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29_馬鹿者だらけの魔王軍会議
しおりを挟む「そうだな。じゃ、考える役目はボスに任せるよ」
「え゛っ」
「俺達、考えるの苦手だからさ」
リュシアンをはじめ、三人は悪びれるでもなく、へらへらと笑っていた。
「・・・・ちょっと」
私が睨むと、亜人達は慌てた様子で、表情を引きしめる。
「なんで私に丸投げなの? こういう問題は、みなで話し合うことでしょう?」
「考えろって言われても・・・・俺達には頭脳労働は過酷すぎるよ」
「ず、頭脳労働? 作戦を考えるだけよ、必要なのは発想の転換であって、過酷な労働と呼べるほどのことじゃない!」
「ボスにはそうでも、俺達には過酷だよ」
当然のように言い放つ亜人達に、私は唖然とした。
「少しも、自分で考えようと思わないの?」
亜人達の反応は、鈍いものだった。なぜ責められているのか、本人達は理解できていないようだ。
「・・・・あんまり」
「あんまり?」
その答えに、私は仰天した。
「どういうこと? あなた達は今まで、呪いから解放されるために、カーヌス軍と戦ってきたんでしょう?」
「そうだよ」
「だったら、みんなで話し合って、戦い方を模索すべきじゃない? 今の魔王軍の兵員じゃ、カーヌス軍の兵員にはどう足掻いても勝てないのよ」
「うーん・・・・」
呪いを解きたいかと聞くと、威勢がいい返事をするのに、作戦を考えてと言うと、とたんに歯切れが悪くなる。――――彼らが頭脳労働がとても苦手だということは、嫌というほど伝わってきた。
「こ、この軍には、参謀役はいないの?」
いつも読んでいる、勇者が魔王を討伐するという王道小説では、魔王軍には必ず参謀ポジションのキャラクターがいた。この魔王軍にも、もしかしたら参謀役がいるかもしれないと、一縷の望みを抱いて、そう問いかける。
「魔王軍なら、美形で頭脳派の参謀ポジションがいるのが定番でしょう?」
「頭脳派・・・・」
「頭脳派、頭脳派よ!」
「ごめん、ボス。ここには脳味噌まで筋肉でできてる脳筋派と、頭脳労働も肉体労働もてんで駄目な無能派しかいないんだ」
「軍隊のバランスが死んでるじゃない!」
軍隊は、頭脳を駆使して指揮する少数の指揮官と、手足となって働く大勢の兵士で構成されている。
――――なのにここには手足だけ、おまけに手足であることすら放棄している兵士しかいないらしい。
「それの何が問題なんだ?」
リュシアンは心底不思議そうに、問い返してくる。
「それぞれ、役割があるってことじゃん? ボスだって、切り込み隊長を任されても無理だろ?」
「うっ・・・・」
そこを突かれると、結構痛い。
私は一令嬢として、貴族の令息に嫁ぐためだけに教育されてきた。当然剣術とも槍術とも無縁の人生だった。その上私は、兵站や戦略について学んだことがなく、軍の運用方法などまるでわからない。
指導者としての素質にも、欠けていた。
「確かに俺達は馬鹿だけど、腕力や足の速さなら、カーヌスの騎士連中にも負けない自信があるぞ!」
さすがに短所ばかり指摘されるのは癪に障ったのか、ゴンサロが胸を張ってそう言った。
「そうね。それが魔王軍の利点だわ」
亜人の身体能力は、一般的な人間の身体能力を遥かに超えている。その点では、有利だと言えた。
「でも・・・・カーヌス軍には、エンリケ・カルデロンとかいう、厄介な奴もいるからな・・・・」
だけど、テルセロがゴンサロ達の自信に、水を差す。
「あいつとオディウム様の戦いを、森の中からこっそり見てたんだけど、あいつ、とんでもない動きをしてただろ? あんな曲芸師みたいな動き、亜人の中でもできる奴は限られてるよ」
「た、確かに・・・・」
「おまけに、魔法攻撃も強かったしな・・・・」
