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24_白々しい歓迎
しおりを挟む「団長! ルーナティア妃殿下!」
門の前で待っていると、追いついてきたアルフレド卿達と合流することができた。
「来たか――――」
エンリケはアルフレド卿達に笑顔を向けようとして、絶句する。
アルフレド卿達は、群衆を掻きわけ、ここに到達するまでに、残っていた体力を使い果たしてしまったらしく、全員、魂が抜けたような顔になっていた。
アルフレド卿の完璧な髪型は、魔王との激戦でも決して崩れなかったのに、今では毛が空を目指して逆立っている。
「と、突破に苦労したようだな・・・・」
「疲れたよ、本当に・・・・」
「城に入って、今度こそゆっくり休もう」
「ああ、そうしよう・・・・」
猫背になりながら、私達は城の門をくぐった。
――――だけど城内に入るなり、拍手喝采が津波のような勢いでぶつかってきた。
「え・・・・?」
目の前の光景に、私達は呆然とする。
城まで真っ直ぐ続く道の両側には、閣僚や役人がずらりと並んでいた。
エンリケが魔王を討伐したこと、脱走した王妃を連れ戻したという報せは、すでに城まで届いていたらしい。彼らはエンリケや彼に従って偉業を成し遂げた騎士達を出迎えるために、拍手をしている。
「・・・・こりゃ、すげえ歓待ぶりだな」
「・・・・俺達の今までの扱いが扱いだったから、この手の平返しは、なんか不気味だ。舞い上がってたけど、なんだか現実に引き戻された感じ」
異様とも呼べる歓待ぶりに、スクトゥム騎士団の騎士達はついに不気味な気配すら感じはじめたようだ。
「団長! 俺達、もう疲れましたよ~! 倒れそうですぅ!」
「魔王戦の直後ですよ! なのにどうしてみんな、俺達を休ませてくれないんですか! もうちょい、気遣いがあっていいはずでしょ!」
「泣き言を言うんじゃない、税金で食ってるんだから、サービスも俺達の仕事のうちだ!」
泣きそうになっている部下達を、エンリケは必死になって励ましていた。
「と、とにかく、競歩の速度でこの道を駆け抜けるんだ。人目がなくなるまでは、意地でも笑顔を維持しろ。わかったな?」
「・・・・はい・・・・」
エンリケの指示に従うために、騎士達は無理やり笑顔を作る。
それは仮面のような不気味な表情だったけれど、喜ぶ役人達は気づいていない様子だ。
そして私達はエンリケに言われた通りに、引きつった笑顔を振りまきながら、荊の道を競歩の速度で駆け抜ける。
――――終点の扉が見えたけれど、そこには〝あの人〟の姿があった。
(エセキアス――――)
夫となった人の姿を見て、私の呼吸は止まっていた。
(言い訳・・・・言い訳を考えないと!)
この脱走劇の終点を目前にして、私はまだ言い訳を用意できていないことに気づき、慌てて考えようとする。だけど頭は真っ白で、冷静に考えられなかった。
――――エセキアスの顔には、完璧な笑顔が浮かんでいた。
でも彼のその笑顔が、私の身体から体温を根こそぎ奪っていく。
前の人生で、何度もあの笑顔と対峙してきたから、わかる。
――――エセキアスは激怒している。何にたいして怒っているのかはわからないけれど、この状況だと、私の脱走に怒っていると考えるのが妥当だ。
(・・・・また、殴られるの?)
二人きりになったら、あの悪夢の夜のように、何度も、何度も、顔が腫れ上がるまで殴られるのだろうか。泣いても、謝っても、止まらない暴力に晒されるのだろうか。
(・・・・怖い)
雷のような恐怖に足が竦み、私は前に進めなくなってしまった。
――――息ができない。空気を吸い込んでいるはずなのに、呼吸をしているという感覚がない。聴覚までおかしくなったのか、まわりの物音が拾えなくなっていた。
「・・・・ルーナティア妃殿下?」
突然、私が立ち止まったことを不思議に思ったのか、エンリケが顔を覗き込んでくる。
それでも私は恐怖に支配され、エセキアスから視線を外せなかった。
(足を、前に出さなきゃ・・・・!)
