魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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36_あなたはライスにクリームシチューをかける派ですか?

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「どうすれば、エレアノールをできるだけ傷つけずに、仮婚約を取り消すことができると思いますか?」


「・・・・傷つけない方法なんて、ないと思う。エレアノールはあなたとの結婚を望んでいるのよ」


「わかっています。こうなった以上は、傷つけない方法はない。・・・・でも、できるだけ、エレアノールが受ける傷を浅くしたい」


 エンリケも、誰も傷つけずに問題を収める方法がないことは、わかっているようだ。それがもっと大きな傷になる前に、行動しようとしているのだろう。


「難しい問題だわ。エレアノールは振られた経験がないから・・・・」

「エレアノールには何度か交際経験があるはずですが、すべてエレアノールのほうから別れを切り出したんですか?」

「エレアノールに恋人がいたこと、知ってるのね」

「ええ、エレアノールはあけすけな性格ですから、たいていのことは包み隠さず話してくれます」


 恋人のことを打ち明けるぐらいだから、エレアノールはエンリケに自分のことを、全部知っていてほしかったのだろう。もしかしたら、エンリケが嫉妬してくれるかもしれないという、期待もあったのかもしれない。


「十六歳の時に、恋人がいる男が好きになって、結果的に、その男を略奪するような形になったことも打ち明けてくれました」

「ああ、きっとそれは、近くの教会に仕えていた、司祭の青年のことね」


 司祭と聞いてエンリケの目は丸くなる。


「相手の男、司祭だったんですか? ・・・・それは初耳だな」

「あ・・・・そこは隠してたのね」

「司祭は確か、禁欲を貫かなければならないはずですが・・・・」

「生臭坊主だったの。エレアノールは彼に恋人がいることを知ってたけど、熱烈にアピールしたんだって」

「それは、情熱的ですね。・・・・でもそこまで熱烈だったのに、どうして二人は別れたんですか?」


「彼が、ライスにクリームシチューをかけるような男だったからよ」


「・・・・・・・・はい?」


 エンリケは今度は、瞼を忙しく開閉させる。



「ディナーに誘われて一緒に食事をした時に、司祭は何気なく、ライスにクリームシチューをかけたそうなの。エレアノールは、言葉を失ったと言っていたわ。その日のうちに大喧嘩、翌日には別れたそうよ」


「・・・・意味がわからないんですが・・・・」


「生臭坊主であることは許せても、ライスにクリームシチューは許せない。それがエレアノールの基準なの」


「・・・・ますます意味がわからない・・・・」


 エンリケは、頭を抱えてしまう。


「まあ、そこは置いといて――――とにかく、エレアノールに納得してもらうには、はっきりとした理由がないと駄目だということよ」

「・・・・ライスにクリームシチューをかけることが、はっきりとした破局の理由なんですか?」

「・・・・・・・・」


 エンリケに目で説明を求められたけれど、私は説明しなかった。――――というか、私にもよくわからないから、説明できない。


「そ、そんなことよりも、今はどうやったら、穏便に仮婚約を取り消せるか、という問題を話し合ったほうがいいわ」


 誤魔化すために、私は無理やり、話を軌道修正した。


(・・・・なにか、いい方法はないかしら?)


 話を聞くかぎり、エレアノールが納得できるような材料があれば、この問題は解決する気がする。



 私は頭を回転させ、雑巾を絞るように、豊富とは言えない知識を総動員した。――――そして、ある結論にたどり着く。


「わかったわ、エンリケ!」


 いい方法を思いついて、自然と笑顔がはじける。


「エレアノールに納得してもらえる方法を思いついたの!」


 私がそう言い放つと、エンリケの表情も明るくなった。


「どんな方法ですか? 教えてください」



 私はびしっと、エンリケの顔の前に指を突きつける。



「――――エレアノールの前に男性の恋人を連れていく! そしてキスをする! これしかないわ!」



「・・・・・・・・はい?」



 エンリケの目が、点になった。



「エレアノールはショックを受けるでしょうけど、きっと受け入れてくれるわ。それに恋敵が男性なら、勝てる勝てないの次元ではなくなるから、エレアノールも諦めるしかないと納得してくれるはず」


「いやいやいや、ちょっと待ってください」


 エンリケが慌てた様子で、話を遮る。


「どうして妃殿下は、俺が男を好きだという前提で話を進めるんですか?」

「違うの?」

「違いますよ、俺が好きなのは女性です!」

「別に・・・・隠さなくてもいいのよ」

「何も隠してません。ド直球で本音を語ってます」

「恋や愛に、国境や人種、身分や性別なんて、関係ないと思わない?」

「ええ、思います。人種や身分や性別で、愛を阻むべきではありません。ただ俺自身は、女性が好きです」

「うーん・・・・」


 エンリケの態度を見て、彼から本音を聞きだすには、もっと距離が縮まってからのほうがよかったかもしれないと後悔した。


「そもそもどうして、俺が男が好きっていう発想になったんですか?」

「え、えーと、それは・・・・」


 エンリケの尋問するような口調を聞くと、侍女達が噂していた、なんて言い出せそうになかった。


「こ、この方法が駄目なら、他の方法を考えましょう。話し合うべきは、どうすればエレアノールに納得してもらえるのか、っていう部分なんだから」


 エンリケは腑に落ちないという顔をしていたものの、いったん落ち着いてくれた。



「・・・・話を聞くかぎり、俺がエレアノールとの食事中に、ライスにクリームシチューをかければ、すべての問題が解決する気がしますね」


「そうね。あなたがライスにクリームシチューをかけながら、隣に座った男の人と濃厚なキスをすれば、エレアノールもきっぱりと諦めると思うの」


「・・・・妃殿下の、男同士のキスにたいする並々ならぬこだわりは何なんですか?」


「と、とにかく、近いうちに実家に変える予定だから、夕食にあなたを招待するわ。その時に、ライスにクリームシチューをかけてみて」


「わ、わかりました・・・・」


 とりあえず結論が出たので、私が話を締めくくると、エンリケは頷いてくれた。


「それで結果が出ないようなら、また作戦を考えてみるわ」


 カップを持ち上げ、紅茶を一口飲む。


「エレアノールも、あなたの気持ちを変えられないと知れば、諦めるはず」



 一息つくと、小細工なんてしなくても、エンリケ本人がエレアノールの前で、結婚はしないと強く意思表明をすれば、すべての問題は解決するんじゃないかと思えてきた。


(・・・・今さら言い出せない・・・・)


 散々議論して、ライスにクリームシチューをかけるという結論を出した後で、正攻法でいくのがいいとは言い出しにくい。



 私は結局、勇気がなくて、そのことを伝えられなかった。



「近いうちに、招待状を送るわ。準備をしてきてね」


「感謝します、妃殿下」


 エンリケはほっとしている様子だった。



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