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37_赤い髪の占い師
しおりを挟む「俺にできることがあるなら、何でも相談してください。今日のお礼がしたいですから」
相談と聞いて、私の頭に、スカーレットという名前が浮かぶ。
「・・・・実は私も、あなたに協力してもらいたいことがあるの」
ソーサーにカップを戻し、私は居住まいを正す。
「協力してもらえるかしら?」
「もちろんです。俺にできることなら」
もしかしたら断られるかもしれないと、恐れる気持ちもあった。
だけどエンリケはにこやかに、了承してくれた。彼があまりにも安請け合いするものだから、私のほうが躊躇してしまう。
「それで、俺は何をすればいいんですか?」
「ええと・・・・人を探してもらいたいの」
「人を?」
「スカーレットという名前の女性なんだけど、名前以外は何も知らないのよ」
エンリケの眉が曇る。
「何も知らないって、どういうことです?」
「私の侍女が、町で柄の悪い男達に絡まれたんだけど、その時に助けてくれたのが、スカーレットという名前の女性なの。お礼がしたいんだけど、名前しかわからないから、捜すことができなくて、困ってたのよ」
もちろん、すべて適当に考えた嘘だった。スカーレットという名前以外は、赤い髪という特徴しか知らないから、作り話で誤魔化すしかない。
「どこに住んでいるのか、貴族なのか平民なのかもわからないんですか?」
「ええ、彼女は名前以外は何も、教えてくれなかったそうだから。・・・・だけど、特徴はわかるわ。燃えるような真っ赤な髪をしているそうなの」
「燃えるような赤い髪・・・・」
するとエンリケの表情が、険しくなる。
「心当たりがあるの?」
エンリケの表情の変化が気になって、私はそう問いかけた。
「一人だけ、赤い髪で、スカーレットという名前の女性を知っていますが・・・・」
「本当に!?」
思わず、エンリケに顔を近づけてしまっていた。エンリケは驚いたのか、少し身を引く。
「あ、ごめんなさい」
「いえ・・・・」
「それで、その人はどんな人なの?」
期待で私の胸は躍る。
けれど私の反応とは対照的に、エンリケの表情は険しかった。
「・・・・多分、人違いだと思います」
「え? どうしてそう思うの?」
「彼女は――――無償で人助けをするような女性ではないからです」
私は首を傾げる。エンリケはいつの間にか、真剣な顔になっていた。
「緋色の占い師の噂を、耳にしたことがありますか?」
「ええと・・・・侍女達の噂話の中に、そんな風に呼ばれてる占い師が出てきた気がするわ」
「でしょうね。有名な女性占い師ですから」
「スカーレットは、占い師なの?」
「ええ、そうです」
「・・・・それじゃ、彼女は平民?」
貴族階級の女性が、占いを生業にするとは考えにくいから、そう聞いた。
「ええ」
私は首を傾げる。
エセキアスは平民を見下していて、よほどのことがなければ、交流しようとしない。だからスカーレットがエセキアスに見染められたなら、彼女は貴族階級が集う場所に、出入りしていたはずだ。平民では、貴族の集いに参加するのは難しいだろう。
「・・・・あまりいい噂を聞かない女性です」
エンリケの声は苦々しい。
「占いに傾倒する富裕層を騙して、彼らから大金を巻き上げているという話をよく聞きます。まだ若いのに相手の考えを読む能力に長けていて、ずいぶんと口が達者なようですね。一方で虚言も多く、自分はとある公爵の庶子だとか、実は先生代国王の子孫だと吹聴しているようです」
「・・・・・・・・」
「貴族を相手にしたほうが稼ぎがいいと思ったのか、ご令嬢に取り入って、最近では、ご令嬢達の集いにまで顔を出すようになっているんだとか。ずいぶんと美しい女性のようです。本人も自分の魅力を理解していて、その美貌を利用し、地位の高い男性に近づこうとしているようです。すでに何人ものパトロンがいると聞いています」
話の続きを聞いて、謎が解けた。
貴族の集いに参加できるなら、エセキアスとの接点はある。
スカーレットは容姿に恵まれていて、お金持ちの男性との縁を望んでいた。一方エセキアスは、美しい女性を好み、もてなされるのが好きだ。
甘やかされることを望んでいる男性と、見返りを欲しがっている女性。お互いの利害が一致している二人が惹かれ合うのは、ごく自然な流れだろう。スカーレットが相手の心を読むことに長けているのなら、エセキアスをもてなすことも、お手の物だったはず。
加えて、前世でなぜ、スカーレットがすんなりと王妃になれなかったのか、その理由もわかった。
私の王妃という立場は形骸化していて、エセキアスは私と離婚し、後釜にスカーレットを据えようとしていた。スカーレットが貴族階級の出身だったのなら、彼女はすぐにでも王妃になっていたはず。
だけどエセキアスが王妃に、と望んだ女性は、平民で、しかも前科がありそうな占い師だった。だとしたらまわりは反対したことだろう。
「だから、妃殿下は彼女には近づかないでください。きっと彼女は、妃殿下のことも利用しようとするはずです」
エンリケは、話をその言葉で締めくくった。
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