魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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35_破談相談

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「それで? 私に相談って、何かしら?」


 それから数十分後、私は客間の、二対のソファの片側に腰かけ、エンリケと向かい合っていた。


 格式ばらず、しかし調度品に手を抜いていない客間の優しいデザインは、相手から本音を聞きだすには、最良の場所だった。


「その、ですね・・・・少し、話しにくいことなんですが・・・・」


 案の定、エンリケは歯切れが悪い。


「まずは紅茶でも飲んで。お菓子もどう? フアナが最高級のマカロンを用意してくれたの」


 まずはエンリケにリラックスしてもらおうと、私はテーブルに置いた紅茶とお菓子を勧める。


「ありがとうございます」


 エンリケは素直に、カップを手に取ってくれた。


 昼下がりの心地よい日差しが、眠気を誘う。


「眠たくなる温かさよね」

「妃殿下もですか? 俺も朝から眠たくて」

「そういえば、昨日エレアノールに会ったのよ」


 エンリケの口を滑らかにするため、私はエレアノールのことを話題にする。



「エレアノールに?」


 予想通り、エンリケは食いついてきた。


「ええ、その時にお父様にも会ったの。あなたとエレアノールの婚約の話が進んでるって聞いたんだけど、本当なの?」

「・・・・・・・・」


 エンリケの表情が、暗くなる。


「・・・・実は妃殿下に相談したいのは、その婚約のことなんです」


「やっぱりね!」

「えっ」

「あ、いえ、何でもないの・・・・」


 予想が当たって、思わず呟いてしまっていた。目を丸くするエンリケを見て、慌てて口をつぐむ。


「ここで話したことは、誰にも――――」

「もちろん、他言するつもりはないわ。・・・・続けてちょうだい」


 私のその言葉で、エンリケは覚悟を決めたようだった。


「俺はエレアノールの結婚相手として、相応しくありません。だから仮婚約を取り消したいんですが、これは両家の父母の間で決められたことで、俺一人の意思ではなかったことにするのが難しくなっています。だから、妃殿下のお力を借りたいと思いました」


 エンリケの表情は、真剣そのものだった。


「どうして、相応しくないなんて思うの?」

「妹みたいに接してきた相手だ」

「妹・・・・」


 妹と聞いて、私は首を傾げる。


(そういえばエレアノールのお母様とエンリケのお母様は、友達だったんだっけ)


 確か二人は幼馴染で友情を育み、その交流は結婚後も続いたらしい。お互いの家に、息子や娘を連れて、頻繁に遊びに行っていたそうだ。


 だからエレアノールとエンリケは、幼馴染の関係にあたる。


 異母姉、異母妹という関係、さらには母親同士が不仲だったこともあって、私とエレアノールの関係は少し複雑だ。もしかしたら私よりもエンリケのほうが、エレアノールに近い存在なのかもしれない。


「エレアノールと彼女の母親が、一時期、俺の屋敷で一緒に暮らしていたこともあります。エレアノールは俺に妹と言われるのを嫌いますが、今さら家族の情が別の感情に変わることはないでしょう」

「そうなのね・・・・」


 私は肉親とすら関係が希薄だから、血の繋がらない相手とも、家族のような関係を築けるエンリケのことを、少し羨ましいと感じてしまった。


「それに、俺と結婚して、うまくいくと思いますか? 自分で言うのもなんだけど、俺は人格破綻者です」

「・・・・じ、自分で言う?」


 こんなに堂々と、人格破綻者宣言する人を、はじめて見た。


 確かにエンリケには、軽薄、女好き、不真面目と、王族らしからぬ噂がまとわりついている。


 だけど彼の兄に振り回されている私からすれば、人をゴミのように扱うエセキアスこそ、本当の人格破綻者で、エンリケなど人格破綻者検定を受けても、軽度どころか一項目も引っかからないだろうとしか思えなかった。


「それにエレアノールには、グェン家のエセルスタンがいる。結婚相手として、あいつ以上の男はいないはずだ」

「エセルスタンのことは、私も知ってる。実直な人よね。でも、あなたは本当にそれでいいの? エレアノールは社交的だから、結婚した後は、理想的な補佐役にもなってくれると思う。あの子以上に理想的な結婚相手は、他にはいないはずよ」


