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49_ドラゴンの力
しおりを挟む「くそ! 逃がすものか!」
どこからか、エセキアスの声が飛んでくる。
振り返った私の目に、今さら勢いづいたエセキアスが、天に向かって左手を掲げる姿が飛び込んできた。
「陛下! もうドラゴンの力は必要ありません!」
エンリケが声を上げるも、エセキアスを止める力にはならなかった。
「来い、ドラゴン!」
エセキアスが叫ぶと、手の甲に刻まれたドラゴンレーベンが自らを主張するように光を発して、分厚い黒雲がさっと割れる。
光を滴らせる、その雲の切れ間から、吐き出されるように黒い何かが落ちてきた。
羽を畳んだ状態で、この世界に落ちてきたそれは、ある程度落下すると両翼を大きく広げる。遠目では、漆黒の鴉のようにも見えた。
――――だけど近づくにつれて、それは巨大化していった。
(ドラゴンだわ!)
漆黒のドラゴンが、村のまわりを飛翔すると、それだけで大気が掻き混ぜられ、砂が散らされた。巨大な羽が生み出す余波だけで、大木すら傾いてしまう。
(今さら、ドラゴンを召喚するなんて!)
魔王軍と近衛騎兵第三連隊が離れたから、ドラゴンによる攻撃を躊躇う必要がなくなったと考えたのだろうけれど――――守りが必要な時に逃げ回っておいて、今さら攻撃に出るなんて。
だけど私がどう思おうと、もうドラゴンは召喚されてしまったのだ。
「ドラゴン! 魔物どもを蹴散らせ!」
翼をはためかせながら、ドラゴンが大きく口を開いたのが見えた。
口の中で赤い光が明滅し、炎が吐き出される。
――――爛れるような、輝く緋色。その炎は、水が流れるように流麗に、しかし一本の草も残さないような苛烈な勢いで、緑の中に、赤い川を生み出していった。
かなり距離があるのに、緋色の熱風は津波のように押し寄せてくる。
攻撃が止むと、炎が通った場所だけ、焼け野原となり、緑の中に灰色の道ができあがっていた。
「そんな・・・・!」
リュシアンは、テルセロは、無事なのか。――――膝が震えて、私は真っ直ぐ立てなくなる。
「妃殿下、しっかり」
そんな私を、エンリケが支えてくれた。
「陛下! もう十分です!」
次のエンリケの言葉は、エセキアスに届いたようだった。
エセキアスが天に掲げていたこぶしを沈めると、ドラゴンは役目は終わったとばかりに、雲海の中に戻り、羽ばたきの音は聞こえなくなった。
ドラゴンの出現は、人々の時間の流れを止めていた。
数十分前まで、敵味方に分かれて争っていた人達が、変わり果てた森を前にして一様に、口を閉じることを忘れ、呆然と立ち尽くしている。
(みんなは・・・・みんなはどうなったの!?)
エンリケの手を振り払って、私は彼から離れ、森の入口に立つ。
だけど、仲間達の名前を呼ぶこともできず、立ち尽くすことしかできなかった。
その時まだ、羽音が耳に飛び込んできた。
『落ち着いてください、魔王様』
私の肩に留まり、そう囁いたのはムニンだった。
『魔王軍には、まったく被害は出ていません。みな逃げおおせました』
「そ、そうなの・・・・よかった・・・・」
安堵すると一気に力が抜けて、私は膝から崩れ落ちていった。膝が、まるで借り物の足になってしまったように、言うことを聞いてくれない。
「妃殿下!」
エンリケが近づいてくる。
入れ替わりに、ムニンは私の肩から飛び立っていった。
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