魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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32_国王と王妃の微妙な関係

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 城の入口まで、並んで歩く。


「その・・・・陛下とはどうですか?」

 会話を、と考え、頭に浮かんだ疑問が口を突いて出ていた。


 妃殿下がぎょっとした顔をする。


「どうって・・・・どういうこと?」

「い、いえ・・・・」


 何気なく質問してしまったことを、俺はすぐに後悔した。



 ――――エセキアスが新妻に冷淡なことは、すでに周知の事実だ。だから二人の間に夫婦の関係がないという噂は、俺の耳にも入っている。


 月に一回、国王は王妃の寝室を訪れる決まりだが、エセキアスはそれを守らず、気が向いたときに歓楽街に出向いて、夜の仕事をしている女性達をはべらせているらしい。


 おそらく今後も、妃殿下とエセキアスの間に接点はないままだろう。



 だが、妃殿下がそのことを気にしている様子はない。それとも、気にしていないふりをしているだけなのか。


(・・・・何を聞いているんだ、俺は)


 こんな質問は、妃殿下を苦しめるだけだ。そうでなくても、国王夫妻の不仲の原因を、一方的に王妃のせいにする風潮がある。妃殿下に落ち度はないのに、それでも王妃という立場上、彼女は責めを負わされていた。


 だから負担になるようなことを言うべきじゃなかった。


「あの・・・・いい天気ですね」


 話を逸らそうとして、また墓穴を掘る。


「ふっ」


 すると、妃殿下が吹き出す声が聞こえた。


「気にしなくていいのよ、エンリケ」


 彼女は、明るく笑ってくれた。


「こうなることは覚悟していたもの。・・・・それにここだけの話、私は陛下が恐ろしいの。・・・・同じ部屋にいると、眠れる気がしないわ」


 妃殿下の声が暗くなったことに気づいて、俺は彼女の顔を覗き込む。

 妃殿下は一瞬、気まずそうに視線を逸らしたが、すぐにそれを誤魔化すように笑った。


「だから、他の女性が陛下をもてなしてくれるなら、それは私にとってもありがたいことなの」


 強がり、とも受け取れる言葉だったが、妃殿下の笑顔を見るかぎり、その言葉に嘘はないと感じた。


(・・・・俺もそのほうが安心だが)


 ――――兄であるエセキアスの狂暴性は、俺が誰よりも身をもって知っている。たとえ王妃であっても、エセキアスの不興を買えば、どんな目に遭うかわからない。

 男に慣れている女性ならともかく、普通の令嬢では、気難しいエセキアスをうまく扱えないはず。だから、エセキアスに距離を置かれていたほうが、妃殿下は安全だ。



「隙あり!」


「うわっ!」


 考え込んでいると、肩に思いっきり木刀を振り下ろされ、俺は思わず呻いてしまった。


「妃殿下、痛いですよ」

「だって、本気で打ち込んでいいって言ったじゃない」


 打たれた部分を押さえ、抗議すると、妃殿下は悪びれることもなく、そう答えた。


「言いました。言いましたけど、まさかここまで本気とは――――」

「隙あり!」


 喋っている途中でも、妃殿下は木刀を振るう。


「降参です、降参ですから!」


 妃殿下のでたらめな攻撃を避けながら、俺は叫ぶ。



「やった! あなたに参ったと言わせることができたわね!」


 妃殿下は満面の笑顔を浮かべ、子供のようにはしゃいだ。



「・・・・負けず嫌いですね」

「あなたもね、エンリケ」


 俺達は睨み合う。


 ――――でもお互いに仏頂面だったのは、束の間のこと、すぐにどちらともなく笑い出して、空気は和やかになった。木刀で殴られたのは結構痛かったが、これぐらいのことでここまで喜んでもらえるのなら、よかったと思えた。


「今日は本当にありがとう、エンリケ」

「いいえ、こちらこそ。とても有意義な時間でした」

「木刀で殴られることが?」


「あなたと話ができたことが、です。・・・・お礼を言わなければならないのは、俺のほうかもしれませんね」



 久しぶりに、何も気負うことなく、人との掛け合いを楽しむことができた。妃殿下の無邪気な振る舞いのおかげで気持ちが晴れて、ここ数日の疲れが取れた気がする。



「私は何もしてない。剣術の基本を教えてもらっただけよ」


「教えることが楽しかったんですよ」


 そう誤魔化しておいた。妃殿下はまだ不思議そうにしていたものの、笑って流してくれる。


 妃殿下の視線が下に流れ、俺が帯剣たいけんした剣の鍔に留まった。


「そう言えばオディウムとの戦いで、あなた、何かの魔法を使っていたわね。あれはなんていう魔法なの?」

「あの魔法ですか?」


 俺は、帯剣たいけんを鞘ごと、剣帯から外した。


 護拳がついた鍔の模様には、カルデロン家の家紋が組み込まれている。


「この剣は、魔法省が作った特注品で、カルデロン家の男子が授かるものです。この剣には、鍔のこしらえに特殊な魔法陣が施されてあって、カルデロン家の血に反応して、炎の魔法を即座に発動できるようになってるんです」


 俺は、鍔の装飾が見えやすいように、剣先を上に向けた。光の角度で、鍔にはめ込まれた宝石が、きらりと光る。


「へえー」


 妃殿下は興味津々で、剣の飾りを覗き込む。


「この剣自体が魔法道具だから、詠唱もせずに魔法が使えたのね」

「戦闘の最中では、詠唱の時間が取れないこともしばしばあります。そういう時に、こういった魔法道具があると、便利なんです」


 各国で魔法技術にはばらつきがあるが、カーヌスは大陸で一番魔法の技術が遅れていると言われている。ドラゴンレーベンの威光に頼りすぎてしまった結果なのだろう。


「魔法道具って、憧れるわ。リーベラ家にも、魔法剣があればいいのに」

「リーベラ家・・・・」


 そこで俺は、ルーナティア妃殿下が、エレアノールの異母姉であることを思い出した。ほとんど共通点がない姉妹だけれど、笑うと目元のあたりが少し似ているような気がする。



(エレアノールか・・・・)


 結婚の話を思い出し、また気持ちが暗くなってしまった。



「どうしたの?」


 俺の表情が暗くなったことに気づいたのか、妃殿下の笑顔が消えてしまう。


「いえ・・・・」


 そこで、エレアノールとの婚約のことを、ルーナティア妃殿下に相談できないかと思いつく。

 俺が強く断れば、リーベラ卿は食い下がるようなことはしないだろうが、エレアノールのほうが納得してくれないはず。


 だが姉であるルーナティア妃殿下の力を借りれば、エレアノールを説得できるかもしれなかった。


「妃殿下、これから何か用事はありますか?」

「いいえ、特にないけど・・・・」


「だったら、少し時間を貰えないでしょうか? ――――相談したいことがあるんです」


 相談と聞いて、妃殿下はますます不思議そうに、目を瞬かせる。


「どんな内容なの?」


「エレアノールに関することなんですが、詳しいことはここでは、ちょっと・・・・」


 誰かに話を聞かれる恐れもある。できれば、二人きりで話がしたかった。


「城の客間で話しませんか?」

「ええ、いいわ。でも、まずは着替えたいの」

「そうですね。出直してきます。それでは、後ほど」


 断られなかったことに安堵しながら、俺は身を翻した。

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