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51_事後処理
しおりを挟む「グスルム、そこで止まれ」
「あ?」
夜の闇に沈んだブランデの一角で、俺は誰かに呼び止められた。
振り返る前に、勢いよく近づいてきた蹄の音が、俺を追い抜いていった。背後から被さってきた風に、思わず目を閉じると、音は俺達の前に回り込む。
ゆっくりと瞼を開くと、目の前には、棹立ちになり蹄を振り上げる、黒毛の馬がいた。馬上では、軍服を着た男がマントをなびかせている。
「捜したぞ。こんなところにいたのか」
「・・・・おやおや、殿下ではありませんか」
――――馬上にいたのは、エンリケ・カルデロンだった。
「どうして、あいつがここに・・・・」
俺の後ろで、仲間達がひそひそと話している声が聞こえた。
(どうして、俺達を追ってきたんだ?)
トリエルでの仕事を終え、俺達は酒場で束の間の休息を楽しんだ後、夜のうちにブランデを離れるつもりでいた。スクトゥム騎士団の団長が、このタイミングで追いかけてくるなんて、偶然とは思えない。
「どうしたんですか? こんな夜中に、お一人で行動するなど、危険ですよ」
内心の警戒を隠し、俺は表向きは平静を装う。
すると、エンリケは笑った。
「一人じゃないぞ」
エンリケの後を追いかけるようにして、馬に乗った男達が次々と現れ、俺達を取り囲んでいく。
スクトゥム騎士団の騎士達だ。彼らの冷え冷えとした視線が、四方から突き刺さってきた。
民兵だと見下されることには慣れているが、スクトゥム騎士団の騎士達の態度は、近衛兵の侮りの態度とは、一味違っている。彼らは決して、警戒を忘れていない。
「我々を見送るために、わざわざここまで追いかけてきてくれたんですか?」
「見送りではなく、連れ戻すためにここに来た」
茶化すつもりで言ったのに、意外にもエンリケは真剣に返してきた。
「陛下が、お前達に話があると仰せだ。今すぐ登城するように」
「こんな夜中に・・・・?」
仲間の声に、不安が滲む。
「わざわざ殿下自ら、私を呼びに来てくれるとは、光栄ですな。この程度のこと、下の者に任せればよかったでしょうに」
もう少し詳しい内容を聞きだすために、俺は雑談のような調子で、話しかけ続けた。エンリケは笑う。
「――――罪人を連れ戻す役目だ。疎かにはできない」
「・・・・!」
仲間達は動揺し、ざわつく。
「城に戻り、そこで大人しく、沙汰を待て」
もう雑談に応じるつもりはないという意思表示なのか、エンリケの声が低く凍える。俺も笑顔を消して、エンリケを睨みつけた。
「・・・・意味がわからねえな。俺達が何をした?」
「自分の胸に聞くんだな」
「もしかして、トリエルの件か? 俺達は、陛下の命令に従っただけだぞ!」
「村人の前でご高説を垂れたわりに、魔物が出てきたら、そそくさと逃げ出してやがったな。あの変わり身の早さと、逃げ足の速さは滑稽だったぞ」
亜麻色の髪の騎士が、俺達を嘲笑う。
「魔物と戦えとは言われなかったからな。よく知らない村人のために、なんで俺達が命をかけなきゃならない?」
「そうだ、そうだ! 魔物と戦うのは、国王軍の仕事だろうが! 俺達の仕事は、地代の徴収だけだぞ!」
俺が言い返すと、仲間達も怒声をエンリケ達にぶつけた。
だが、エンリケ達は無反応だった。反論を超えた罵声もあったが、彼らは眉一つ動かさない。
「・・・・命令なら、家を焼き、村人まで殺すのか」
「もちろんさ。命令ならば、何でも焼き、何人でも殺そう。だってそれが、陛下の命令なんだからな! 自分達の手が汚せないからって、俺達に汚れ仕事を押し付けて、今度は尻尾を切るみたいに、俺達を消そうとするのか? それじゃ、筋が通らねえだろ!?」
