魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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48_義弟が強すぎて倒せない!

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「スクトゥム騎士団だ! 団長が戻ってきたぞ!」


「え――――」



 その声に引きつけられ、反射的に振り向こうとした瞬間、一陣の風が私の横を駆け抜けていった。



「うわあああっ!」


 目の前の土が弾け、砂塵が布を広げるように、大きく立ち上がる。


 亜人あじん達は吹き飛ばされたのか、砂塵の壁の向こう側から悲鳴が聞こえたものの、姿を視認することはできなかった。


「わわっ!」

 私は風に押され、後ろに倒れそうになる。


 だけど誰かの腕が、私の背中を支えてくれた。


「お怪我はありませんか、妃殿下」


 落ちてきた柔らかい声につられ、顔が上がる。



「エンリケ!」


 私を支えてくれていたのは、エンリケだった。



(エンリケが戻ってきたの!?)


 騒ぎを聞きつけて、戻ってきてくれたのだろう。エンリケの肩越しに、スクトゥム騎士団の騎士達の姿も見えた。


「お怪我はありませんか?」


 私が放心状態だったから、エンリケはもう一度問いかけてくれた。


「な、ないわ。あ、ありがとう・・・・」


 エンリケは安堵したのか、表情が柔らかくなる。



 だけどそれも一瞬のこと、すぐに厳しさを取り戻した眼光が、亜人あじん達の目を射抜いた。



「魔物どもを蹴散らせ」


 その命令に従い、近衛騎兵第三連隊と魔王軍の間に、颯爽とスクトゥム騎士団が入っていく。


 彼らは太鼓のように足音を鳴らしながら、隊列を組んだ。


「妃殿下、立てますか?」

「え、ええ・・・・」


 エンリケの手を借りて、私は自分の足で立ち上がった。


「果敢に魔物に立ち向かう、その勇気は賞賛に値しますが、無茶が過ぎます。どうかこのようなことは、今後は――――」


 エンリケは何かを言いかけたけれど、唐突に視線を動かした。


「エンリケ?」


 エンリケは何を思ったのか、私を抱き寄せるなり、私の頭までマントで包んでしまう。その行動の意味がわからず、私は呆気にとられた。


 次の瞬間、私はマント越しに、轟音と強風を感じた。


「うわああ!」


 悲鳴を聞いて、慌ててマントを跳ね除ける。


 火の玉の雨を浴びて、亜人あじん達が逃げ惑っていた。地面は穴だらけになり、小石すら砂埃とともに舞い上げられ、私達がいる場所まで飛んでくる。


 エンリケは小石や砂塵から私を守るために、マントで庇ってくれたのだ。


「な、何が起こってるの!?」

「ご安心を。味方の魔法攻撃です」


 スクトゥム騎士団の騎士が、炎の魔法で魔王軍に攻撃を仕掛けているようだ。炎の雨は止まず、地面は穴だらけになってしまっている。


(安心できない!)


 亜人あじん達が炎に追われている光景を目の当たりにして、私は顔色を失っていた。


「ベルナルド、妃殿下を安全な場所へ」


 エンリケは私を部下の一人に任せ、自分は剣を抜き放ち、亜人あじん達に向かっていった。


「エンリケ、あなたはどこへ?」

「魔物を掃討します。妃殿下は、安全な場所にいてください」


(やめて! あなたが出てきたら、魔王軍が全滅する!)


