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33_相談内容
しおりを挟む昼下がりになると、強さを増した日差しが、シャワーのように片側の窓から降り注いだ。
(何の相談なのかしら?)
着替えをして、客間に向かいながら、私はエンリケから持ちかけられた〝相談内容〟について、考えを巡らせていた。
(エレアノールのことだって言ってたけど・・・・二人が関係していることといえば、結婚のことぐらいよね)
この時期に、エンリケとエレアノールを結びつける話題と言えば、結婚ぐらいしかない。
まだ今の段階では、婚約は正式なものではないと聞いているけれど、前世では、二人は当然のように夫婦になっていた。だから今世でも、結ばれるものと思い込んでいた。
――――国王の弟で、騎士団長のエンリケと、カーヌス一の美女で、活発な令嬢、エレアノール。二人とも小説の主人公のように目立つ存在で、誰もがお似合いだと認める組み合わせだ。
エレアノールには勝気すぎるきらいがあるけれど、エンリケの性格を考えると、相性も悪くないと思う。
そして何よりも、エレアノールは幼い頃からエンリケのことが好きで、彼との結婚を望んでいる。
エンリケも、エレアノールとの結婚を楽しみにしているのだろうと思っていたけれど――――相談を持ちかけてきたエンリケの表情は、結婚を間近に控えた男だとは思えないほど、暗かった。
(もしかして、結婚に二の足を踏んでいるのかな?)
今までの評判から考えて、エンリケは自由を好む人だろう。そんなエンリケにとって、結婚は望ましくないものなのかもしれない。
(エレアノールも、このまま結婚していいのか、悩んでるみたいだったし・・・・)
エンリケが結婚を望んでいない気配を感じているのか、エレアノールも迷っているようだ。
そういえば前世では、結婚後、訪ねてきたエレアノールが、夫婦関係についての悩みを打ち明けてくれたことがある。エンリケは優しいけれど、女性として見てもらえていない、とエレアノールは言っていた。
(エレアノールにはもう一人、婚約者候補がいるし)
実はエレアノールにはもう一人、結婚相手と目されている人物がいた。
グェン伯爵家の長男、エセルスタンの名前は、エレアノールの結婚相手を選ぶ話し合いの場で、何度も挙がっていたそうだ。彼はエレアノールとの結婚が叶うのなら、すべての財産を教会に寄進してもいいと明言するほど、彼女に心酔しているらしい。
エレアノールの態度から察するに、エセルスタンのことをまんざらでもないと思っているような気がする。
――――それでも、彼の求婚を受けなかったのは、エンリケへの未練も断ち切れなかったからだろう。
(難しい問題よね。エレアノールの想いが成就してほしいと思ってるけど・・・・)
姉として、エレアノールの恋心が、成就してほしいと思っている。
だけど、人の心はままならない。特に恋や愛に関することは、努力をすれば実るというわけじゃないから、話がこじれてしまうことを心配していた。
(結婚後に悩むぐらいなら、エレアノールはエセルスタンと結婚したほうがいいのかも。・・・・ただあの子、エンリケが結婚したくないと言っても、諦めそうにないのよね・・・・)
エレアノールには、強気な一面がある。エンリケのことも、彼の悪評を耳にしても、結婚したら私がエンリケのだらしないところを直すと豪語していた。
エレアノールは昔から恋多き少女で、相手の男性はエレアノールのために、変わろうと努力していた。だからエレアノールは、自分が努力すれば、相手は変わってくれると思っている。
(・・・・でも、今回はちょっと難しいと思うのよね・・・・)
エレアノールに夢中になった人達と、エレアノールのことを恋愛対象として見ていないエンリケでは、話が違う。
(それに――――)
――――エレアノールの結婚について考えると、どうしてもカルデロンの縁者に降りかかるという呪いの話が頭をよぎる。
エンリケは、いい人だ。エレアノールのことを女性として見ていないのだとしても、結婚した以上、妻になった女性のことは、大切に扱ってくれるはず。
だけどどれだけエンリケがエレアノールのことを大切にしても、呪いからは守れないはず。
前世では、エレアノールにはまだ、呪いの兆候は表れていなかった。
