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41_奇襲作戦会議_前編
しおりを挟む「今から数日後に、エセキアスがトリエル村という場所に、地代を徴収しに行くの」
地代回収の旅がはじまる数日前、私は魔王城を訪れ、亜人達を広間に集めていた。
「――――その時に介入して、エセキアスを奇襲するわ」
そして宣告する。
「うおおおおっ! テンション上がるぜ!」
まだ話は序盤だと言うのに、亜人達はもうハイテンションだ。そのテンションについていけず、私はこめかみを押さえる。
「みんな、真剣に! これは虐殺を防ぐための、大事な戦いなのよ!」
私が声を張り上げると亜人達はハッと顔を強ばらせ、顎を引いた。
「わ、わかってるよ・・・・そんなことよりも、エセキアスに同行する護衛の数は調べてあるのか?」
「もちろんよ。護衛の騎士と兵士は、百人よ」
地代の徴収にエセキアスが同行することは伏せられているので、随行する騎士の人数は、カーヌス国王軍の規模を考えれば多いほうじゃない。
百名のうち十名は、スクトゥム騎士団だ。スクトゥム騎士団は精鋭揃いなので、この十名には注意する必要がある。
「エセキアスが地代回収に同行することは秘密だから、護衛の人数も最小限よ。だから、今回の戦いでは、こちらが数で勝ってるわ。しかも幸運なことに、今回護衛の任務にあたるのは、カーヌス近衛騎兵第三連隊なの」
私がにんまり笑うと、亜人達は不思議そうな顔をした。
「それのどこが幸運なんだ? むしろ近衛騎兵第三連隊って、精鋭ぞろいなんじゃねえの?」
「それが違うのよ。近衛騎兵第三連隊は、スクトゥム騎士団と違って、実戦経験がまったくないの。そのせいか予想外の事態に弱くて、以前、外遊で魔物の一団と遭遇した時は、ろくに戦えずに逃げ出したらしいわ」
「それ、駄目じゃね? なんでそんな連中が、近衛兵やってるんだよ」
亜人達は呆れている。
「カーヌスはずっと平和で、首都は長らく戦渦とは無縁だったから、他の騎兵部隊と違い、騎兵第三連隊だけ、名誉職の色合いが強くなってるのよ。安全な部隊だと思ってるから、自分の子供を危険な戦地へ送りたくない貴族達が、こぞって令息を送り込んでくるらしいの。本人達も、訓練だけしておけばいいとしか思っていない。そうなると今度は、まわりの人達が令息を危険に晒さないように配慮しはじめて、実戦経験を積むのが難しい状況になってるの」
「スクトゥム騎士団にも、貴族の令息が多いんだろ? なのにどうして、そいつらとは違うんだ?」
「スクトゥム騎士団は特別よ。そもそも、中央に近い立場にいながら、実戦経験も豊富な部隊なんて、スクトゥム騎士団だけだからね」
長い平和が、戦うための役職に就いている人達を、戦いから遠ざけるという矛盾を生じさせてしまった。平和だった証明でもあるから、おいそれと非難はできないけれど、一方、いつでも改革できたはずなのに、誰も着手しなかったところに、ドラゴンレーベンに頼りきりだった国の弱さが見えてくる。
「なんでそんな連中を、今回、国王の護衛に選んだんだ? 野盗に襲いかかられたら、どうするつもりなんだろ?」
「慣習だからよ。それに、見せかけとはいえ、重武装の騎士達の列を見て、攻撃を仕掛けてくる野盗なんていないわ。彼らが狙うのは、弱い人達だもの。だから今まで、問題は起こらなかった」
「でも、ロタリンギアって、反体制派の動きが活発な場所なんだろ?」
「もちろん閣僚達も、反体制派の問題を軽んじてるわけじゃないわ。ロタリンギアに諜報員を送り込んで、反体制派の動きを監視してるの。今はまだ、反体制派は脅威とは言えないと判断したそうよ」
「なるほど・・・・」
「だから、正攻法の包囲戦術でも、十分勝てる見込みはある。だからあなた達は村の周辺に潜んで、私が合図を出したら、いっせいに攻撃を仕掛けて」
