29 / 118
28_魔王としての初出勤
しおりを挟む――――それからしばらくして、ブランデには平穏な日常が戻ってきた。
信じられないことに、魔王討伐成功という功績を盾に、脱走と脱走幇助の罪を全力で誤魔化す、というエンリケの作戦は成功していた。
長年、カーヌスを苦しめてきた魔王が、ようやく討伐された。その吉報の前では、王妃の脱走も些事でしかなかったようだ。
だから私の脱走の原因は、魔王の洗脳によるもの、という何の根拠もない推測で片付けられ、脱走方法や、手助けした者がいないかという検証はおざなりのまま、打ち切られてしまった。
魔王討伐という光で、王妃の脱走という汚点が隠されたと言うべきかもしれない。
結婚後、私は忙しくなる予定だった。王妃が執り行うべき政務は、国王ほどではないものの、数多くある。国王や来賓のもてなし以外に、公費の管理、教会とともに行う慈善活動や侍女達の統率など、補佐役がいるとはいえ、自分の時間を持つことが難しい身分なのだ。
だから本来なら今頃、私は王妃の職務に忙殺されているはず――――だった。
だけど王妃になった直後、行方不明になった私の精神状態を、まわりの人達は危ぶんでいた。そのため一人の閣僚の提案で、一年間だけ、王妃が担うべき政務や公務を代理の人間に任せることが決定した。
だから私は今、結婚前よりも暇を持て余している。
この時間を活用するため、ブランデの騒ぎが少し落ち着いたところで、私は護衛を買収し、一人の時間を作った。
そして再び、魔王城を訪れていた。
「――――これから、本格的に魔王軍を再始動したいと思う」
玉座の前に、魔王軍の主要なメンバーを集め、私はそう語りかけた。
集めたのは、明確な階級がない魔王軍の中でも、取りまとめ役のような役割を担っている、三人の兵士だ。
一人目は、最初に案内役になってくれた、角を持つ少年、リュシアンだ。
二人目は頭がトカゲに似ているゴンサロという名前の亜人で、身体がとても大きい。
三人目の、豚のような耳と鼻を持つテルセロは、兵士とは思えないほどふくよかだった。でもそんな外見からは信じられないほど、動きは素早い。
三人とも、性格は底抜けに明るかった。というか、亜人達はみんな、魔王軍というダークな響きからは想像できないほど、陽気な人達ばかりで、普通の人達以上に人生を謳歌している。
「まずは作戦を決めないと。無策で突撃しても、兵数で圧倒的に負けている以上、勝ち目はないわ」
亜人達は頷いてくれた。
「それで、あなた達に聞きたいことがあるの。私は、オディウムとは違うやり方で、エセキアスに挑みたい。だから、町や城を攻めたりしないわ。私達の標的はエセキアスだけ、無関係の人々が、戦渦に巻き込まれるようなことはあってはならないの」
すると亜人達は戸惑ったのか、顔を見合わせた。
オディウムは二世紀の間、町や城を何度も襲撃した。オディウムなりに思惑はあったのかもしれないけれど、甚大な被害を出しただけで、国王を倒すことはできなかった。
私は、そんな被害は出したくないし、あのやり方を踏襲しても、成果があるとは思えない。
「でも・・・・それじゃどうやって、王様を倒すんだ?」
「エセキアスが外出した時を狙ったり、城に忍び込んだり、他にも色々と方法はあるわ。・・・・でも私のこのやり方を弱腰と感じて、反発する人もいるはず。私はどう足掻いてもオディウムみたいに強くなれないから、やっぱり魔王には相応しくないという意見も出てくると思うの」
私はあらためて、三人の顔を見た。
「それでまず、あなた達の意見が聞きたかった。私の考えを、どう思う?」
「うーん・・・・」
亜人達は考え込んだ。
「それを、弱腰とは思わないよ。オディウム様が手当たり次第に襲撃してたのは、国王に近づけなかったからだし」
「ボスは王妃なんだろ? 王妃なら、誰よりも王様の近づける。それを考えると、かなり今の状況は俺達に有利じゃね?」
「・・・・実は、それほど有利でもないの」
リュシアンとテルセロが、私の〝王妃〟という立場に期待を寄せていることがわかって、私は申し訳ない気持ちになった。
「私は、エセキアスに信用されてない。近づけるのは公務の時だけ、でも公務の間も、エセキアスは大勢の護衛に護られている。とてもじゃないけど、暗殺なんて無理よ」
