魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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26_決意

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「はあー・・・・」


 ようやく解放された私は、競歩の勢いで自室に駆け込むと、即座にベッドに倒れ込んだ。


 ブランデの町の人達は今もまだ、浮かれ、歌い、踊っているようだった。笑い声と歌声が、城まで届いてくる。


 だけど私の胸に、喜びはない。



 ――――国の外にいた魔王は倒せても、この城の玉座に座ったもう一人の魔王が、いずれ国を亡ぼすことを知っているからだ。



「はあ――――・・・・」


 枕に突っ伏して、もう一度溜息を吐き出したところで、羽音がするりと、耳に滑り込んでくる。


 窓に目を向けると、外側の窓枠に、一羽のからすが留まっていた。からすの外見の違いなんて私にはわからないけれど、理知的な瞳を見て、それがムニンなのだと気づいた。


「また、私に会いに来たの?」


 私は窓を開け、ムニンに話しかける。


 ――――オディウムは討伐された。私を魔王城に招待したのがオディウムだとすれば、ムニンがここを訪ねてくる理由は、もうないはずだった。


『魔王様に、伝言を』


 ムニンはくちばしを上げ、黒曜石のような瞳で私を見た。魔王様、という言葉に、心臓が跳びはねる。


「魔王様? オディウムはまだ、生きてるの!?」

『いいえ。オディウムは死にました』


 オディウムが死んだのだと、彼の部下の言葉から確信できて、緊張した反動で私は脱力した。


「だったら、どうして魔王様って呼ぶの? 魔王は死んだんでしょ?」



『――――新しい魔王様が、私の目の前にいらっしゃるからです』



「・・・・へ?」



 その言葉を理解するのに、時間を要した。



「そ、それって、どういう・・・・」


『――――あなたが、新しい魔王になったということです』


 呼吸が止まった。


「ど、どうして私がいつの間にか、魔王ということになってるの!?」

『あなたが、魔王オディウムを倒したからです』

「組織の代表を選ぶのに、そんな雑な選定方法でいいの!?」


 魔王軍と言えども、一応は軍隊の基本に則っているはず。組織の代表を選ぶのに、そんな雑な選定方法でいいのだろうか。


『雑ではありません。我々の世界では、力こそすべて。だから魔王を倒した者が次の魔王になるというのは、非常に合理的な考えなのです』

「それはわかるけど・・・・」


 魔王を倒した者が、魔王になる。――――弱肉強食という基本に乗っ取れば、確かに合理的な判断なのかもしれないけれど、あまりにも原始的すぎる気がした。


 そこで私は、矛盾点に気づく。


「ううん、ちょっと待って。――――力がすべてなら、オディウムに比べて私は貧弱すぎるんだけど、大丈夫なの? 私は巨大化もできないし、身体も固くないし、透明になる能力も持ってないわ」


 するとムニンは、わかっていないと言いたげな吐息を吐き出した。明らかに私を馬鹿にしている態度に、ムッとする。


『単純な物理力だけを、〝力〟の基準とするのは、もはや時代遅れでしょう。身体の強さや魔法力はもちろん、魔王軍を率いる統率力、敵を罠に嵌める発想力、裏工作をする政治力など、様々な要素をひっくるめて、私は〝力〟という言葉を選びました。・・・・その点では、オディウムは不合格でした。彼はあれだけ強力な能力と頑健な肉体を持ちながら、か弱いあなた達にあっさり負けたのですから』


 ムニンの意見を聞いて、私も考えを巡らせた。


 エセキアスのドラゴンレーベンや、オディウムの頑健な身体は、間違いなく大きな戦力だ。それは、誰もが認めるところだろう。


 けれどドラゴンレーベンを持たないエンリケが、スクトゥム騎士団を指揮して、見事、魔王討伐に成功したことからもわかるように、戦いにおいては個人の強さがすべてじゃない。