「えっ」
亜人達の目が、丸くなる。
「・・・・作戦、それだけ?」
「うん、それだけ」
作戦を聞き終えると、とたんに亜人達はトーンダウンしてしまった。
「・・・・それだけで、エセキアスを倒せるのか?」
「今回の奇襲の目的は、エセキアスを倒すことじゃないわ。――――近衛騎兵第三連隊を、混乱状態に陥らせることなのよ」
また亜人達が、そろって首を傾けた。
「エセキアスを倒さないのか? だったら、奇襲する意味ないじゃん」
「あるわよ。混乱状態にすることが重要なの」
亜人達はまだ、私の狙いに気づいていないようだ。
「ブランデとオレウム城は壁と結界で守られているから、ドラゴンレーベンを封じるには、エセキアスが外出している時を狙うしかない。だけど外出先でも、エセキアスは大勢の護衛に守られている。――――狙うには、警護の任についている近衛騎兵第三連隊を、攪乱させるしかないの」
「ふむふむ」
「魔王軍が襲いかかってきたら、第三連隊は混乱して、動きがばらつくはず。そうなればエセキアスも動揺して、味方の動きにまで気を配る余裕を失い、私の接近にも気づかなくなるはずよ。――――その隙に、〝これ〟を使う」
私は亜人達の前に、指輪を掲げる。
私の中指では、指輪に加工した水晶玉が光っていた。腕輪やネックレスと違い、指輪はサイズさえ合っていれば、外れる可能性は低い。
「混乱に乗じてエセキアスの隣に移動して、この水晶玉をドラゴンレーベンに押し当てるわ。それで、ドラゴンレーベンの力を封じることができるはず」
「なるほど! 頭いいな、ボス!」
亜人達は瞳をランプのように輝かせて、私を賛美してくれた。
褒められるのは純粋に嬉しいけれど、そこまで賞賛されることではないという自覚があるから、複雑な気分だ。
「村に入ったら、とにかく近衛騎兵第三連隊の中に突っ込んでいって、混戦に持ち込んで」
「敵陣のただなかに飛び込んでいくのか? 危なすぎない?」
「危険だけど、エセキアスにドラゴンレーベンを使わせないようにするには、そうするしかないわ。あなた達がカーヌス軍から離れていたら、エセキアスがドラゴンを召喚して、魔王軍を焼き払ってしまうもの」
ドラゴンの力は強力だ。その口から吐き出される炎の海は、人々が何百年もかけて整地してきた街を、一瞬で灰の海に変えてしまった。
だけどドラゴンの炎による攻撃は、焼き払う範囲が広いため、魔王軍とカーヌス軍の距離が近いと、カーヌス軍にまで被害が出てしまう。今のエセキアスなら、それは避けようとするはずだと、私は踏んでいた。
「今回戦場になるのは、城砦じゃない、防壁も柵もない、村よ。だから侵入することは難しくない。味方と敵が入り乱れれば、エセキアスはドラゴンレーベンを使えないわ。そんな状況でドラゴンの力を頼ったら、味方まで大勢、殺してしまうことになるからね」
ブランデの町を焼いたときのエセキアスは、もはや敵味方関係なく、ドラゴンの業火で焼き殺してしまう狂人になっていたけれど、この時期のエセキアスはまだ、そこまで非道なことはしなかった。
ただこれは、分別ある国王が狂王に変化したということではなく、結婚した当時のエセキアスは、国民から支持される良き国王像にこだわっていたため、自分のイメージを守るために逸脱しなかったというだけの話だ。
「近衛騎兵第三連隊は未熟だから、突然の襲撃で足並みを乱すことは難しくないはずよ。うまく戦えば、村の中心部まで踏み込むことができる。・・・・もしうまく事を運べずに、ドラゴンが召喚されたことを察知したら、すぐさま撤退して」
「わかった」
作戦を語り終えて、私は一息ついた。
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