「・・・・なんか怪しいな」
「あの一件の後も、陛下は俺達の仕事ぶりに文句を言ったりしなかったぞ。それが何でいきなり、俺達を裁く話になってるんだ?」
「本当に陛下の指示を受けたのか? 独断で動いてるんじゃねえのか?」
「俺達を罠に嵌めようってんじゃねえだろうな!」
仲間達の疑心が高まり、声がさらに大きくなっていく。
「・・・・・・・・」
エンリケは沈黙していた。
「・・・・ああ、そうか」
エンリケの考えを読んで、俺は笑う。
「あんたは、トリエル村の村人達にたいする陛下のやり口が、気に入らなかったようだな。だが、相手は仮にも国王だ。反意を見せるわけにはいかないから、俺だけ排除しようとしてやがるのか」
エンリケを嘲笑い、俺は一歩前に踏み出して、エンリケに指を突きつける。
「そうはいかねえぞ。俺は陛下の命令に従っただけだ! あの件で俺を裁くってことは、陛下の判断に疑義を申し立てることと同じだぞ!」
「・・・・・・・・」
「あんただけじゃ、俺達を排除できねえぞ。俺達はエセキアス陛下に雇われたんだ! 殿下、あんたは確かにこの国の英雄だが、政治においてはたいした実権を持っていないことは、もうわかってるんだからな!」
エンリケ・カルデロンはこの国の英雄だ。
だが、政治においては、所詮は国王の弟でしかない。エセキアスは、継承権を持つエンリケを脅威と見做しているようで、彼には政治の実権を与えないようにしているようだった。
「・・・・確かに、その通り」
エンリケは意外にも、笑いながら俺の言葉を肯定した。
「だったら――――」
「だが今回、お前を裁く罪状は、村を焼いた件じゃない」
虚をつかれて、俺は閉口する。
「グスルム、確かに俺には、トリエル村の件で、お前達をこの国から排除する権限はない。お前がしたことがいかに残虐で、人の道から外れているんだとしてもな。だが権限はなくとも、お前のような人間を排除する方法は、いくらでも知っている」
「・・・・何だと?」
「――――村から強奪した物品の中から、値打がある物を盗んだだろう?」
またしても、虚をつかれてしまった。
「村人から聞き取りをして、地代として徴収された物品の中から、消えている品があることを突き止めた。しかも値打がある品に限って、見つからない。・・・・それで、盗まれたと気づいた。お前達以外に、盗める者はいない」
「い、言いがかりだ!」
慌てて、そう言い返した。
地代の徴収に尽力することで与えられる報酬では満足できず、徴収したものの中から、値打があるものをくすねていたことは事実だ。
だが、証拠は残していないはず。だったらこの場は、強気で反論したほうがいいと判断して、俺は語気を強める。
「俺達が盗んだって証拠は、どこにある!?」
「残念だが、言い逃れはできないぞ。お前達が持ち込んだ盗品を売りさばいた連中は、もう全員捕まえた。そいつらが洗いざらい話してくれたぞ」
「・・・・!」
盗品を売りさばくルートは、もう知られてしまったようだ。証拠をすべて押さえていたから、俺達が何を言おうとも、エンリケ達は意に介さなかったのだろう。
「・・・・お前のような悪党は、目の前に宝があれば、くすねずにはいられない。だから言ったんだ。俺にはお前を排除する権限はないが、お前を排除する方法なら知ってる、と」
エンリケは高みから、微笑を落とす。
「陛下は飼い犬に手を噛まれたと、怒り心頭だ。早く城に行って、釈明したほうがいいぞ。でなきゃ、絞首台に立つことになるだろう」
「・・・・・・・・」
――――冗談じゃない。
エンリケは冗談めかして言っているが、あの国王様のことだ、本当に絞首台に立たされることもありえる。
(・・・・逃げるしかない)
俺は仲間達に目配せする。
仲間の一人が俺の目の動きで、指示を読み取り、懐から、手の平に収まる程度の布袋を取り出した。