足を前に出して、歩かなければ――――でもどうしても、身体が動かない。視線をエセキアスのあの笑顔から、引き剥がすことができなかった。
「ルーナティア妃殿下、こっちを見てください」
――――エンリケの大きな手の平が、私の視界を遮る。エセキアスの顔が見えなくなると、金縛りも解けた。
「・・・・!」
同時に、膝裏に軽い衝撃があって、私はその場に崩れ落ちる。
「妃殿下! 大丈夫ですか!?」
少し大げさに言いながら、エンリケが私の背中を支えてくれた。何が起こったのかわからず、エンリケを見上げると、彼は笑顔を返してくれる。
「・・・・とりあえず、俺の言うことに、適当に合わせてください」
小声でそう言われたので、小さく頷いた。
「妃殿下は一体、どうされたんだ?」
すぐさま、アルフレド卿が近づいてくる。
「疲れで、動けなくなったみたいだ。でしょう、妃殿下」
「え、ええ、疲労で足が動かなくて・・・・」
「仕方ない、俺が運ぼう」
「・・・・!」
エンリケが、私を抱え上げてくれた。
エンリケは扉の前まで私を運び、エセキアスの前で立ち止まる。そしていったん私を下ろしてから、エセキアスの前に跪いた。
「よく戻った、エンリケ」
「陛下、私は陛下に、釈明しなければならないことがあります」
その言葉で、一気に緊張感が高まった。
「一刻の猶予もないと判断し、陛下の指示を仰がないまま、白煙の樹海に向かいました。すべては私の独断であり、部下達は指示がないまま動いていることを知りませんでした。ですから、罰を下すならばどうか、私一人だけにしてください。いかなる処罰も、受ける所存であります」
「立て、弟よ」
エセキアスは自ら手を貸し、エンリケを立たせる。
「お前は私の妻を、魔王のもとから救出してくれたばかりか、数百年間誰も討ち果たすことができなかった魔王を、討伐してくれた。賛美することはあれ、罰することなどできるはずがない」
「・・・・・・・・」
「お前は俺の自慢の弟だ、エンリケ」
「身に余る光栄に存じます」
兄弟は笑い合い、握手する。
閣僚達はそのタイミングで、再び手を打ち鳴らし、歓声が沸き起こった。
――――すべてが喜劇のように、白々しかった。
(・・・・なんて、滑稽なの)
拍手を送りながらも、心の中は冷え切っていた。
エセキアスの目を見て、彼の怒りが、エンリケに向けられていることがわかった。
エンリケが国王である自分の許しを得ずに、勝手に騎士団を動かしたことに怒っているのか、それとも偉業を成し遂げ、民衆の賞賛を一心に浴びているエンリケに、嫉妬しているのだろうか。
エセキアスの性格を考えると、後者の可能性が高い。
だけど、エセキアスはプライドが高いから、弟にたいして嫉妬心を剥き出しにしていると、まわりには知られたくないのだろう。だからみなの前では弟を賞賛し、寛大な心を持つ国王を演じている。
兄のその態度が演技であることは、エンリケも重々承知のようだ。
その時のエンリケの笑顔も、張り付いたように白々しかった。
「素晴らしいです、陛下!」
閣僚の一人が、声を上げる。
「聡明な陛下と、勇猛果敢な騎士団長! プローディトル英雄王の再来を思わせるようなお二人がいらっしゃれば、カーヌスの平和は永遠に続くことでしょう!」
「国王陛下、万歳! カルデロン騎士団長、万歳! カーヌス神聖王国、万歳!」
合唱を背中で聞きながら、私達は逃げるように城内に駆け込む。
少しでも早くその声を遮断したかったのか、エンリケは素早く扉を閉めた。
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