魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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52_国王の弟の心労

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「・・・・まったく、今までこんな連中に、好き放題にやらせていたとは・・・・」


 連行されるグスルム達の背中を睨みながら、リノは吐き捨てた。


 グスルム達の窃盗の証拠をつかみ、なんとかエセキアスの口から、捕縛しろという命令を引き出すことはできたものの、彼らがこの国に残した爪痕は大きかった。


 グスルム達がトリエル村で民家に火を放ち、村人を殺そうとした件は、すでにロタリンギア中に知れ渡っている。しかも彼らが国王軍に雇われているという事実を笠に、悪事を働いたのはこれが最初じゃない。


 この件で、前々からくすぶっていた王室に対する不満は、より強くなるだろう。


 ――――もっと早くに処断しておくべきだった。グスルム達の悪事から国民を守るためにも、国を分断させないためにも、早めに手を打っておくべきだったのだ。


「陛下が、団長の言うことに、もっと早く耳を傾けてくだされば・・・・」


 フィデルは、唇を噛みしめる。


 俺や一部の閣僚が、このままグスルム達の好きにさせてはならないと、何度もエセキアスに進言下にも関わらず、エセキアスも、彼の取り巻きも、まるで耳を貸そうとしなかった。


 その結果、ロタリンギアをはじめ、一部の地方で高まっていた不満に、火をつけることになった。反体制派の動きは今は小さな亀裂にしか見えないが、やがて大きなうねりとなって、国を混乱させるだろう。


「・・・・グスルム達を追い出すことはできたんだ。今はそれでよしとしよう」


 自分なりに区切りをつけたくて、俺はそう言った。


「これで解決――――とはなりませんよ、団長」


 リノの声が、暗く陰った。


「グスルム達の言い分にも、一理あります。だってグスルム達に徴収を命じたのは、陛下なんですから」

「・・・・陛下は明確には、火を放てとも、村人を殺せとも命じていない」


 俺の代わりに、フィデルが答える。


「グスルム達のやり方を見ても止めもしなかったんだから、容認したことと同じだ! 自分の手を汚さないだけ、余計にタチが悪い!」

「・・・・・・・・」


 フィデルは黙り込み、空気は泥を飲み込んだように、じっとりと重くなる。


 フィデルも本心では、あの時のエセキアスのやり方を、よくは思っていないはずだ。


 だがフィデルは騎士として、国王に忠誠心を持つよう、徹底的に教育されてきた。だから公然と、国王にたいする不満を口にすることができずに、正当化できる理由を捜している。エセキアスが正しい国王でいてくれなかったら、フィデルの信念は揺らぎ、騎士でいられなくなってしまうからだろう。


「・・・・陛下の考えが変わらないかぎり、この国は、何も変わりません」


 リノは強い口調で言いきった。


(・・・・リノの言う通りだな)


 グスルム達のような連中を捕まえたとして、今後もエセキアスが地代ちだいを強制的に徴収するという姿勢を変えないかぎり、汚れ仕事をする者が入れ替わるだけだ。困窮した人々が苦しむ構図は変わらない。


 人々を救うには、干ばつなどの天災に見舞われたときに、地代ちだいを免じるという法律を作る必要があった。



(だが・・・・)


 だが、この点について論じることを、閣僚達は避けている。


 議論をはじめれば、国王であるエセキアスに意見をしなければならないからだ。


 エセキアスは今までも、誰の意見にも耳を傾けようとしなかった。今後も国民にたいする姿勢を変えないはず。

 実際、トリエル村の件で、今年は地代ちだいの免除をすべきだと俺達が進言しても、取り付く島もなかった。グスルムのことも罰しようとしなかったから、俺達はグスルムの窃盗の証拠をつかんで、それをエセキアスに突きつけるしかなかった。


 エセキアスは国の変革など望まないし、自分を変えるつもりもない。



 ――――だが、国王のその頑なな姿勢が、国民の不信と不満を高めている。俺は日々、町の人々と接しているから、日に日に高まっていく王室への不満を肌で感じ取っているが、城から出ないエセキアスには不満の声が届かないし、彼自身、国民の感情の変化を見ようとしない。



