魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
56 / 118

55_脱走常習犯、確保される_後編

しおりを挟む


「――――妃殿下」


「は、はい・・・・」

「脱走など、お止めください。しかも窓から逃げるなど・・・・お怪我をしたらどうするつもりですか?」

「だ、脱走しようとしたわけじゃないわ。私はただ、エンリケに肩車をしてもらっていただけよ・・・・」


 もう言い訳なんて無駄なのに、とっさに見苦しい釈明が口から出てしまっていた。


 すると二人の目尻が、残念そうに下がってしまう。


「妃殿下・・・・窓に脱走の証拠品がぶら下がったままなのに、なぜそんな言い訳が通用すると思ったんですか?」


「・・・・・・・・」


 私の部屋の窓には、縄梯子がぶら下がったままだ。脱走の証拠として、あれほどわかりやすい目印はないだろう。


「ぷっ・・・・くくく・・・・」


 エンリケは手で顔を隠して、笑いを堪えている。アルフレド卿もおかしくてたまらないのか、必死に笑いを押し殺そうとしている気配が伝わってきた。


「わ、笑わないでよ!」

「すみません・・・・」


 エンリケはそれでもまだ笑っていたけれど、アルフレド卿は咳払いすることで、何とか意識を切り換えたようだ。


「話を戻しましょう。・・・・見つかったら罰を受けるのは、あなただけじゃありません。侍女達まで、罰を受けることになるんですよ」

「ご、ごめんなさい・・・・だけどどうしても、外出したかったの」

「なぜです?」

「そ、それは――――」


 魔王業をするため、なんて、口が裂けても言えるはずがない。


「城では、息が詰まって――――」


 雑な言い訳しか、思いつかなかった。


「・・・・気持ちはわかります」


 それで誤魔化せるとは思っていなかったけれど、意外にも、アルフレド卿は思いやるような言葉をかけてくれた。多分、エセキアスとスカーレットの噂を耳にしているからだろう。


「だけど、大事になります。今後は控えてください」

「そうですよ、妃殿下」


 エンリケが口を開く。


「今度脱走したくなったら、俺に言ってください。協力しますので」

「・・・・ありがとう、エンリケ」


 エンリケの言葉に、胸が温かくなった。


「俺個人としては、妃殿下が〝脱走系王妃だっそうけいおうひ〟として活躍してることがわかって、嬉しいんですが」

脱走系王妃だっそうけいおうひって何!? 変な言葉作らないで!」


 エンリケが、私のことを脱走系王妃だっそうけいおうひなんて呼んでいたことに衝撃を受けた。追求したいところだけれど、今はアルフレド卿の説得のほうが最優先だ。


 私は上目遣いに、アルフレド卿を見上げる。


「アルフレド卿。このことを報告しますか?」

「・・・・いえ」


 少し考えてから、アルフレド卿は首を横に振った。


「エンリケが関わっていますから、できれば伏せておきたい。・・・・しかし、本当に情けない。スクトゥム騎士団の団長が、職務中に持ち場を離れたばかりか、肩車といういかがわしいことをしているとは・・・・」

「肩車をいかがわしいこと扱いはやめてくれる!?」


 なぜ肩車が、〝いかがわしいこと〟という扱いを受けるのか。エンリケとアルフレド卿の認識は間違っていると思った。


 アルフレド卿の視線が、私のスカートに落ちる。


「窓から逃げるために、またスカートを破いたんですか?」

「え? あ!」


 スカートの裾が避けていることに気づいて、慌ててその部分を手で隠す。どうやら下りてくる途中で、スカートを枝に引っかけてしまったようだ。


「これを使ってください」


 エンリケがマントを外して、貸してくれた。


「ありがとう・・・・」

 私はマントを、腰に巻く。

「・・・・・・・・」


 気まずさから、三人とも言葉を見失ってしまった。


 さっきから、自分で恥の上に恥を塗りたくっているような状態だ。昔から失敗が多くて、大勢の人の前で恥を掻いたことは一度や二度の話じゃないけれど、数時間でこれだけ恥ずかしい思いをしたのは、人生初だ。


「・・・・穴があったら、投身自殺したい気分だわ・・・・」

「お、落ちついてください、妃殿下」


 二人は落胆している私を見て、慰めなければと焦ったようだ。


「俺の従妹も木登りが好きで、木登りの時によく破いてましたよ。下着を誰かに見られることにも、特に抵抗がないようで、けろりとしていました。だから妃殿下も、気にすることはありません」

「・・・・窓から脱走を試みて、梯子の長さが足りないなんて馬鹿丸出しの失敗をしてしまい、助けてもらったのはいいけど、肩車されているところを見られ、あげく足を丸出しにしたの。わずか数時間の間に、これだけ見苦しい姿を晒した人を、他に知っているかしら?」

「・・・・・・・・」


 慰めの言葉が思いつかなくなったのか、アルフレド卿は黙り込んでしまった。


「その程度のことを、恥だと思ってはいけません。俺は妃殿下の足場になっていた時も、酒代を払えなくて、仲間の前で土下寝どげねをした時も、特に恥ずかしいとは感じませんでした」

