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45_エセキアスの暴政_後編
しおりを挟むエセキアスと入れ代わりに、グスルム達が村人に近づいていく。
にやにやと笑いながら迫ってくる男達から、不穏な気配を感じ取ったのか、村人達は警戒し、後退っていった。
「な、何をするつもりなの?」
「・・・・地代を払わない者、支払いを拒否した者から、略奪するんです。・・・・民兵を使って」
「そんな!」
――――私の声に、悲鳴と怒号、そして何かが割れるような音が被さってきた。
「な、何をする!?」
グスルム率いる民兵が、民家の扉を蹴破り、押し入ったようだった。隠れていた女子供は外に引きずり出されて、さっそく家探しがはじまる。家から持ち出された貴重品が、国軍の荷馬車に詰め込まれていった。
「だ、誰か、止めて!」
「妃殿下はお下がりください」
私が前に出ようとすると、騎士に取り囲まれ、身動きが取れなくなった。
「・・・・陛下、このようなやり方はよくありません」
私の代わりにアルフレド卿が、エセキアスを止めようとしてくれた。
「彼らは、カーヌスの国民です。それに、地代の支払いを拒否しているわけじゃない。不作で払えないだけなんです。あんなやり方で地代を徴収すれば、彼らは困窮し、王家は信頼を失うでしょう。今年は地代の免除を――――」
「・・・・愚かなことを言うな、アルフレド卿」
エセキアスの冷え切った声が、アルフレド卿の言葉を遮る。
「彼らは国王を嘲り、忠誠心はないと言いきった。――――であれば、彼らはカーヌスの国民じゃない。この地に住まう権利はないのだ」
「しかし――――」
「もう黙れ! それ以上何か言うならば貴様も、反逆者と見做すぞ!」
エセキアスが怒声を放った瞬間、彼の肩越しに、赤い光が弾ける。
「・・・・!」
――――家屋の一つが、火に包まれていた。
「おお、いいねえ! よく燃える!」
松明を手にした民兵の一人が、楽しそうに巨大な焚火のようになってしまった家を見上げている。
「ああ、そんな・・・・!」
一方、民兵達の傍らで、家を燃やされた村人が、泣き崩れている。彼らの影が、炎の揺らめきに逆らって長く伸びた。
「信じられない! 家に火を放ったの!?」
「なんて連中だ・・・・」
アルフレド卿も、怒りでこぶしを震わせていた。
「彼らはどうしてあんなことができるの!?」
いくらなんでも、やることが非道すぎる、それまで普通に生きてきた人達に、あんな所業ができるとは思えなかった。
「民兵として雇われる前は、傭兵をしていたとのたまっていましたが、素行を見るかぎりおそらく前職は賊だったのでしょう。・・・・倫理も道徳もない」
村人の家が燃え落ちる様子を、民兵達は楽しみながら鑑賞していた。
(そんな連中を雇っているなんて・・・・!)
一番の問題点は、グスルム達の前職じゃない。
――――一番の過ちは、国王軍がそんな人達を民兵として雇い、汚れ仕事をさせていることだ。
「よく聞け、貧乏人どもよ!」
グスルムが炎を背にして、演者のように両手を大きく広げる。
「俺はカーヌスの国王、エセキアス・カルデロン陛下の命を受けて、ここに地代を徴収しに来た! この土地はすべて、エセキアス陛下のものだ! この土地に住まわせてもらっているのに、対価を払わないから、こんなことになるんだよ!」
「ふざけやがって!」
さっきまで、村人達はグスルムの所業に呆然とするばかりだった。
だけどグスルムの演説を聞いたことで逆に、自分を取り戻したのか、農具を手に取り、再び集いはじめていた。
「このまま殺されるぐらいなら、最後まで抵抗してやる!」
――――村人達は殺気を漲らせ、血走った眼をぎらつかせる。彼らが発する気迫に、近衛兵ですら気圧されていた。
「俺達とやろうって言うのか?」
意外にも近衛兵よりも、グスルム率いる民兵のほうが、まるで村人達の反応を予想していたように落ち着いていた。
「窮鼠猫を噛むってやつだな。・・・・お前らみたいな連中は、今まで何百人と見てきたよ」
アルフレド卿が言ったように、彼らの前職が本当に賊なら、今までもこんな風に、村を焼き払ったことがあるのだろう。当然、村人達は抵抗したはずだ。
だからグスルム達は、見慣れている、という顔をしているのだろう。
(・・・・これが、惨劇の〝火種〟なのね)
何が原因で、トリエル村の人々が虐殺されたのか、地代徴収の旅に同行した人達がこの件について、硬く口を閉ざしていたから、私はその原因を死ぬまで知らなかった。
間違いなく、村人と国王軍や雇っているこの民兵達の対立が、虐殺の火種となったのだ。
(駄目だ。このままじゃ――――)
村人達が手にしているのは、粗末な鍬や鎌など、使い古された農具ばかりだ。剣を受け止めるには、それらはあまりにも脆すぎる。それに加えて、彼らは戦闘の訓練を受けたこともないはずだ。
――――勝敗がどちらに傾くかなんて、火を見るよりも明らかだった。
でも、止めても誰も耳を貸してくれないだろう。村人達は家を燃やされ、頭に血が上っている様子だ。冷静に話し合える段階が過ぎてしまったことは、彼らの血走った眼を見れば明らかだった。
エセキアスが、ドラゴンレーベンを使うまでもない。
このままでは、村人はグスルム達か、近衛騎兵第三連隊に殺されてしまうことになるだろう。
――――今、動くしかないと思った。亜人の奇襲を受ければ、村人も近衛兵も民兵も、争いどころではなくなるはず。
タイミングを察してくれたのか、ムニンが羽毛のような軽やかさで舞い降りてきて、私の肩に留る。
「・・・・リュシアン達に、動く時だと伝えて」
『・・・・御意』
ようやく聞き取れる程度の小声で、短く答えて、両翼を広げた鴉は舞い上がっていった。
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