魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
34 / 118

33_相談内容

しおりを挟む


 昼下がりになると、強さを増した日差しが、シャワーのように片側の窓から降り注いだ。


(何の相談なのかしら?)


 着替えをして、客間に向かいながら、私はエンリケから持ちかけられた〝相談内容〟について、考えを巡らせていた。


(エレアノールのことだって言ってたけど・・・・二人が関係していることといえば、結婚のことぐらいよね)


 この時期に、エンリケとエレアノールを結びつける話題と言えば、結婚ぐらいしかない。

 まだ今の段階では、婚約は正式なものではないと聞いているけれど、前世では、二人は当然のように夫婦になっていた。だから今世でも、結ばれるものと思い込んでいた。


 ――――国王の弟で、騎士団長のエンリケと、カーヌス一の美女で、活発な令嬢、エレアノール。二人とも小説の主人公のように目立つ存在で、誰もがお似合いだと認める組み合わせだ。


 エレアノールには勝気すぎるきらいがあるけれど、エンリケの性格を考えると、相性も悪くないと思う。


 そして何よりも、エレアノールは幼い頃からエンリケのことが好きで、彼との結婚を望んでいる。


 エンリケも、エレアノールとの結婚を楽しみにしているのだろうと思っていたけれど――――相談を持ちかけてきたエンリケの表情は、結婚を間近に控えた男だとは思えないほど、暗かった。


(もしかして、結婚に二の足を踏んでいるのかな?)


 今までの評判から考えて、エンリケは自由を好む人だろう。そんなエンリケにとって、結婚は望ましくないものなのかもしれない。


(エレアノールも、このまま結婚していいのか、悩んでるみたいだったし・・・・)


 エンリケが結婚を望んでいない気配を感じているのか、エレアノールも迷っているようだ。


 そういえば前世では、結婚後、訪ねてきたエレアノールが、夫婦関係についての悩みを打ち明けてくれたことがある。エンリケは優しいけれど、女性として見てもらえていない、とエレアノールは言っていた。


(エレアノールにはもう一人、婚約者候補がいるし)


 実はエレアノールにはもう一人、結婚相手と目されている人物がいた。


 グェン伯爵家の長男、エセルスタンの名前は、エレアノールの結婚相手を選ぶ話し合いの場で、何度も挙がっていたそうだ。彼はエレアノールとの結婚が叶うのなら、すべての財産を教会に寄進してもいいと明言するほど、彼女に心酔しているらしい。

 エレアノールの態度から察するに、エセルスタンのことをまんざらでもないと思っているような気がする。



 ――――それでも、彼の求婚を受けなかったのは、エンリケへの未練も断ち切れなかったからだろう。



(難しい問題よね。エレアノールの想いが成就してほしいと思ってるけど・・・・)


 姉として、エレアノールの恋心が、成就してほしいと思っている。

 だけど、人の心はままならない。特に恋や愛に関することは、努力をすれば実るというわけじゃないから、話がこじれてしまうことを心配していた。


(結婚後に悩むぐらいなら、エレアノールはエセルスタンと結婚したほうがいいのかも。・・・・ただあの子、エンリケが結婚したくないと言っても、諦めそうにないのよね・・・・)


 エレアノールには、強気な一面がある。エンリケのことも、彼の悪評を耳にしても、結婚したら私がエンリケのだらしないところを直すと豪語していた。

 エレアノールは昔から恋多き少女で、相手の男性はエレアノールのために、変わろうと努力していた。だからエレアノールは、自分が努力すれば、相手は変わってくれると思っている。



(・・・・でも、今回はちょっと難しいと思うのよね・・・・)


 エレアノールに夢中になった人達と、エレアノールのことを恋愛対象として見ていないエンリケでは、話が違う。


(それに――――)



 ――――エレアノールの結婚について考えると、どうしてもカルデロンの縁者に降りかかるという呪いの話が頭をよぎる。



 エンリケは、いい人だ。エレアノールのことを女性として見ていないのだとしても、結婚した以上、妻になった女性のことは、大切に扱ってくれるはず。

 だけどどれだけエンリケがエレアノールのことを大切にしても、呪いからは守れないはず。


 前世では、エレアノールにはまだ、呪いの兆候ちょうこうは表れていなかった。


 でも、私が呪いに囚われたのだから、次はエレアノールが標的になると考えるのが自然だ。


 ――――だからエンリケには申し訳ないけれど、エレアノールをカルデロン家には嫁がせたくなかった。



(エンリケの相談内容がなんにせよ、話す機会ができてよかった)