「お前はもっと、恥を知れ!」

「・・・・あなたが言うと、説得力があるわ」


 エンリケの慰めには、妙に納得してしまった。
 確かに、仲間の前で土下寝どげねをしたエンリケが言うのだから、私が晒した数々の恥ずかしい姿も、大したことではないと思えてくる。


「とにかく今後は、こんな危険なことはなさらないでください。外出したいときは、我々に言ってくださればなんとかしますから」

「・・・・ありがとう、アルフレド卿」


 アルフレド卿の言葉を嬉しく思ったものの、魔王業をするのに、敵対しているスクトゥム騎士団の手を借りるわけにはいかない。


(・・・・他の脱出方法を見つけないと)


 スカーレットに注目が集まるなか、以前ほど私の動向は注目されなくなった。今ならば、別の脱出方法を見つけられるかもしれない。



「・・・・でも、二人とも本当にありがとう。脱走しようとしたことを報告されたら、死ぬ気でフアナ達に謝らなければならないところだったわ」

「それでは」


 エンリケはにこりと笑った。


「妃殿下にも、素早く土下寝どげねをする方法を伝授しておきましょうか?」

「遠慮するわ」

「遠慮は無用です」

「・・・・ごめんなさい、遠慮という言葉が、柔らかすぎたようね。断固拒否するわ」


 自分がフアナの前で、土下寝どげねをしている姿を想像する。すでに私の評価は地に落ちているのに、これ以上自分から、誇りを全力で投げ捨てるような真似はしたくない。


「・・・・そもそもあなたはどうして、土下寝どげねをすることになったの?」

「持ち合わせの金がなくて、酒代を払えなかったんです」

「たったそれだけで、そんな屈辱的な目に遭ったの?」

「ツケが溜まっていたので」

「断固拒否すればよかったのに」

「ただ岩になった気持ちになって、地面に横たわるだけです。これぐらい、何でもありませんよ」

「騎士は誇り高いものなんでしょう!? あなたに騎士の誇りはないの!?」

「すみません、ないんです」

「・・・・・・・・」


 全方位、隙が無い。私は何も言えなくなって、押し黙るしかなかった。


「エンリケは、頭はいいけど馬鹿なんです」


 本人の前で堂々と、アルフレド卿はそう言い放つ。


「それで妃殿下、土下寝どげねの練習をしておきますか? でしたら、指南しますよ」


 それで土下寝どげねの話題は終わったものと思っていたけれど、エンリケはなぜか食い下がってきた。


「あなたの度重なる土下寝どげね押しは何なの?」

「できれば、カーヌス中に土下寝どげねを普及させたいんです」

「そんなものを普及させないで! それに土下寝どげねなんて普及させなくても、ブランデにはもう、土下座っていう最底辺の謝罪方法があるのよ。それより下の謝罪方法を、わざわざ普及させる必要がどこにあるの?」

「確かに普及させる必要はありませんが、土下寝どげねのほうが有利な場合もありますよ」

土下寝どげねのほうが有利な状況って、想像できないんだけど・・・・たとえば、どんな状況?」

「土下座は、誰でも知ってます。相手によっては、プライドを捨てて同情を得ようとしていると警戒され、交渉が困難になったりします。だけど土下寝どげねはあまり知られてないので、突然俺が土下寝どげねをはじめると、相手は何をしているのかわからず、混乱します。その隙に、許すという言質を相手から引き出すんです」

「せこっ! 国王の弟で騎士団長なのに、土下寝どげね押しの理由がせこすぎる!」

「おいやめろ! 自分が騎士団長であることを思い出せ!」


 エンリケの土下寝どげね押しの背景にあったせこすぎる発想に、私とアルフレド卿は猛反発した。


「あ・・・・なんかすみません・・・・」

「そこは素直に謝るのね!」

「想像以上の反発に、心が折れたので・・・・」

「意外と打たれ弱いの!?」


 公衆の面前で土下寝どげねをできるぐらい、鉄の精神力を持っているのに、意外なところで打たれ弱いようだ。


「そもそもあなたは、かなりの富豪じゃない。まさか、踏み倒しているなんてことは・・・・」


「もちろん、踏み倒したことなんてありません。ちゃんと後で完済してます。ただ時々、手持ちの金が足りなかっただけです」


「そうなの・・・・だけどそもそも、教わることなんてあるかしら? ただ俯せに寝そべればいいだけの話でしょう?」


「そんな簡単なものではありません。流れるように土下寝どげねの姿勢に入るには、なかなかテクニックがいるものです。俺が指南すれば次の日から、必要な時にすぐさま、土下寝どげねの姿勢に入ることができますよ」


「そんなテクニック、いらないから!」


 話を聞いていたアルフレド卿が堪えきれず、吹き出した。


 それにつられて、私も笑ってしまう。



 ――――最後にエンリケも笑い出し、しばらくの間、その場所には笑い声が満ちていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...