魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
26 / 118

25_もう解放して

しおりを挟む


 それから半時間後、城内の片隅にある部屋に、カルデロンの親族が集まっていた。


 城の中に入れば、休ませてもらえる。――――それが甘い願いであったことを、今、私達は思い知っている。


 休ませてもらえたのはほんの数時間だけ、その後報告のために私とエンリケは、今度は親族の前に引きずり出されていた。


 一族といっても、カルデロンの血縁者は本当に少ないので、その場に集ったのはエセキアスと私、エンリケ、そしてエセキアスの叔母上のバルバラ様と、その娘のキーラ様だけだ。


「あなたは本当にすごいわ、エンリケさん」


 バルバラ様とキーラ様も、上機嫌だった。


 一方エセキアスは、さっきの歓待ぶりが嘘のように今は黙りこくり、私達に背中を向けている。壁のほうを向き、微動だにしないその背中が、話しかけるなと私達を威圧していた。


「本当に、あなたは勇敢な人よ」

「もったいないお言葉です」


 エンリケは怠け者だと噂されていたけれど、疲れを見せずにご婦人方の相手をしているところを見ると、そつがない人だとも思う。


「まさか、初夜の翌日に行方不明になる、困ったお妃様を捜しに行って、魔王を倒してしまうなんて――――本当にすごい人だわ」

「・・・・・・・・」

 エンリケへの褒め言葉――――と見せかけて、私への嫌味を混ぜる部分に、バルバラ様の性格が表れている。くすくすと笑うキーラ様も、お母様によく似ていた。


「あなたも無事でよかったわ、ルーナティアさん」

「・・・・ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」


 私もエンリケを見習い、そつがない答えを返しておくことにした。


「それで、聞きたいんだけど」


 バルバラ様は、持っていたカップをソーサーに戻した。



「――――あなた、どうして城を抜けだしたりしたの?」



 ――――城に帰還後の最大の難関は、唐突に訪れる。



(どうしよう・・・・)


 この段階になってもまだ、私はみんなを納得させられる言い訳を用意できていなかった。


 アルフレド卿達の前で、覚えていないと答え、その時はエンリケのフォローもあり、追及されなかったものの、記憶がないという雑な言い訳で、バルバラ様達も同じように納得してくれるだろうか。


「どうしたの、ルーナティアさん。・・・・あなたまさか、何も覚えていない、なんて言いだすつもりじゃないでしょうね?」


 バルバラ様達の目に宿る疑惑が、濃くなったように見えた。


「その通りです、バルバラ様。ルーナティア妃殿下は、何も覚えていらっしゃらないようなんです」


「え?」


 エンリケが代弁してくれたことに、バルバラ様達だけじゃなく、私まで面食らう。


「おそらく魔王の力で、操られていたのではないでしょうか?」

「あ、操られて・・・・?」

「そうでしょう、ルーナティア妃殿下」

「え? そ、そうなの・・・・」


 私は反射的に頷いてしまっていた。


 私に注目が集まる。突き刺さる視線で、もう後戻りはできないと悟り、腹をくくった。


「め、目覚めたら森にいて・・・・ものすごく寒くて・・・・自分の身に何が起こったのか、わからなかったんです。で、でも、今のエンリケの言葉で、納得できました。私はきっと、魔王に操られていたんですね」


 演技は、得意じゃない。だから表情を読み取られないよう、顔を伏せて、泣くふりをする。

 そのせいでバルバラ様達の反応を窺えず、沈黙だけが返ってきた時は、本当に生きた心地がしなかった。


「だ、だけど、魔王が人を操る力を持っていたなんて、初耳だわ。どうして今まで、その力を使わなかったのかしら?」

「え、えっと・・・・」

「チャンスを逃さないよう、機会を窺っていたのではないでしょうか。国王が結婚したと聞いて、花嫁を、国王を呼び寄せるための道具に使おうとしたのかもしれません」


 しどろもどろになる私の代わりに、エンリケが嘘を補強してくれた。


「・・・・・・・・」


 バルバラ様の表情を、そっと窺う。


 まだ、半信半疑のようだった。


「でなければ、今までほとんどブランデを出たことがないお嬢様が、単独で白煙の樹海までたどり着けるはずがないでしょう」


「それもそうね・・・・」


 あと一押しとばかりに、エンリケが言葉を重ねると、意外にもバルバラ様は納得してくれた。


「ルーナティアさんは大人しい方だものね。操られでもしないかぎり、自発的に城を抜け出すとは思えないわ。しかもよりにもよって、危険だと噂されている白煙の樹海に向かうなんて・・・・悪しきものの意思によって、動かされたと考えるのが妥当だわ」


「・・・・・・・・」


 なんだか色々な要素が、うまい具合に噛み合ってくれたようだ。大人しい、存在感が薄い、という評価に今まで苦しめられてきたけれど、ここでその評価が役立つなんて、人生は本当にわからないものだと思う。


 言い訳が思いつかず、ずっと目を泳がせていたけれど、それでようやく、胸を撫で下ろすことができた。


「しかし、魔王にそんな力があるなんて・・・・恐ろしいわね」

「でも、もう安心です。魔王は倒したんですから」

「それもそうね」


 バルバラ様も、頬を緩ませる。


「それでは、エンリケさん。魔王討伐の経緯を聞かせてもらえないかしら?」


 話題がエンリケの魔王討伐のことに移り、ようやく私は視線からも解放された。


 エンリケの話で、場はとても盛り上がる。エセキアスは面白くなかったのか、いつの間にか退室していた。


(エンリケはどこまで知っているんだろう?)


 エンリケにも結局、白煙の樹海に行った理由は話せなかった。


 なのにどうして彼は、私の嘘に合わせてくれたのか。


(エンリケにお礼を言いたいけれど・・・・)


 エンリケは私の命だけじゃなく、私の立場まで守ってくれた。お礼を伝えたいけれど、二人きりにならないと言えない。


「ルーナティアさん、あなた、さっきから全然喋らないのね」


 ぼんやりしていると、バルバラ様に話しかけられた。


「ええ、あの・・・・疲れていて」

「さぞかしお疲れでしょう。部屋で休んでください」


 エンリケが、口添えしてくれた。


「そうね。あなたは部屋で休んできなさい」

「ええ、そうさせてもらいます。それでは」


 立ち上がり、一礼してから、私は部屋を出た。


 解放されるとどっと疲れが押し寄せてきて、私は扉の前から一歩も動けなくなってしまう。



「・・・・まったく、ルーナティアさんは相変わらず暗いわね。話している私達まで、暗い気持ちにさせられてしまうわ」

「駄目ですよ、お母様。聞こえてしまいますよ」


 部屋の中から、バルバラ母娘の会話が聞こえてきて、さらに憂鬱な気持ちにさせられる。


「暗い? そうでしょうか?」


 だけどエンリケの声が、バルバラ母娘の会話を遮ってくれる。


「白煙の樹海からここに戻るまで、妃殿下と話をしましたが、暗いという印象は受けませんでした」

「そうなの? だってあの子、あんなに口数が少なかったじゃない」

「人見知りな一面もあるんでしょう。信頼できると思った相手の前では、雄弁なんだと思います」

「・・・・・・・・」


 エンリケは色々助けてくれただけじゃなく、私の代わりに、バルバラ母娘に嫌味まで返してくれたようだ。


 エンリケには、感謝してもしきれない。


 エンリケにお礼を伝えられないことを歯がゆく思いながら、私は足音を消して、そっと扉から離れた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...