エンリケの話になると、彼らの声はわかりやすく元気がなくなっていった。
「やっぱり、エンリケってすごかったの? 素人目にも、オディウムと戦っていた時のエンリケの動きは、すごいと感じたんだけど・・・・」
「すごいなんてもんじゃねえよ!」
私の何気ない感想に、テルセロが噛みついてきた。
「自分よりも何倍もでかい相手に、あんな風に斬りかかる奴、魔王軍にもいないって!」
「膝を足場に駆け上がって、オディウム様の首を斬ってたよな? 巨大化したオディウム様の膝を足場にした奴、はじめて見たんだけど・・・・」
「・・・・もしかしたらあいつ、俺達が束になっても、敵わないんじゃね?」
取り柄である身体能力という分野を、エンリケに奪われ、自信を喪失したのか、亜人達の頭はますます下がっていった。
(・・・・困ったわ)
エンリケの強さは、彼を味方だと感じていた時は頼もしかった。
――――だけど敵になった今、今度はエンリケの強さが脅威になっている。
「あいつがどれだけ強かろうが、関係ねえよ!」
暗い空気を吹き飛ばそうと、リュシアンが声を張り上げた。
「俺があいつを倒してやるよ!」
「頼もしいわ、リュシアン!」
私は感動して、拍手を送る。
「関係ねえって言っても・・・・カーヌスに攻撃を仕掛けたら、必ずあいつが出てくるんだぞ? 本当に倒せるのかよ」
「そ、それは・・・・」
リュシアンが暗い空気を吹き飛ばしてくれると期待していたけれど、即座にテルセロに論破されていた。
「いや、待てよ・・・・方法はある!」
リュシアンはめげずに、もう一度声を張り上げる。
「どんな方法だ?」
「逃げればいいんだ!」
「・・・・・・・・は?」
思わぬ言葉に私も、ゴンサロやテルセロまで、丸くなった目を瞬かせる。
「戦っている間、あいつから逃げ回ればいいんだよ!」
「・・・・言ってることが矛盾してるって、気づかない?」
「矛盾なんてしてない。エンリケから逃げ回りつつ、他のカーヌスの兵士達を撃破する。あいつはオディウム様やエセキアスが召喚したドラゴンみたいに、広範囲を炎で焼き尽くすなんてできないだろ? だから逃げ回っていれば、戦闘を回避できると思うんだ」
「・・・・・・・・」
リュシアンの中では、それは矛盾した考えではないらしい。
(今後はエンリケの動きも、監視しておくべきかもね。でもまあ、エンリケは多忙だから、何とかなるかも・・・・)
エンリケはスクトゥム騎士団の騎士団長だけれど、なぜかその役割を超えた範囲の仕事まで、押しつけられている。そのため、国王という立場上、行動範囲が限られているエセキアスと違って、エンリケは多忙で、行動範囲が広い。
だからエンリケやスクトゥム騎士団がブランデを離れている間に行動を起こせば、衝突は避けられる――――はず。
(エンリケ一人に、魔王軍を壊滅させられそう・・・・絶対に避けないと)
絶対に、魔王軍にエンリケを近づけるわけにはいかなかった。
「と、とにかく、エンリケの問題はひとまず、脇に置いておきましょう。今考えるべきは、魔王軍のバランスのことよ。魔王軍には、改革が必要だわ」
私はリュシアン達を睨みつける。リュシアン達はまたそろって、首を傾げた。
「一人の頭脳派と、百人の脳筋派、そして百人の無能派。それでバランスが取れてるじゃないか」
「どこがバランスが取れてるのよ、むしろ軍隊の機能がことごとく死んでるじゃない! 超ワンマンな悪の組織でも、せいぜい十人ぐらいの幹部はいて、真っ暗な会議室で円卓を囲んで、ぼそぼそと話し合っているものでしょ!?」
「いや、ボスのそのイメージは、どこから出てくるんだよ・・・・」
文句を言いたいのは私のほうなのに、亜人達からは呆れた視線を向けられてしまった。
