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44_エセキアスの暴政_前編
しおりを挟む「山羊を連れて行かないでください!」
その時、悲鳴のような声が飛んでくる。
「妻が栄養不足で、乳が出ないんです! 山羊まで差し出してしまったら、赤ん坊に飲ませる乳がなくなってしまいます!」
「でもお前達は、他に支払えるものを持っていないんだろう? だったら山羊を収めるしかない。いいかげん、腹を括れ」
村人と、帳簿係が揉めていた。
「何かあったんですか、アルフレド卿」
「私も一部始終しか見ていないので、断言はできませんが・・・・どうやら地代として収めるものを何も持っていなかった村人が、地代の免除を求めたようです。会話を聞くかぎり、認められなかったのでしょう」
「今年が不作だったことは、あんた達も知ってるだろ!?」
村人側は頭に血がのぼってしまったようで、帳簿係の胸倉につかみかかっていた。その剣幕に、取り付く島もなかった帳簿係の舌鋒も、やや鈍る。
「わ、私は陛下から地代の徴収を任されているんだ! その私に逆らうというのか!? だったら、反逆罪だぞ!」
「ああ、反逆罪でも何でも構わないさ! 下々の苦しみなんか見ようともしない無能な国王に、どうして従わなきゃならない!?」
それまで傍観者のように突っ立っていたエセキアスが、無能、という言葉に顔色を変えた。
騎士達も青ざめる。
「・・・・おいおい、まずいぞ」
「俺達に、このまま飢えて死ねって言うのか!?」
まわりの人達の顔色が変わったことに気づかずに、村人は帳簿係に詰め寄っていた。
エセキアスはそんな彼の背中を、じっとりとした目つきで睨んでいる。緊張感が高まり、騎士達は息を詰めて、エセキアスの表情を窺っていた。
「土地の持ち主である国王に、地代を払わないというつもりか?」
帳簿係は焦り、村人に前言撤回させようとしたようだ。だけどその台詞が、火に油を注いだ。
「こっちは払いたくても払えねえんだよ! あんた達もここに来るまでに、干上がった土地を見てるはずだ! それとも、その目は節穴なのか?」
怒声をぶつけることでお互いに頭に血が上ったらしく、口から吐き出す内容が、より過激になっていった。
「地代を払わぬなど、国王への反逆だ!」
「反逆だと!? ああ、上等だ! 国を貧しくするばかりなのに、いっちょ前に見返りばかり求めてくる国王なんて、こっちから願い下げだよ!」
――――売り言葉に買い言葉で、村人はとんでもないことを口にした。
その瞬間、私やアルフレド卿を含め、大勢の人達の呼吸が止まっていた。
――――エセキアスは無表情だった。だけど分厚い皮の仮面を張りつけたようなその表情に、私の背筋はすっと凍えていく。
「貴様、なんと恐れ多いことを・・・・」
「恐れ多い? 悪いな、忠誠心が薄くてよ。でも俺達には、王様なんて必要ないんでね」
顔色を失って、焦っている騎士を見ても、村人には事態の深刻さは伝わらなかったようだ。彼はへらっと笑い、またエセキアスの逆鱗に触れる台詞を吐いてしまう。
――――エセキアスが動き出し、音が消え失せた。
騎士達はともかく、エセキアスが国王だと知らずに、威勢がよかった村人達さえ、彼が動くとなぜか一様に黙り込んでしまう。エセキアスの表情や、まわりの反応から、異様な気配を感じ取ったのかもしれない。
「国王などいらないと申すのか?」
村人の前に立ち、エセキアスは問いかける。
「あんた、誰だ?」
「質問に答えろ」
「国民を守ってくれず、どれだけ贅を収めても、富を返してくれない無能な王様を、どうしていつまでも崇めなきゃならない?」
――――村人は、決定的な一言を言い放ってしまった。
「・・・・そうか」
エセキアスの、抑揚のない呟きを聞いて、私は生きた心地がしなくなった。
脳裏に浮かぶのは、〝前世〟で私が受けてきた、暴力の数々だ。痛みと恐怖が津波のように襲いかかってきて、真綿で首を絞められているように、息ができない。
「・・・・払えないと言うならば、グスルム達に任せよう」
エセキアスが怒りを爆発させる――――と、私は戦々恐々としていたものの、次に彼が発した声は静かなものだった。
エセキアスは身を翻し、呆気にとられる私達のところに戻ってくる。
(・・・・あれ、意外にあっさりしてる・・・・)
――――だけど、グスルムという名前を聞いたアルフレド卿の表情は、険しくなっていた。
「グスルムって、誰のことなんですか?」
アルフレド卿の表情の変化が気になって、私は彼に問いかける。
「・・・・国軍が雇っている、民兵の兵長の名前です。今回の旅にも、同行しています。あの連中ですよ」
アルフレド卿の視線の先には、私が気になっていた、皮鎧の男達の姿があった。頭領らしき、長髪の男が、グスルムという名前なのだろう。
「国軍が、どうして私兵なんて雇ってるの?」
「――――汚い仕事をさせるためです」
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