エセキアスは警戒心が強く、常に護衛をはべらせている。エレアノールならともかく、望まない妻である私の接近を、許すはずがなかった。
「それに――――エセキアスの一番怖いところは、追いつめたら、何をするかわからないところよ。・・・・あいつのドラゴンレーベンの力は、すべてを焼き尽くすわ」
瓦礫の合間を爛れた赤が流れ、火の粉と灰が粉雪のように舞う世界。ドラゴンの業火によって撫でられたブランデの町の有様が、脳裏に浮かぶ。
ドラゴンが上空に現れる、その瞬間まで、そこには美しい街並みがあったのに、炎によって一瞬で溶かされた。
――――すべて、エセキアスが一人でやった。たった一人で彼は、自分の国と、カーヌスの長い歴史を終わらせたのだ。
「・・・・オディウム様も、ドラゴンレーベンの力を警戒してたな」
リュシアンが呟く。
「俺達がブランデの中に侵入したら、どうだ? ドラゴンを召喚したら、ブランデの人達まで巻き込むことになるから、召喚できないだろ?」
「・・・・今は、エセキアスは自分のイメージにこだわってるから、そのやり方も通じるかもしれない。――――でもいずれ、通じなくなるわ。味方が近くにいてもお構いなしに、ドラゴンを召喚するようになると思う」
今は良き国王を演じているけれど、エセキアスにとって一番大事なのは、自分の命で、次に自分の矜持だ。だから彼は、自分に従わなくなった国民を、町ごと焼き払った。
「まずは、ドラゴンレーベンの力を、何とかして封じないと。・・・・話は、それからよ」
「だったら、これを使えないかな?」
するとリュシアンが、背負っていたマントのようなものを広げる。
その巨大な布地の中央には、魔法陣が描かれていた。
「この中に王様を閉じ込め、魔法陣を発動させれば、ドラゴンレーベンの力を半永久的に封じることができるんだ」
「へえ、そんな便利なものがあるのね!」
「オディウム様が、なんとかドラゴンレーベンの力を封印できないかと、職人をせっついて、作らせたんだ。こんな風に、水晶玉の中に魔法陣を仕込んだものもある」
リュシアンは今度はポケットから、小さな水晶玉を取り出した。彼はそれを親指と人差し指の間に挟んで、私の目の高さに掲げる。
「これをドラゴンレーベンの紋章に押し当てれば、力を封じることができるらしい。ただこれは、魔法陣に比べると少し効力が落ちる。効果は、一時的なものでしかないそうだ」
その水晶玉はまるで滴のように、透明度が高い。手の平に乗せると、水になって指の隙間から零れてしまいそうだった。
「効果は確かなの?」
「それは・・・・なにせ実験ができないから、確かなことはわからない」
リュシアンの歯切れが、悪くなった。
「そう・・・・でも、仕方がないわね」
ドラゴンレーベンが手元にあるのなら、実際に魔法陣を作動させることで、効果のほどを確かめることができる。でも、ドラゴンレーベンを魔王城に持ってくるのは不可能だ。
「ボスの身分なら、それを装飾品に加工して、身に付けても怪しまれないんじゃない?」
「ええ、これなら、装飾品として持ち歩けそうね」
職人に依頼して、金か銀の鎖を付けてもらえれば、ブレスレットにもネックレスにも、イヤリングにも加工できるだろう。かなり汎用性が高い代物だ。
「だけど、こんなに便利なものがあるのに、どうしてオディウムはこれを使おうとしなかったの?」
「そ、それは・・・・」
リュシアンはばつが悪そうに笑う。
「・・・・密偵にこれを持たせて、オレウム城に送り込んだこともあるんだ。だけどエセキアスが予想以上に警戒心が強かったから、まったく近づけなかったらしい」
「・・・・計画倒れじゃない」
せっかくこんな便利な道具を、職人が試行錯誤をして作り出してくれたのに、トップの人間がそれを活用できないなんて、あまりにもお粗末すぎる。
なぜ、まず計画を立ててから、それに見合った道具を作らなかったのか。計画もないのに便利な道具だけ求めるなんて、組織の代表がすることとは思えない。
苦労して開発したのに、宝の持ち腐れ状態になって、開発者も落胆しただろう。開発者が気の毒だった。
「それじゃ――――この道具を役立てる作戦を考えなきゃね」
水晶玉を覗き込みながら、そう言った。水晶玉を通して目に入ってくる光の雫に、魅入られてしまいそうだ。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる