魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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54_脱走常習犯、確保される_前編

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 ブランデの町に、夜が訪れた。


「・・・・・・・・」


 ベッドの中で、外の物音に耳を澄ましていた私は、人の気配が消えたことを確認して、起き上がった。


 そして素早く身支度しながら、結婚式の夜と同じ方法で、城を抜け出す準備を進める。


 王妃である私が魔王の職務をこなすには、昼間の自由時間だけでは足りないので、夜の時間を利用するしかなかった。完全に寝不足になる方法だけれど、他に選択肢がない。

 城壁の外に出るための経路は、あらかじめ調べてある。城を脱出した後は、城壁を超えるために、侍女に成りすます予定だ。


 今回は、シーツを梯子代わりにするしかなかった前回とは違い、窓から脱出するために縄梯子を用意したから、準備は万端――――のはずだった。


「・・・・な、長さが足りない・・・・!」


 私が、最初の脱走と同じ失敗をしていることに気づいたのは、縄梯子を伝って、一階の高さまで降りたあたりだった。



 ――――下に降り切るためには、縄梯子の長さが足りない。縄梯子の先端は、一階分の高さで途切れてしまっていた。



「あの時と同じ失敗をするなんて・・・・!」


 侍女に成りすます方法に集中するあまり、最初の段階のミスに気づいていなかった。しかも私はこのミスで、一度痛い目に遭っているのだ。


「私って信じられない馬鹿・・・・!」


 自分の馬鹿さ加減をいくら呪っても、こうなったらすべてが後の祭りだ。



「――――誰かいるのか?」


 下から聞こえてきた声に、私はハッとする。



(ち、近くに誰かいたの!?)


 自分の馬鹿すぎる失敗に狼狽して、思わず大声を出してしまっていた。


 巡回の兵士が通らない時間帯を選んだはずなのに、運が悪いことに、今夜だけは偶然、近くに誰かが居合わせたようだ。


 怖々と、声の根元を捜す。


 私の真下に、一人の男が立っていた。



「え、エンリケ!? またあなたなの!?」

「まさか・・・・妃殿下ですか?」


 エンリケのほうも驚いていた。


「な、なぜ、あなたがここにいるの!?」

「これでも一応近衛騎士なので、城内を巡回してました。でも疲れたので、少し休憩しようと思い、人気のない場所を捜していたんです」

「つまり、サボろうとして・・・・」

「端的に言うと、そうです」

「あっさり自白するのね・・・・」


 悪びれるでもないエンリケの態度に呆れたけれど、今の私に彼を責める権利があるのかと反論されたら、黙るしかない。


「それで、問いつめるまでもないことですが――――妃殿下は窓からぶら下がって、何をしてるんです?」

「・・・・・・・・」

「黙秘ですか。・・・・俺の実体験ですが、すでに罪状が明らかな場合は、黙秘よりも自白を選んだほうが、ほんの少しですが相手の悪印象を和らげることができますよ」

「罪状が一目瞭然の状況なら、自白を選んだところで焼け石に水でしょ!」


 思わず、まだ叫んでしまう。


「また、あなたに出くわすなんて・・・・!」


 三階の窓から脱出する、なんて芸当は、私もまだ二回しかしたことがない。なのにその二回とも、エンリケに出くわした上、醜態まで目撃されるなんて、悪縁で繋がれているとしか思えなかった。


「俺も驚いてますよ。まさか、また妃殿下が窓からぶら下がっている現場に出くわすことになるとは・・・・くくっ・・・・」


 突然、エンリケの肩が揺れはじめる。私に見えないように、俯くことで表情を隠しているけれど、笑い声は隠せていなかった。


「わ、笑わないでよ!」

「すみません。・・・・でも、おかしくて」

「窓から落ちそうになってる女を前にして、普通笑うかしら!?」

「脱走に失敗して、窓からぶら下がっている女性を見たのは、まだ二回目なので、どういう反応が普通なのかわかりません」

「・・・・・・・・」

「もしかして妃殿下は、夜な夜な窓からぶら下がり、通りかかった人間に下着を披露する新手の露出狂ですか?」

「ちょっとっ! 人に変な容疑をかけないでくれる!?」


 しかも、おかしな容疑までかけられそうになっている。私は必死になって、否定した。


「違うからね!」

「冗談です。危ないから、じっとしてて」


 縄梯子にぶら下がったまま、手足をばたつかせたから、危うく落ちそうになってしまった。


「それに、今日は下着なんか晒さないわ。ちゃんとパンタロンを履いてるから! 予防線はばっちりよ!」

「それは結構ですけど、まずその前に、地面に無事着地できる縄梯子の長さを考えるべきでは?」


 エンリケに正論で論破され、私は黙るしかなかった。


「縄梯子が空気を読んで伸びてくれるわけじゃないんですよ」

「わ、わかってるわ・・・・でもきっと、あなたが足りない長さを補ってくれると、信じてる」

「・・・・俺は足場ですか?」


 不満を零しつつ、エンリケは私の下に立ち、私に肩を貸してくれた。


「俺の肩に足を乗せて、ゆっくりしゃがんでください」

「わ、わかった」


 縄梯子を握ったまま、エンリケの肩に足を置いて、怖々と屈んだ。それからエンリケの肩に腰を下ろして、肩車をしているような格好になる。


「もう大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫。ありがとう、エンリケ――――」




「そこで何をしている!?」



 鋭く飛んできた声に驚いて、エンリケの肩から落ちそうになってしまった。エンリケが手を伸ばし、私を支えてくれる。



 背後から、草木を掻き分ける音が近づいてくる。だけど私を支えているから、エンリケは勢いよく振り返ることができなかった。



「――――ゆっくり振り向くんだ」


 エンリケの背中が、緊張で強張っている。



(顔を見られてしまったら・・・・!)


