魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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「グスルム、そこで止まれ」


「あ?」


 夜の闇に沈んだブランデの一角で、俺は誰かに呼び止められた。


 振り返る前に、勢いよく近づいてきた蹄の音が、俺を追い抜いていった。背後から被さってきた風に、思わず目を閉じると、音は俺達の前に回り込む。


 ゆっくりと瞼を開くと、目の前には、棹立ちになり蹄を振り上げる、黒毛の馬がいた。馬上では、軍服を着た男がマントをなびかせている。



「捜したぞ。こんなところにいたのか」


「・・・・おやおや、殿下ではありませんか」



 ――――馬上にいたのは、エンリケ・カルデロンだった。



「どうして、あいつがここに・・・・」


 俺の後ろで、仲間達がひそひそと話している声が聞こえた。


(どうして、俺達を追ってきたんだ?)


 トリエルでの仕事を終え、俺達は酒場で束の間の休息を楽しんだ後、夜のうちにブランデを離れるつもりでいた。スクトゥム騎士団の団長が、このタイミングで追いかけてくるなんて、偶然とは思えない。


「どうしたんですか? こんな夜中に、お一人で行動するなど、危険ですよ」


 内心の警戒を隠し、俺は表向きは平静を装う。


 すると、エンリケは笑った。


「一人じゃないぞ」


 エンリケの後を追いかけるようにして、馬に乗った男達が次々と現れ、俺達を取り囲んでいく。


 スクトゥム騎士団の騎士達だ。彼らの冷え冷えとした視線が、四方から突き刺さってきた。


 民兵だと見下されることには慣れているが、スクトゥム騎士団の騎士達の態度は、近衛兵の侮りの態度とは、一味違っている。彼らは決して、警戒を忘れていない。



「我々を見送るために、わざわざここまで追いかけてきてくれたんですか?」

「見送りではなく、連れ戻すためにここに来た」


 茶化すつもりで言ったのに、意外にもエンリケは真剣に返してきた。


「陛下が、お前達に話があると仰せだ。今すぐ登城するように」

「こんな夜中に・・・・?」


 仲間の声に、不安が滲む。


「わざわざ殿下自ら、私を呼びに来てくれるとは、光栄ですな。この程度のこと、下の者に任せればよかったでしょうに」


 もう少し詳しい内容を聞きだすために、俺は雑談のような調子で、話しかけ続けた。エンリケは笑う。



「――――罪人を連れ戻す役目だ。疎かにはできない」


「・・・・!」


 仲間達は動揺し、ざわつく。


「城に戻り、そこで大人しく、沙汰を待て」



 もう雑談に応じるつもりはないという意思表示なのか、エンリケの声が低く凍える。俺も笑顔を消して、エンリケを睨みつけた。


「・・・・意味がわからねえな。俺達が何をした?」

「自分の胸に聞くんだな」

「もしかして、トリエルの件か? 俺達は、陛下の命令に従っただけだぞ!」

「村人の前でご高説を垂れたわりに、魔物が出てきたら、そそくさと逃げ出してやがったな。あの変わり身の早さと、逃げ足の速さは滑稽だったぞ」


 亜麻色の髪の騎士が、俺達を嘲笑う。


「魔物と戦えとは言われなかったからな。よく知らない村人のために、なんで俺達が命をかけなきゃならない?」

「そうだ、そうだ! 魔物と戦うのは、国王軍の仕事だろうが! 俺達の仕事は、地代ちだいの徴収だけだぞ!」


 俺が言い返すと、仲間達も怒声をエンリケ達にぶつけた。


 だが、エンリケ達は無反応だった。反論を超えた罵声もあったが、彼らは眉一つ動かさない。


「・・・・命令なら、家を焼き、村人まで殺すのか」

「もちろんさ。命令ならば、何でも焼き、何人でも殺そう。だってそれが、陛下の命令なんだからな! 自分達の手が汚せないからって、俺達に汚れ仕事を押し付けて、今度は尻尾を切るみたいに、俺達を消そうとするのか? それじゃ、筋が通らねえだろ!?」