――――煙幕として使える、粉袋だ。
「ふざけんなよ!」
それを合図にして、他の仲間達も動き出した。
「報酬が少なすぎるんだよ! 徴収した物の中から、補うものを捜して、何が悪いって言うんだ!」
「あんた達がこの国の富を全部占有してるのが悪いんだろ!」
数では、こちらが有利だ。数を利用して、数人が一人の騎士に殺到し、袖やマントを引っつかんで引っ張ったり、馬上の騎士の胸倉につかみかかった。
「抵抗しても無駄だ! 大人しくしろ!」
「申し開きなら、陛下の前でするんだな!」
騎士達も言い返し、仲間達の腕を振り払った。
そこで、粉袋を持った者が動く。
彼は腕を振り上げ、粉袋を勢いよく、地面に叩きつけた。
「・・・・!」
真っ白な粉塵が羽を広げるように、広範囲に拡散していく。軽い粉は、人々が生み出す風だけで何層にも重なって、敵の目から俺達の姿を覆い隠してくれた。
「煙幕か!」
白く染まった視界の向こう側から、騎士達の声が聞こえてくる。
「逃げるぞ!」
その隙に、俺達は薄っすら見える馬の輪郭の合間を駆け抜けた。
――――仲間達が騎士達に詰め寄って、注意を引いた隙に、一人が粉袋を使って、相手の視界を奪う。騎士達が狼狽えている隙に、逃げだすという手はずだ。
シンプルな作戦だが、今まで窮地に陥った時に何度か使い、それなりに使える手段であることは証明済みだ。
視界が悪い状況では、同士討ちの恐れもあるので、たいていの兵士は身動きが取れなくなる。スクトゥム騎士団といえども、例外ではないはず。
しかもエンリケ達は、狭い路地が入り組んでいるこの一角に、馬に乗って乗り込んできた。
俺に言わせれば、愚かな判断だ。馬では、狭い路地の奥まで追いかけてこられないだろう。その隙に、入り組んだ路地の奥まで逃げる。
――――そう目論んでいたのだが、その時はうまくいかなかった。
「ぎゃっ!」
すぐ横を風が駆け抜けていって、隣を走っていたはずの仲間の姿が、悲鳴とともに掻き消える。
「うわぁっ!」
「ぐっ・・・・!」
それに続き、白煙のドームの中から、次々と仲間達の悲鳴が響いてきた。
思わず振り返ると、斬り合う男達の影が、まるで影絵のように、濃霧の白壁に写り込んでいた。
何度か斬り合ったあと、片方が倒れる。影だけでも、勝者がマントを羽織っていることがわかった。仲間が、スクトゥム騎士団の騎士に負けたのだとわかり、俺は愕然とする。
――――たった数分で、あたりは奇妙なほど静かになった。遠くから聞こえていた街の喧騒さえ、俺自身の心音が掻き消している。
「後はお前だけだぞ、グスルム」
そして霧を掻き分けて、エンリケが現れた。その手には、鞘から抜かれた剣が握られている。
煙幕が散ると、すでに俺は、騎士達に取り囲まれていた。
――――彼らはもう、馬には乗っていなかった。おそらく仲間が煙幕を使った瞬間に、騎士達は状況を悟って、素早く下馬したのだ。
そして霧の壁に映るわずかな人影を見逃さず、俺達の位置を把握し、斬りかかった。
トリエル村の攻防戦で、近衛騎兵第三連隊の無様な戦いぶりを目にして、国王軍を侮っていたが、さすがにスクトゥム騎士団は格が違う。指示がなくても、豊富な実戦経験に裏打ちされた判断力が、彼らにはあるのだ。
「・・・・っ」
一応、俺も剣を抜いたものの、腕の震えは隠せなかった。
「・・・・観念したほうがいい。ここで斬り殺されたくなかったらな」
俺の腕の震えに気づき、金髪の騎士が警告してくる。
「・・・・・・・・」
抵抗は無駄だと悟るには、十分な材料がそろっていた。
俺は剣を投げ捨て、膝を折ると、両手を頭の上に掲げた。
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