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25_もう解放して
しおりを挟むそれから半時間後、城内の片隅にある部屋に、カルデロンの親族が集まっていた。
城の中に入れば、休ませてもらえる。――――それが甘い願いであったことを、今、私達は思い知っている。
休ませてもらえたのはほんの数時間だけ、その後報告のために私とエンリケは、今度は親族の前に引きずり出されていた。
一族といっても、カルデロンの血縁者は本当に少ないので、その場に集ったのはエセキアスと私、エンリケ、そしてエセキアスの叔母上のバルバラ様と、その娘のキーラ様だけだ。
「あなたは本当にすごいわ、エンリケさん」
バルバラ様とキーラ様も、上機嫌だった。
一方エセキアスは、さっきの歓待ぶりが嘘のように今は黙りこくり、私達に背中を向けている。壁のほうを向き、微動だにしないその背中が、話しかけるなと私達を威圧していた。
「本当に、あなたは勇敢な人よ」
「もったいないお言葉です」
エンリケは怠け者だと噂されていたけれど、疲れを見せずにご婦人方の相手をしているところを見ると、そつがない人だとも思う。
「まさか、初夜の翌日に行方不明になる、困ったお妃様を捜しに行って、魔王を倒してしまうなんて――――本当にすごい人だわ」
「・・・・・・・・」
エンリケへの褒め言葉――――と見せかけて、私への嫌味を混ぜる部分に、バルバラ様の性格が表れている。くすくすと笑うキーラ様も、お母様によく似ていた。
「あなたも無事でよかったわ、ルーナティアさん」
「・・・・ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
私もエンリケを見習い、そつがない答えを返しておくことにした。
「それで、聞きたいんだけど」
バルバラ様は、持っていたカップをソーサーに戻した。
「――――あなた、どうして城を抜けだしたりしたの?」
――――城に帰還後の最大の難関は、唐突に訪れる。
(どうしよう・・・・)
この段階になってもまだ、私はみんなを納得させられる言い訳を用意できていなかった。
アルフレド卿達の前で、覚えていないと答え、その時はエンリケのフォローもあり、追及されなかったものの、記憶がないという雑な言い訳で、バルバラ様達も同じように納得してくれるだろうか。
「どうしたの、ルーナティアさん。・・・・あなたまさか、何も覚えていない、なんて言いだすつもりじゃないでしょうね?」
バルバラ様達の目に宿る疑惑が、濃くなったように見えた。
「その通りです、バルバラ様。ルーナティア妃殿下は、何も覚えていらっしゃらないようなんです」
「え?」
エンリケが代弁してくれたことに、バルバラ様達だけじゃなく、私まで面食らう。
「おそらく魔王の力で、操られていたのではないでしょうか?」
「あ、操られて・・・・?」
「そうでしょう、ルーナティア妃殿下」
「え? そ、そうなの・・・・」
私は反射的に頷いてしまっていた。
私に注目が集まる。突き刺さる視線で、もう後戻りはできないと悟り、腹をくくった。
「め、目覚めたら森にいて・・・・ものすごく寒くて・・・・自分の身に何が起こったのか、わからなかったんです。で、でも、今のエンリケの言葉で、納得できました。私はきっと、魔王に操られていたんですね」
演技は、得意じゃない。だから表情を読み取られないよう、顔を伏せて、泣くふりをする。
そのせいでバルバラ様達の反応を窺えず、沈黙だけが返ってきた時は、本当に生きた心地がしなかった。
「だ、だけど、魔王が人を操る力を持っていたなんて、初耳だわ。どうして今まで、その力を使わなかったのかしら?」
「え、えっと・・・・」
「チャンスを逃さないよう、機会を窺っていたのではないでしょうか。国王が結婚したと聞いて、花嫁を、国王を呼び寄せるための道具に使おうとしたのかもしれません」
しどろもどろになる私の代わりに、エンリケが嘘を補強してくれた。
「・・・・・・・・」
バルバラ様の表情を、そっと窺う。
まだ、半信半疑のようだった。
「でなければ、今までほとんどブランデを出たことがないお嬢様が、単独で白煙の樹海までたどり着けるはずがないでしょう」
「それもそうね・・・・」
あと一押しとばかりに、エンリケが言葉を重ねると、意外にもバルバラ様は納得してくれた。
「ルーナティアさんは大人しい方だものね。操られでもしないかぎり、自発的に城を抜け出すとは思えないわ。しかもよりにもよって、危険だと噂されている白煙の樹海に向かうなんて・・・・悪しきものの意思によって、動かされたと考えるのが妥当だわ」
「・・・・・・・・」
なんだか色々な要素が、うまい具合に噛み合ってくれたようだ。大人しい、存在感が薄い、という評価に今まで苦しめられてきたけれど、ここでその評価が役立つなんて、人生は本当にわからないものだと思う。
言い訳が思いつかず、ずっと目を泳がせていたけれど、それでようやく、胸を撫で下ろすことができた。
「しかし、魔王にそんな力があるなんて・・・・恐ろしいわね」
「でも、もう安心です。魔王は倒したんですから」
「それもそうね」
バルバラ様も、頬を緩ませる。
「それでは、エンリケさん。魔王討伐の経緯を聞かせてもらえないかしら?」
話題がエンリケの魔王討伐のことに移り、ようやく私は視線からも解放された。
エンリケの話で、場はとても盛り上がる。エセキアスは面白くなかったのか、いつの間にか退室していた。
(エンリケはどこまで知っているんだろう?)
エンリケにも結局、白煙の樹海に行った理由は話せなかった。
なのにどうして彼は、私の嘘に合わせてくれたのか。
(エンリケにお礼を言いたいけれど・・・・)
エンリケは私の命だけじゃなく、私の立場まで守ってくれた。お礼を伝えたいけれど、二人きりにならないと言えない。
「ルーナティアさん、あなた、さっきから全然喋らないのね」
ぼんやりしていると、バルバラ様に話しかけられた。
「ええ、あの・・・・疲れていて」
「さぞかしお疲れでしょう。部屋で休んでください」
エンリケが、口添えしてくれた。
「そうね。あなたは部屋で休んできなさい」
「ええ、そうさせてもらいます。それでは」
立ち上がり、一礼してから、私は部屋を出た。
解放されるとどっと疲れが押し寄せてきて、私は扉の前から一歩も動けなくなってしまう。
「・・・・まったく、ルーナティアさんは相変わらず暗いわね。話している私達まで、暗い気持ちにさせられてしまうわ」
「駄目ですよ、お母様。聞こえてしまいますよ」
部屋の中から、バルバラ母娘の会話が聞こえてきて、さらに憂鬱な気持ちにさせられる。
「暗い? そうでしょうか?」
だけどエンリケの声が、バルバラ母娘の会話を遮ってくれる。
「白煙の樹海からここに戻るまで、妃殿下と話をしましたが、暗いという印象は受けませんでした」
「そうなの? だってあの子、あんなに口数が少なかったじゃない」
「人見知りな一面もあるんでしょう。信頼できると思った相手の前では、雄弁なんだと思います」
「・・・・・・・・」
エンリケは色々助けてくれただけじゃなく、私の代わりに、バルバラ母娘に嫌味まで返してくれたようだ。
エンリケには、感謝してもしきれない。
エンリケにお礼を伝えられないことを歯がゆく思いながら、私は足音を消して、そっと扉から離れた。
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