 貴族の政略婚の相手は、ただ美しいだけでは務まらない。広い屋敷の管理や来賓の接待、夫の不在時に、領地を統括する能力が必要だ。

 エレアノールなら美人で教養があるし、何よりも社交的だから、来賓のもてなしも完璧にこなせるはず。


「確かに、エレアノールは政治的な面でも、俺を支えてくれると思います。でも、だからといって、エレアノールを不幸にしたくない」

「あなたと結婚することが、不幸になるとは限らないじゃない」

「エレアノールの望みは、いつまでも恋人のように愛しあえる夫婦になることです。俺はきっと、その期待には応えられない」


 エンリケなりに、エレアノールのことを考えて、この結論に至ったようだ。


「そこまで心が決まっているのなら、回りくどいことはせずに、直接あなたの気持ちを伝えたほうがいいんじゃないかしら? あなたのお父様と、私の父の間で決められたことなんでしょう? 今はあなたの意思で、婚約を破棄することができるはずよ」


 エンリケのお父様――――先代国王が存命なら、彼がエンリケの結婚相手を決めただろう。エンリケは、その決定に従うしかなかったはずだ。


 でも今は、エンリケがカルデロン家の家長だ。国王であるエセキアスが特に口を挟まないかぎり、エンリケの考えだけで、破談にできるはず。


「そのはずなんですが・・・・」


 エンリケは苦笑する。


「実は一度だけ、エレアノールやリーベラ卿に、仮婚約を取り消そうと伝えたことがあるんです」

「本当に? お父様はなんて言ったの?」


 その話は初耳だった。私は前に身を乗り出す。


「リーベラ卿のほうは、それが俺の決断なら仕方ないと、受け入れてくれました。・・・・だけどエレアノールに破談の理由を聞かれ、妹のように思っているからと答えると、そんな答えじゃ納得できないと怒られました」


「そ、そう・・・・」


 エレアノールの言い分にも、一理ある。私がエレアノールの立場だったなら、想いを寄せている相手から、妹のように思っているという理由だけで破談を突きつけられるのは、納得できなかったかもしれない。


「じゃ、エレアノールを説得できれば、問題は解決するのね」


 エンリケの相談内容は、予想通りだった。だけど、妹のように思っている、自分は結婚相手に相応しくない、なんて理由だけが、結婚を避ける理由だろうか。


 さっき耳にしたばかりの、噂話の内容がよみがえる。


(単刀直入に、アルフレド卿と付き合っているのか、なんて聞けないし・・・・)


 噂が真実なのだとしても、エンリケは否定するだろう。

 カーヌスは自由な気風で、同性愛も認められている。だけど貴族階級の間では、家系を途絶えさせてはならないという問題から、同性愛を忌避する風潮があった。

 二人が隠したいと思っているのなら、それを暴きたてるようなことはしたくない。暴かずに、自分が望む生き方をしてほしいと伝えたかった。


(運命を変えることになっちゃうかもしれないけど・・・・)


 私がエンリケに、心のままに生きたほうがいいと助言してしまったら、彼は本当にエレアノールとの結婚を取りやめてしまうかもしれない。


 すると、前世では結婚した二人の運命を、変えることになってしまう。



 だとしても――――二人には自分の意思で、自分の道を決めてほしいと思っていた。



 二人の仮婚約の裏側には、リーベラ家の娘を、継承権を持つ男と縁組させたいという、お父様の思惑がある。

 家同士の思惑で、結婚を望まない男性の伴侶になるか、それとも一途に愛してくれる男性と結婚するか、どちらが自分にとって幸せなのか、エレアノールには自分で選ぶ権利があるはずだ。

 破談になったら、エレアノールはその時は傷つくかもしれないけれど、立ち直った後に、本当に自分を女性として愛してくれる男性と、将来を考えることができる。



 エンリケにもエレアノールにも、自分で決めた道を歩んでほしい。



 少なくとも今の私は、前世とは違い、心のままに行動できていて、自分のその生き方に満足している。



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