを選ぶぞ」

「もちろん、それはわかってる。でも、相手はこの国の王妃なんだ。王妃と噂になることは、仲間を庇うのとはわけが違う。・・・・それは、お前にもわかっているはずだ」

「・・・・・・・・」


「いつものお前なら、妃殿下が素振りをしている現場に出くわしても、手伝ったりせず、こんなことはしてはならないと、やんわりと諭したはずだ。そして、噂の種にならないよう、妃殿下から距離を取っただろう。・・・・だから俺は、お前らしくないと言ったんだ」


 なぜかエドアルドの指摘に動揺して、しばらく声が出てこなかった。


「・・・・それに最近は、妃殿下が近くにいると、お前はいつも彼女の姿ばかり見ている。任務中なのに注意が疎かになっていることに、気づいてるか?」

「そそっかしくて目が離せない方だから見ているだけで、他意はない。いつ転ぶか、ひやひやするだろう?」

「お前なあ・・・・」


 エドアルドは呆れたようだ。


「妃殿下は大人の女性なんだぞ。そんなに毎回、転ぶわけない――――」

「あ、妃殿下がまた転びそうになってる」


 リノの声を聞いて、あらためて妃殿下を見ると、妃殿下はまた侍女に支えられていた。


「しかもあれ、さっき転びそうになったのと同じ場所ですよ」

「同じ場所で、また転ぶとは・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


 エドアルドと顔を見合わせる。


 そして同時に吹き出していた。


「・・・・とにかく、おかしな感情は抱くなよ」


 笑いを堪えながら、エドアルドは忠告する。



「・・・・そんなこと、ありえない」


 否定しなければという焦りからか、引き絞るような声になっていた。



 すると、吊り上がっていたエドアルドの眉が、下がっていく。


「それもそうだな。なんだかんだ言って、お前は自分のことがわかってるし、分別がある。最後は、安全な道を選ぶだろう」


「・・・・・・・・」


 なぜか、エドアルドの一言が引っかかった。


 そんな風に言われるのは、はじめてのことじゃない。いつもなら軽く聞き流せたはずなのに、なぜかその時は、小さな違和感を覚えてしまった。



 俺が考え込んでいる間に、妃殿下は移動してしまったのか、姿が見えなくなっていた。

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