 ――――このままでは、いずれ衝突が起こるだろう。


 政治に関わる者達は、いずれ起こるかもしれない国民の感情の爆発に、戦々恐々としている。


 その瞬間が訪れても、誰も解決策を持っていない。



「それに・・・・ドラゴンをあんなに簡単に召喚するなんて、ありえませんよ」


 味方の陣営と敵の陣営の間に距離ができたとはいえ、ドラゴンの炎の威力を考えれば、あの時、ドラゴンを召喚すべきではなかった。味方や村人が巻き込まれた可能性もあったのだ。


「王室にたいする不満が、この一件でさらに過熱し、無視できない広がりを見せています。・・・・今後、どうなることやら・・・・」

「変革を求める声は、ブランデでも活発になってますよ。・・・・ブランデの市民まで、反体制派の動きに加担しそうで、恐ろしいです」

「・・・・そうなると、陛下はまた激昂するだろうな」


 エドアルドが憂鬱そうに、そう零す。


 自分を中傷するビラに激怒し、ロタリンギアに乗り込んでいったぐらいだ、ブランデで同じ動きが起こったら、エセキアスは怒り狂い、反体制の動きに加担した人間を全員、縛り首にするまで、止まろうとしないだろう。


「・・・・根本的にカーヌスを変えるには、国の代表が変わるしかありません。団長が――――」


「――――それ以上は言うな、リノ」


 とたんに、エドアルドの声が低く凍えた。


「・・・・それ以上は、口にしてはならない」


「・・・・・・・・」


 リノも我に返ったのか、唇を引き結ぶ。


「・・・・発言には気を付けろよ、リノ。この会話を聞かれて、簒奪を画策していると思われたら、ここにいる全員が危ない。誰が聞き耳を立ててるか、わからないんだ。・・・・団長が陛下に目を付けられていることを、絶対に忘れるな」

「わ、悪い・・・・」


 ベルナルドに睨まれて、リノは俯いてしまった。


 ――――今現在、継承権を持っているのは、俺だけだ。カルデロン家は呪われていると囁かれるほど不幸が多く、継承権を持つ男子は、俺だけになってしまった。


 俺はエセキアスの〝予備〟として扱われることを不快に感じてきたが、エセキアスのほうも、俺という予備がいるせいで、もしもの時に、臣下から裏切られる可能性を懸念しているようだった。


 閣僚達はいつも、いつ起爆するかわからない、エセキアスの不発弾のような性格に怯えている。俺のほうがマシだと考える者も、少なくないようだった。


 エセキアスは感情を抑えきれないだけで、頭が悪いわけじゃない。閣僚達から、頭を挿げ替えたいと思っている気配は感じているはず。


 エセキアスがどれだけ横暴でも、王室を守るため、閣僚は彼に頭を垂れるしかない。だから俺が消えれば、エセキアスの立場は盤石になる。



 エセキアスから、予備を消したいという思惑を感じたことは、一度や二度のことじゃない。


 ――――だから、振る舞いには気を付けてきた。俺を排除したがっている人間が多くいるのに、わざわざその口実を自分から与えてやる必要はない。エドアルドも長い付き合いでそのことがわかっているから、リノを黙らせた。


 俺を排除したい者達にとっては、今の会話は格好の材料だろう。俺が仲間と、簒奪を画策していたと告げ口すれば、エセキアスは喜んで、俺を処断するはずだ。


 だが――――最近はよく、このまま大人しく従っているだけでいいのかと考えている。


(・・・・どうしたものか)


 エセキアスが最低な人間でも、国王としての最低限の務めさえ果たし、国の平和が維持できれば、俺はそれでいいと思っていた。


 ――――だが、最近のエセキアスの言動は、常軌を逸している。いや、今までは隠していた狂暴な一面を、隠さなくなったというべきか。


 何かがきっかけで、とんでもない事件を引き起こし、国が傾くのでは、という不安を、誰もが感じているようだった。


 暴動を防ぐには、国を根本から変えるしかないが、頑なな国王を戴いたままでは、変革は進まない。だから変革を進めるには、エセキアスを国王という地位から退かせるしかなかった。


 ――――だが俺が退位を迫れば、それを簒奪と見做す人達は多いはず。


 それに、退位を迫るという手段はありえない。変革を起こそうとすれば、エセキアスは徹底抗戦するはず。最強の化物を空から降らすことができる男だ、全面衝突になれば、多大な犠牲が出ることは、目に見えていた。



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