「それからあなた、当然のように私を頭脳派に入れたけど、頭脳派と呼べるような知性が私にあると思ってるの? 自白したくなかったけど、城から脱走するとき、私はとんでもない間抜けな失敗をして、恥を晒した女なのよ!」
「そ、そうなのか?」
「作戦を考えたいとき、私は誰に相談すればいいのよ!」
「さあ・・・・」
「それにさらっと言ってたけど、無能派の比率高くない!?」
頭脳派が一人もいないのに、脳筋派と無能派が同率とは、一体、どういうことなのだろうか。企業なら、確実に潰れている比率だ。
「はあ・・・・」
――――魔王軍のツッコミどころか多すぎて、ツッコミが追いつかない。
「そもそも魔王軍の兵員って、どれぐらいいるの?」
「えーと・・・・多分、下位の魔物も合わせると、一万から二万ぐらいかな」
その答えに、私は仰天する。
「数を把握してないの?一万から二万って、兵員に開きがありすぎるじゃない。大雑把すぎるわよ!」
「そうか?魔物も亜人も気まぐれだからさ、その日の気分で、軍に入ったり、逃げたりするんだ」
「気まぐれすぎぃ!」
カーヌス国王軍では、脱走兵には厳しい罰が課せられる。厳しく取り締まらなければ、開戦前に脱走が相次いでしまうからだ。
だけど話を聞くかぎり、魔王軍の空気は緩い。とても緩い。
躊躇いなく町を焼き払うようなオディウムの統治下で、どうして軍隊がこれほど緩い規律で許されてきたのか、不思議だけれど、おそらく脱走兵にたいする懲罰などの規定もされていないのだろう。
「・・・・・・・・」
力が抜けて、私は何も言えなくなってしまった。
「ボス、参謀って、具体的にどんな奴なんだ?」
「え? ど、どんな奴?」
「ほら、頭がいいとか、腹黒いとか、そんなの」
予想外の質問が返ってきて、私は動揺してしまう。
「えーと・・・・勇者が主人公の物語なら、勇者一行を陥れようとあれこれ画策するも、実は無能で、意図せず勇者軍の勝利に貢献しちゃうようなお馬鹿参謀・・・・あ、いやいや、これは違う!」
とっさに、いつも読んでいる小説の参謀役を思い浮かべてしまい、そのイメージを慌てて打ち消した。
勇者を題材にした大半の創作物では、物語を進めるために、魔王や魔王軍の参謀はたいてい無能に描かれていたから、そのイメージが抜けない。
「無能・・・・?」
当然、亜人達の反応は鈍かった。
(・・・・いや、なんで私は無能な参謀を求めてるのよ・・・・)
軍事のことなんて素人同然だから、ついついいつも読んでいる小説を参考にしてしまっていた。私が求めてるのは、有能な参謀のはずだ。
「ボスが何を求めているのかわからないけど・・・・結局欲しいのは、頭脳派の参謀なの? それとも、頭脳派に見せかけた無能なのか?」
「頭脳派で美形な参謀よ!」
「・・・・美形設定、いる?」
「それは必要!」
話している間に、自分でも何を言っているのか、わからなくなってきた。
冷静に、さっき自分が発した言葉の内容を反芻する。――――まったくもって、意味不明だ。美形設定は必要だろうか。
(・・・・うん、それは必要よね)
――――駄目だ、彼らと話していると、私まで何が問題なのかわからなくなってくる。もともとそれほど頭はよくないのに、これ以上知能が下がってしまったら、魔王軍のボスなど務まらなくなるだろう。
「・・・・作戦は私が考えてくる。みんなはそれまで、ここで待機してて」
「おねがいしまーす!」
面倒な頭脳作業から解放されたとばかりに、亜人達は顔に笑顔を花咲かせた。
そうすると、見る者を震え上がらせる強面も、子供達を笑わせるサーカスの道化師に見えてくるから、不思議だ。
「それじゃ、また明日!」
「帰り、なんか食っていこうぜ」
亜人達はぞろぞろと、広間から出て行く。
「・・・・はあ」
一人になると、大きな溜息が口から零れていた。
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