 叫んで、エンリケを止めたいのに、今はそれができない。もどかしくて、地団太を踏みたい気分だった。


「待って、エンリケ! い、今は陛下を守らないと!」

「陛下なら、エドアルド達が守っているから大丈夫です。今はそれよりも、魔物を村から掃討しなければ」

「それは・・・・そうだけど――――」


「エンリケ、戻ったのか!」


 タイミングよく、アルフレド卿も駆け付けてくれた。


「村人達は森に逃がしたのか?」

「ああ、今は森の中に隠れてもらっている。ハリグ達を置いてきたから、魔物と遭遇しても大丈夫だ」

「そうか。じゃ、早く魔物を掃討して、彼らが村に帰れるようにしないとな。盾、構え!」


 そしてエンリケの声が、戦場と化した村に響き渡った。



 スクトゥム騎士団の兵士達が、背負っていた大盾を勢いよく地面に突き立てる。隙間なく並べられた盾が、魔王軍の前に壁のように立ちはだかった。


 オディウム戦でも用いられた、重歩兵による密集陣形だ。



「防壁を構築!」


 後方の魔法師部隊が、魔法で盾を強化した。


 盾の表面に蔦のようなものが伸び、鱗粉のような仄かな光を発する。



「は、それが何だ! 盾なんぞ壊してやる!」


 魔王軍の兵士達は、その程度では怯まなかった。


 雄叫びを上げ、また突進してくる。



「駄目――――」


 私の声は、仲間には届かなかった。



「ぐっ!」

「ぎゃあっ!」



 ――――盾の防衛線を、仲間は誰一人、乗り越えることはできなかった。


 それどころか、盾に弾き返され、次々と吹き飛ばされていく。



「このぉっ!」


 弾き返されてもめげずに立ち上がり、再び盾に突進していく魔王軍の兵士もいたけれど、二度目もやはり、ボールのように弾かれるだけだった。


 魔王軍が学習せずに、それを何度も繰り返すものだから、まるでコントのようになってしまっている。


「弱っ! 魔王軍、弱っ!」


 エンリケ率いる、スクトゥム騎士団の統制された優美な戦い方に対し、魔王軍の泥臭い戦い方はまったく通用しない。それどころか、考えなしの攻撃を繰り返したせいで、徐々に一か所に追いやられていた。


(まずい、このままじゃリュシアン達が危ない!)


 エンリケ達の登場で、村人達の安全が確保できたのはいいけれど、今度は魔王軍が危うくなっていた。



 わずか数分で、戦況は一変していた。


 さっきまで、逃げ惑っていたのは近衛兵のほうだったのに、エンリケという、現場を指揮できる人間が戻ってきたことで、息を吹き返したように統率された動きを取り戻していた。散り散りに逃げていた近衛兵も、村に戻ってきたようだ。



「陛下、こちらへ!」


 エセキアスはもうとっくに、私の手が届かない場所まで避難していた。



(このままじゃまずいわ)


 このままでは、エセキアスが安全な場所から、ドラゴンレーベンを使う恐れもある。



「ぐはっ!」


 そんな中、一人の亜人あじんが斬られてしまった。


(テルセロ!?)


 斬られ、倒れたのはテルセロだった。


「うわわっ!」


 私は転んだふりをして、スライディングをしながら、斬られたテルセロの横に滑り込む。


「テルセロ、大丈夫!?」


 声をかけると、テルセロは跳ね起きる。


「大丈夫です、致命傷ですみました!」

「死ぬじゃない!」

「おい、ボスをからかうのはやめろよ!」


 間に入ってきたリュシアンが、テルセロの脇腹を蹴りつける。ぐはあっ、と叫びながら、テルセロは血の塊を吐き出した。


「ちょっと、リュシアン! テルセロを殺す気!?」

「大丈夫だよ、ボス。こいつ、これぐらいじゃ死なないから。ほら、見てよ。もう傷が塞がりはじめてる」


 リュシアンの言う通り、テルセロの傷口は、すでに塞がりはじめていた。剣で斬られ、抉られたのに、もう回復しはじめているなんて、亜人あじんの回復力の高さには、本当に驚かされる。


「こんな状況で、冗談はやめてよ!」

「・・・・面白くなかったですか?」


 テルセロはしょんぼりと項垂れる。


「そういう問題じゃないの! 空気を読んで!」



「妃殿下!」


 エンリケの声が飛んできて、私は我に返る。


 亜人あじんに取り囲まれた私が、窮地に陥っているように見えたのだろう、エンリケは敵を斬りながら、こちらに向かってきていた。


「や、やばいぞ! あいつに出てこられたら、俺達、全滅する!」


 こんな状況でも、まだどこか余裕があったテルセロの顔が、エンリケの姿を認めるなり、蒼白になっていた。


「撤退よ! エンリケは私が足止めするから、あなた達は今すぐ、ここから離脱して!」


 私は二人に指示を出してから、素早く立ち上がる。


「早く行って!」


 私とリュシアン達は弾かれたように、逆方向に走り出した。リュシアン達は一目散に森へ、私は仲間を次々に斬っていくエンリケを止めるため、全力で戦場を駆け抜ける。


「エンリケ!」


 頭から、エンリケの腹部に飛び込んだ。


「うぐっ・・・・!」


 敵の攻撃ではなく、味方の体当たりによってダメージを受けたエンリケは、ようやく止まってくれた。


「怖かったわ、エンリケ!」


 抱きついた――――と見せかけて、私はエンリケの背中に腕をまわし、全力で羽交い絞めにした。彼を前に進ませないために、両足を踏ん張る。


 極東の相撲という競技を知っている人がこの場にいたのなら、互いの背中に腕を回して押し合いへし合いする私達の姿に、土俵際で取っ組み合いをする相撲取りの姿を重ねたかもしれない。


「ぶ、無事でよかったです・・・・」


 痛みを堪えながらも、私を安心させるために笑顔を浮かべるエンリケを見て、心臓に罪悪感という糸が絡みつくのを感じた。


(ごめんなさい! 本当にごめんなさい!)


 心の中で何度も謝りながら、私は森に目を向ける。



 リュシアン達は無事に、森の中に逃げ込んだようだった。


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