でも、私が呪いに囚われたのだから、次はエレアノールが標的になると考えるのが自然だ。
――――だからエンリケには申し訳ないけれど、エレアノールをカルデロン家には嫁がせたくなかった。
(エンリケの相談内容がなんにせよ、話す機会ができてよかった)
実は私のほうも、エンリケに相談したいことがあった。
前世では、エセキアスにはスカーレット・メルトネンシスという名前の愛人がいた。エセキアスは彼女のために、私と離婚しようとしていたようだけれど、結局離婚に至らぬまま、ドラゴンの炎によってカーヌスは滅亡した。
カーヌスは宗教上の理由から、一夫一妻制だ。
といっても、歴代の国王に愛人がいることは珍しくない。これまた宗教上の理由から、離婚は許されにくい風潮だけれど、愛人を寵愛するがゆえに、離婚を強行して、愛人を王妃に据えた国王もいたそうだ。
――――結婚式の後、私とエセキアスが寝室を共にしたことはない。月に一回、定められている規則を、エセキアスは気が向かないから、という理由で、断っているそうだ。
(そのほうが、私も気が楽なんだけど・・・・)
私個人の感情では、エセキアスとは近づきたくない。だからエセキアスが私に無関心を貫いてくれるのは、正直ありがたいと思っている。
ただ一方で、エセキアスからドラゴンレーベンを奪うと決めた以上、王妃という立場を役立てなければ、という焦りもあった。
でも現状、私は王妃という立場を、まったく役立てられていない。
(・・・・今の私に、王妃としてエセキアスに接することは無理だものね・・・・)
魔王になってから、ドラゴンレーベンを奪うために、エセキアスに近づこうと努力したこともあった。
だけど彼の前に立つだけで、暴力を受けた時の記憶がよみがえり、私は過呼吸になって、喋ることもままならなくなってしまう。
どのみちエセキアスの寵愛が私に向くことはないだろうし、暴力を受けた時の記憶が残っているかぎり、私は彼に触れられることも、目を見て話すことすら、耐えられそうにない。
(――――だったら、魔王業に専念したほうがいいはずだ)
だけど魔王業に専念するには、王妃という立場が邪魔になる。
今は代理の役人が、王妃の政務を代わってくれているけれど、いずれ私がその仕事を担わなければならなくなるだろう。王妃の仕事は膨大だ。そうなると、魔王業との兼任は難しくなる。
魔王としての仕事に、専念したい。そのためには、王妃という身分を、誰かに譲り渡す必要があった。
前世で、エセキアスが私との離婚を急いでいた原因は、スカーレットが王妃になりたいと、彼にせがんだからだという噂を聞いたことがある。だからスカーレットが現れれば、エセキアスは私との離婚を考えるはず。
離婚後は、実家に帰るか、どこかの修道院に送られることになるだろう。
どこに行くことになっても、構わない。――――この檻のような場所から、出られるのなら。
(エセキアスとスカーレットを引き合わせれば、私はエセキアスと離婚できる)
前世で、二人は出会ったのだから、今世でもいずれ、二人は出会うことになるだろう。私は、時期を早めるだけだ。
(だけど私はスカーレットのことを名前以外、何も知らないのよね・・・・)
前世では、侍女達は私のことをおもんぱかって、スカーレットのことを話そうとしなかった。エセキアスに愛人がいることも、私がその空気を感じて無理やり聞き出したから、知ることができただけで、私から聞かなければ、彼女達は最後まで愛人の存在をひた隠していただろう。
侍女から聞き出せた彼女の情報は、スカーレットという名前と、燃えるような赤い髪をしているということだけ、だからスカーレットがどの家の出身なのか、エセキアスに出会うまで何をしていたのか、まったく知らない。
貴族のご令嬢達の名前を一通り確認してみたけれど、スカーレットという名前は見つからなかった。
(エンリケなら、スカーレットという女性のことを知っているかもしれない)
交友関係エンリケなら、その名前を持つ女性について、心当たりがあるかもしれない。
(何が何でも、スカーレットという女性を見つけ出して、エセキアスと離婚しないと)
私は計画を確かめ、気を引きしめた。
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