 焦ったけれど、この状況ではもう逃げられない。


 エンリケは私を落とさないよう、ゆっくりと振り返った。振り返って、その人物がエンリケの背中に、剣の切っ先を突きつけていたことを知る。


 その人物はエンリケと私の顔を確かめ、瞠目した。


「エンリケ!? それに、ルーナティア妃殿下!」


「エドアルドか」


 剣を突きつけてきたのが、エドアルド・アルフレド卿だと知って、強ばっていたエンリケの表情が柔らかくなった。


「俺達を見つけたのが、お前でよかったよ。とりあえず、妃殿下を下ろすのを手伝って――――」

「・・・・いや、待て」


 なぜかアルフレド卿は警戒を解いてくれない。理解できないという顔をしていた。


 無理もない。



 ――――真夜中に、常夜灯の光が届かない暗がりで、女が男に肩車されている。


 しかも一人は王妃で、もう一人は騎士団長だ。きっとアルフレド卿は目の前の光景が意味不明すぎて、混乱しているのだろう。



「・・・・何をしていた?」

「見ればわかるだろう、どうしてわざわざ聞く?」

「見てもわからないから聞いてるんだ!」


 アルフレド卿の声が、大きくなる。彼はすぐに、自分の声の大きさに気づいて、深呼吸で気持ちを落ち着かせていた。


「・・・・暗がりで誰かがいかがわしいことをしていると思い、注意しようと思って来てみたら、騎士団長が王妃を肩車してたんだぞ? この意味不明すぎる光景から、俺は一体、どんな情報を読みとればいいんだ!?」


 暗い場所で男女の声が聞こえたから、誰かがいかがわしいことをしているとアルフレド卿は誤解したようだ。ところが実際に行ってみると、肩車をした男女が出てきたから、彼はとても混乱している。


「色々あって、妃殿下を肩車しているんだ」

「面倒だからと、説明を省くな! その色々の部分を詳しく聞きたいんだ!」

「知らなくていい。俺にもどうしてこうなったのか、よくわからん」


 アルフレド卿は途方にくれて、視線を彷徨わせた。


 そして窓から垂れ下がった縄梯子を見つける。



 ――――それを見た瞬間に、アルフレド卿はすべて、理解したようだ。



「妃殿下! また脱走しようとしたんですか!?」

「エドアルド、声が大きいぞ」

「エンリケ! お前もどうしてまた、脱走を手伝っている!?」

「誤解するな。俺は、妃殿下の脱走を手伝っていたわけじゃない。妃殿下の足場になっていただけだ」

「お前に騎士の誇りはないのか!?」


 何を言ってもエンリケがのらりくらりと言い逃れるから、アルフレド卿のほうが必死になっていた。


「スクトゥム騎士団の団員が、女性の足場になっていると堂々と公言するお前を見たら、どれだけ失望すると思う!?」

「あいつらなら、大丈夫だ。俺が酒代を払えなくて、店主に土下寝どげねをした時も、あいつらは無表情だった」

「それは対応がわからずに、心を無にするしかなかっただけだ! お前だって、狩猟大会の時に強風でアルセニオ卿のカツラが飛んでいくのを見た時、無表情で遠い目をしてただろ! それと同じ心境だ!」

「あの時はヤバかった。瞬時に心を無にすることで、何とか表情筋を動かさずにすんだが、吹き出していたら、今以上にアルセニオ卿に嫌がらせされてたはず」

「何の話をしてるのよ・・・・」


 何もかもが恥ずかしくて、私は両手で顔を覆う。穴があったら、助走をつけて飛び込みたい気分だった。



「・・・・よく考えるんだ、エドアルド」


 エンリケは言葉の応酬に疲れたのか、一息つく。


「俺は足場になりつつ、脱走犯を現行犯で確保してるんだ。妃殿下に怪我をさせずに、なおかつ脱走犯を確保するのに、これほど効率がいいやり方はないだろ?」


「私、確保されてたの!?」


「まあ、そういうことなら・・・・」


 アルフレド卿は大きな息を吐き出して、前髪を掻き上げる。


「とにかくお前は、もっと騎士団長らしくしろ!」

「ちゃんとしてるつもりだ。そもそも、騎士団長が王妃を肩車しちゃいけない、なんていう決まりはないだろう?」

「ああ、確かにそんな決まりはない。脱走を繰り返す王妃と、それを幇助するアホな騎士団長がいるなんて、誰も想定できなかったからな!」


 アルフレド卿はエンリケに詰め寄る。


「わわっ・・・・!」


 勢いに押されたエンリケが、少し上体を後ろに倒したから、私もバランスを崩しそうになった。必死でエンリケの頭にしがみ付く。


 それを見て、アルフレド卿は一歩後退してくれた。


「・・・・とにかく、まずは妃殿下を下ろすんだ。こんな場面を誰かに見られて、誤解されたら困る」


 肩車で何をどう誤解されるのかはわからないけれど、とりあえず今はまず、エンリケの肩から降りなければならない。エンリケが屈んでくれたので、私は肩から降りて、一息つく。



 だけど小さな安堵感は、アルフレド卿と目が合った瞬間に、砕け散った。



 アルフレド卿は腕を組み、さっきよりも冷ややかな眼差しで、私達を睨んでいる。

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