 ――――指導者の立ち位置にいるのなら、頑健な肉体よりも、的確な指示を出す能力こそ、求められる要素なのかもしれなかった。


「・・・・その判定だったとしても、選ばれるのが私でいいの? だって正確には、魔王を倒したのはエンリケよ?」

『そうですね。この判定基準では、次の魔王に相応しいのはエンリケ・カルデロンということになります。ですが彼は、私達がどう説得しても寝返りそうにないばかりか、寝返りを持ちかけた時点で敵だと見做され、殺されそうなので、次点であなたに決まりました』

「やっぱり雑な選定方法じゃない!」


 それらしい言葉を並べられたから、思わず納得しそうになっていたけれど、次の言葉で我に返った。

 組織の代表を決めるのに、一番が駄目だから、二番で、みたいな軽いノリでいいのかと、問いつめたい気持ちになる。それに、エンリケが駄目だから、という理由で選ばれるなんて、私にとっては屈辱だ。


『とにかく、あなたに魔王になってもらいたいのです』

「とにかくって・・・・ちょっと待ってよ・・・・」


『・・・・もちろん、あなたは、私達の申し出を拒否することもできる』


 睨みつけると、ムニンは呟くように言った。


『それが無難な選択でしょう。カルデロン――――いや、カーヌスの軍事力とドラゴンレーベンの力は、あまりにも強力です。上空から炎の雨を降らす化物の前では、人間など小石に等しい。ましてあなたはたった一人で、助けてくれる人は誰もいない。エンリケ・カルデロンも、あなたを忠誠を尽くすべき主人と見做していたから、今回は助けてくれましたが、国王の命を狙う反逆者だと知れば、態度を変えるはず。彼は、軍人として教育されてきました。真実を知り、彼がどちらにつくかは、我々には予測できない。場合によっては、敵になることもありえるでしょう』


 エンリケの優しい態度を思い出し、胸が痛んだ。


 味方が誰もいない中、エンリケの優しさに助けられた。でも彼が優しく接してくれたのは、私が、彼が仕えるべき王妃だったからだ。私がエセキアスに逆らった後も、彼が私に優しいままでいてくれるとは思えない。


『何も聞かなかったふりをして、物言わぬ王妃に戻り、国王の横暴な振る舞いを横目に、北の塔に閉じこもる。そうすればあなたは、狂王きょうおうが国を亡ぼす、その瞬間まで、短い生を謳歌することができるでしょう。その生き方を選ぶのは、容易いことです』

「・・・・・・・・」

『だけどあなたが保有している前世の知識と、魔王軍の軍事力を組み合わせれば、カルデロン家の呪いとも戦うことができる。――――選択するのは、あなただ』

「私・・・・」


『魔王になる道を選ぶというのならば、明日、我らの居城きょじょうにおいでください。――――そこで、新たな魔王の戴冠式を執り行いましょう』


 ムニンは一方的に語り、身を翻すと、あっさりと飛び去ってしまった。


 ムニン達は、私に魔王になるという選択を強制するつもりはないようだ。


(・・・・どうする?)


 窓枠に置いたこぶしを、ぎゅっと固める。


 ムニンの言う通りだ。何も知らなかったふりをして、王妃に戻ることは、容易いことだろう。


 前世の知識を活用して、エセキアスを怒らせないよう、そもそもエセキアスに近づかないよう、北の塔に閉じこもっておけば、狂王きょうおうとなったエセキアスが国を亡ぼす瞬間までは、平穏に暮らせるはず。


 ――――でもそれは、私が望んだ生き方じゃない。


(・・・・だけど、魔王になったところで、私に何ができる?)


 私には戦う力も、戦術や軍を統率する知識も、政治力もない。身分だけで王妃に選ばれた、ただの小娘だ。


 そんな女が、魔王を名乗ったところで、何を変えられるというのだろうか。


 結局何もできずに、エセキアスのドラゴンレーベンの力に踏み潰されるだけかもしれない。


(だとしても――――)



 ――――そうだとしても、生きているかぎり抵抗しよう。



 戦う覚悟を固め、私は空を睨みつけた。

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