「・・・・なんか怪しいな」

「あの一件の後も、陛下は俺達の仕事ぶりに文句を言ったりしなかったぞ。それが何でいきなり、俺達を裁く話になってるんだ?」

「本当に陛下の指示を受けたのか? 独断で動いてるんじゃねえのか?」

「俺達を罠に嵌めようってんじゃねえだろうな!」


 仲間達の疑心が高まり、声がさらに大きくなっていく。


「・・・・・・・・」


 エンリケは沈黙していた。


「・・・・ああ、そうか」


 エンリケの考えを読んで、俺は笑う。


「あんたは、トリエル村の村人達にたいする陛下のやり口が、気に入らなかったようだな。だが、相手は仮にも国王だ。反意を見せるわけにはいかないから、俺だけ排除しようとしてやがるのか」


 エンリケを嘲笑い、俺は一歩前に踏み出して、エンリケに指を突きつける。


「そうはいかねえぞ。俺は陛下の命令に従っただけだ! あの件で俺を裁くってことは、陛下の判断に疑義を申し立てることと同じだぞ!」

「・・・・・・・・」

「あんただけじゃ、俺達を排除できねえぞ。俺達はエセキアス陛下に雇われたんだ! 殿下、あんたは確かにこの国の英雄だが、政治においてはたいした実権を持っていないことは、もうわかってるんだからな!」


 エンリケ・カルデロンはこの国の英雄だ。


 だが、政治においては、所詮は国王の弟でしかない。エセキアスは、継承権を持つエンリケを脅威と見做しているようで、彼には政治の実権を与えないようにしているようだった。


「・・・・確かに、その通り」


 エンリケは意外にも、笑いながら俺の言葉を肯定した。


「だったら――――」


「だが今回、お前を裁く罪状は、村を焼いた件じゃない」


 虚をつかれて、俺は閉口する。


「グスルム、確かに俺には、トリエル村の件で、お前達をこの国から排除する権限はない。お前がしたことがいかに残虐で、人の道から外れているんだとしてもな。だが権限はなくとも、お前のような人間を排除する方法は、いくらでも知っている」

「・・・・何だと?」



「――――村から強奪した物品の中から、値打がある物を盗んだだろう?」



 またしても、虚をつかれてしまった。



「村人から聞き取りをして、地代ちだいとして徴収された物品の中から、消えている品があることを突き止めた。しかも値打がある品に限って、見つからない。・・・・それで、盗まれたと気づいた。お前達以外に、盗める者はいない」

「い、言いがかりだ!」


 慌てて、そう言い返した。


 地代ちだいの徴収に尽力することで与えられる報酬では満足できず、徴収したものの中から、値打があるものをくすねていたことは事実だ。


 だが、証拠は残していないはず。だったらこの場は、強気で反論したほうがいいと判断して、俺は語気を強める。


「俺達が盗んだって証拠は、どこにある!?」

「残念だが、言い逃れはできないぞ。お前達が持ち込んだ盗品を売りさばいた連中は、もう全員捕まえた。そいつらが洗いざらい話してくれたぞ」

「・・・・!」


 盗品を売りさばくルートは、もう知られてしまったようだ。証拠をすべて押さえていたから、俺達が何を言おうとも、エンリケ達は意に介さなかったのだろう。


「・・・・お前のような悪党は、目の前に宝があれば、くすねずにはいられない。だから言ったんだ。俺にはお前を排除する権限はないが、お前を排除する方法なら知ってる、と」


 エンリケは高みから、微笑を落とす。


「陛下は飼い犬に手を噛まれたと、怒り心頭だ。早く城に行って、釈明したほうがいいぞ。でなきゃ、絞首台に立つことになるだろう」

「・・・・・・・・」


 ――――冗談じゃない。


 エンリケは冗談めかして言っているが、あの国王様のことだ、本当に絞首台に立たされることもありえる。



(・・・・逃げるしかない)



 俺は仲間達に目配せする。


 仲間の一人が俺の目の動きで、指示を読み取り、懐から、手の平に収まる程度の布袋を取り出した。



 ――――煙幕として使える、粉袋だ。



「ふざけんなよ!」


 それを合図にして、他の仲間達も動き出した。


「報酬が少なすぎるんだよ! 徴収した物の中から、補うものを捜して、何が悪いって言うんだ!」


「あんた達がこの国の富を全部占有してるのが悪いんだろ!」


 数では、こちらが有利だ。数を利用して、数人が一人の騎士に殺到し、袖やマントを引っつかんで引っ張ったり、馬上の騎士の胸倉につかみかかった。


「抵抗しても無駄だ! 大人しくしろ!」

「申し開きなら、陛下の前でするんだな!」


 騎士達も言い返し、仲間達の腕を振り払った。


 そこで、粉袋を持った者が動く。


 彼は腕を振り上げ、粉袋を勢いよく、地面に叩きつけた。


「・・・・!」



 真っ白な粉塵が羽を広げるように、広範囲に拡散していく。軽い粉は、人々が生み出す風だけで何層にも重なって、敵の目から俺達の姿を覆い隠してくれた。



「煙幕か!」


 白く染まった視界の向こう側から、騎士達の声が聞こえてくる。


「逃げるぞ!」


 その隙に、俺達は薄っすら見える馬の輪郭の合間を駆け抜けた。


 ――――仲間達が騎士達に詰め寄って、注意を引いた隙に、一人が粉袋を使って、相手の視界を奪う。騎士達が狼狽えている隙に、逃げだすという手はずだ。


 シンプルな作戦だが、今まで窮地に陥った時に何度か使い、それなりに使える手段であることは証明済みだ。


 視界が悪い状況では、同士討ちの恐れもあるので、たいていの兵士は身動きが取れなくなる。スクトゥム騎士団といえども、例外ではないはず。


 しかもエンリケ達は、狭い路地が入り組んでいるこの一角に、馬に乗って乗り込んできた。


 俺に言わせれば、愚かな判断だ。馬では、狭い路地の奥まで追いかけてこられないだろう。その隙に、入り組んだ路地の奥まで逃げる。



 ――――そう目論んでいたのだが、その時はうまくいかなかった。



「ぎゃっ!」


 すぐ横を風が駆け抜けていって、隣を走っていたはずの仲間の姿が、悲鳴とともに掻き消える。


「うわぁっ!」

「ぐっ・・・・!」


 それに続き、白煙のドームの中から、次々と仲間達の悲鳴が響いてきた。


 思わず振り返ると、斬り合う男達の影が、まるで影絵のように、濃霧の白壁に写り込んでいた。


 何度か斬り合ったあと、片方が倒れる。影だけでも、勝者がマントを羽織っていることがわかった。仲間が、スクトゥム騎士団の騎士に負けたのだとわかり、俺は愕然とする。


 ――――たった数分で、あたりは奇妙なほど静かになった。遠くから聞こえていた街の喧騒さえ、俺自身の心音が掻き消している。



「後はお前だけだぞ、グスルム」


 そして霧を掻き分けて、エンリケが現れた。その手には、鞘から抜かれた剣が握られている。



 煙幕が散ると、すでに俺は、騎士達に取り囲まれていた。


 ――――彼らはもう、馬には乗っていなかった。おそらく仲間が煙幕を使った瞬間に、騎士達は状況を悟って、素早く下馬したのだ。


 そして霧の壁に映るわずかな人影を見逃さず、俺達の位置を把握し、斬りかかった。


 トリエル村の攻防戦で、近衛騎兵第三連隊の無様な戦いぶりを目にして、国王軍を侮っていたが、さすがにスクトゥム騎士団は格が違う。指示がなくても、豊富な実戦経験に裏打ちされた判断力が、彼らにはあるのだ。


「・・・・っ」


 一応、俺も剣を抜いたものの、腕の震えは隠せなかった。


「・・・・観念したほうがいい。ここで斬り殺されたくなかったらな」


 俺の腕の震えに気づき、金髪の騎士が警告してくる。


「・・・・・・・・」



 抵抗は無駄だと悟るには、十分な材料がそろっていた。



 俺は剣を投げ捨て、膝を折ると、両手を頭の上に掲げた。



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