 実は私のほうも、エンリケに相談したいことがあった。



 前世では、エセキアスにはスカーレット・メルトネンシスという名前の愛人がいた。エセキアスは彼女のために、私と離婚しようとしていたようだけれど、結局離婚に至らぬまま、ドラゴンの炎によってカーヌスは滅亡した。


 カーヌスは宗教上の理由から、一夫一妻制だ。

 といっても、歴代の国王に愛人がいることは珍しくない。これまた宗教上の理由から、離婚は許されにくい風潮だけれど、愛人を寵愛するがゆえに、離婚を強行して、愛人を王妃に据えた国王もいたそうだ。


 ――――結婚式の後、私とエセキアスが寝室を共にしたことはない。月に一回、定められている規則を、エセキアスは気が向かないから、という理由で、断っているそうだ。


(そのほうが、私も気が楽なんだけど・・・・)


 私個人の感情では、エセキアスとは近づきたくない。だからエセキアスが私に無関心を貫いてくれるのは、正直ありがたいと思っている。


 ただ一方で、エセキアスからドラゴンレーベンを奪うと決めた以上、王妃という立場を役立てなければ、という焦りもあった。


 でも現状、私は王妃という立場を、まったく役立てられていない。


(・・・・今の私に、王妃としてエセキアスに接することは無理だものね・・・・)


 魔王になってから、ドラゴンレーベンを奪うために、エセキアスに近づこうと努力したこともあった。

 だけど彼の前に立つだけで、暴力を受けた時の記憶がよみがえり、私は過呼吸になって、喋ることもままならなくなってしまう。

 どのみちエセキアスの寵愛が私に向くことはないだろうし、暴力を受けた時の記憶が残っているかぎり、私は彼に触れられることも、目を見て話すことすら、耐えられそうにない。



(――――だったら、魔王業に専念したほうがいいはずだ)


 だけど魔王業に専念するには、王妃という立場が邪魔になる。

 今は代理の役人が、王妃の政務を代わってくれているけれど、いずれ私がその仕事を担わなければならなくなるだろう。王妃の仕事は膨大だ。そうなると、魔王業との兼任は難しくなる。


 魔王としての仕事に、専念したい。そのためには、王妃という身分を、誰かに譲り渡す必要があった。


 前世で、エセキアスが私との離婚を急いでいた原因は、スカーレットが王妃になりたいと、彼にせがんだからだという噂を聞いたことがある。だからスカーレットが現れれば、エセキアスは私との離婚を考えるはず。


 離婚後は、実家に帰るか、どこかの修道院に送られることになるだろう。


 どこに行くことになっても、構わない。――――この檻のような場所から、出られるのなら。


(エセキアスとスカーレットを引き合わせれば、私はエセキアスと離婚できる)


 前世で、二人は出会ったのだから、今世でもいずれ、二人は出会うことになるだろう。私は、時期を早めるだけだ。


(だけど私はスカーレットのことを名前以外、何も知らないのよね・・・・)


 前世では、侍女達は私のことをおもんぱかって、スカーレットのことを話そうとしなかった。エセキアスに愛人がいることも、私がその空気を感じて無理やり聞き出したから、知ることができただけで、私から聞かなければ、彼女達は最後まで愛人の存在をひた隠していただろう。

 侍女から聞き出せた彼女の情報は、スカーレットという名前と、燃えるような赤い髪をしているということだけ、だからスカーレットがどの家の出身なのか、エセキアスに出会うまで何をしていたのか、まったく知らない。


 貴族のご令嬢達の名前を一通り確認してみたけれど、スカーレットという名前は見つからなかった。



(エンリケなら、スカーレットという女性のことを知っているかもしれない)


 交友関係エンリケなら、その名前を持つ女性について、心当たりがあるかもしれない。


(何が何でも、スカーレットという女性を見つけ出して、エセキアスと離婚しないと)


 私は計画を確かめ、気を引きしめた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...