魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
22 / 118

21_苦しすぎる言い訳_前編

しおりを挟む

 遠くの山並みがぼんやりと明るくなり、薄明はくめいの光を私達の足元に投げてくれた。


 まだ弱々しい光は、濁った銀のように、くすんだ色をしている。光を背景に、堂々とそびえたつ町を目指して、私達は足を引き摺って歩いた。


 オディウム討伐後、私達は白煙の樹海を出て、ブランデを目指していた。馬が疲れてしまったため、今は徒歩で帰路をたどっている。


 やがて弱々しかった光は、青々とした瑞々しい朝陽に変化していた。



「妃殿下。ブランデの城門が見えてきましたよ」


 疲れ果てている私を励ますためか、エンリケが声をかけてくれた。


「ブランデまで、もう少しです。お疲れでしょうが、あと少しだけ頑張ってください」

「私は大丈夫よ。気を使わせてしまって、ごめんなさい。・・・・あなた達のほうこそ、大丈夫?」


 確かに私は、今すぐベッドに倒れたいほど疲れているけれど、逃げまわっていた私よりも、オディウムとの戦闘で矢面に立たされたエンリケ達のほうが、疲労は何倍も濃いはずだ。

 特にエンリケは単独で、オディウムと渡り合っていた。この中で一番疲れているはず。


「まあ、疲れていますが・・・・まだ、なんとか大丈夫です」

「驚いたわ。まさか、あのオディウムと単独で渡り合える人間がいるなんて」

「あれを単独で渡り合えたと言っていいのかどうかわかりませんが・・・・森という障害物が多い場所で、相手が巨大で鈍重どんじゅうだったことが、こちらにとっては有利に働きました」


 鈍重どんじゅう――――だっただろうか。確かにオディウムは、膨れ上がった身体を重そうに引きずっていたけれど、巨漢の割には、驚くほど素早かった。エンリケほどの達人になると、あの動きものろく感じるということなのだろう。


「・・・・本当に驚いた。あなた、本当に強かったのね。でもあんな動きをして、靭帯を痛めたりしてない?」


「妃殿下、エンリケのことなら、心配いりませんよ」


 アルフレド卿が、会話に入ってきた。


「これでも、カルデロン家の男子です。身体能力が人間離れしていて、すでに十歳になるかならないかぐらいの年齢で、熟練の兵士達と渡り合っていましたからね。森で魔物と出くわした時も、あっさりと倒していました」


 カルデロン家の男子と言えば、ドラゴンレーベンばかり注目されがちだけれど、身体能力が高いことでも有名だ。

 プローディトルは、ドラゴンレーベンの力を手に入れる前から、人間離れした力で戦士として名を馳せていたそうだから、もともと戦士として優れた血筋だったのだろう。


「エンリケがこんなに強かったなんて、知らなかったわ・・・・」

「よほどのことがないと、本気を出しませんからね。常日頃から、どうやって面倒な仕事を回避するか、そればかりに腐心している男です」

「・・・・それはそれで、騎士としてどうなの?」

「はは、でもそれで、なんとかうまくいってますよ」


 エンリケは笑っていた。


 もしかしたらエセキアスも、兵士としての素質は高いのかもしれない。

 ただエセキアスの場合、国王という立場や本人の性格上、エンリケ以上に、個人的な力を発揮する機会は少ない。今後も、エセキアス個人の兵士としての素質を、私達が知ることはないだろう。


「・・・・本当にごめんなさい。あなた達に迷惑をかけてしまって・・・・」


 もう何度目になるかわからないけれど、私は謝罪の言葉を口にした。


 ――――このままでは、破滅が待っている。それを避けたくて、藁にも縋る思いで脱走し、魔王城を目指した。


 まさか、エンリケ達がこんなに早く、私の居場所を突き止めるなんて、思っていなかった。エンリケ達を巻き込んでしまったことを申し訳なく思い、反省している。


「――――本当にありがとう」


 エンリケ達の助けがなければ、私は魔王城に囚われ、真実と引き換えに、自由を奪われていただろう。その後、どんな扱いを受けることになったのか、想像するだけで背筋が寒くなる。


「気にしないでください。妃殿下をお助けすることが、俺達の役目ですから」


 エンリケは笑顔で、そう言ってくれた。


「・・・・妃殿下、ブランデに戻る前に、あなたに聞いておかなければならないことがあります」


 会話の途中でアルフレド卿が、妙にあらたまった様子で話しかけてきた。


「――――なぜ、城を抜け出したのですか?」



 恐れていた瞬間が訪れ、私は息ができないほど緊張し、同時に自分のミスに気づいた。


 疲労で思考力が鈍っていたことと、この騒ぎに気を取られて、私は言い訳を用意するのを忘れてしまっていたのだ。どうして城から抜け出したのか、どうして白煙の樹海に向かったのか――――その問いかけにたいする答えを、私は用意していない。


 そもそも脱走して白煙の樹海という危険な場所に踏み込み、魔王と遭遇したというこの状況では、どんな言い訳も不自然に聞こえるはずだ。



「その・・・・よく覚えていないの・・・・」


 そう答えるしかなかった。


「き、気づいたら、白煙の樹海にいて、魔物に取り囲まれて――――魔王城に連れていかれたの」


 自分でも、苦しい言い訳だということはわかっている。


 だけどそれらしい嘘を用意して、後で細かい点を指摘されてボロを出すよりも、何も覚えていないという嘘のほうがいいと思えたのだ。


「・・・・本当に、何も覚えていないんですか?」


 アルフレド卿やエンリケの視線が、横顔に突き刺さるのを感じる。


「・・・・ええ、本当に覚えてないの」


 言い張るしかないと、私は腹をくくった。


 この手の言い訳は、相手の疑心を払拭できないものの、嘘だと断じることもできないという利点もある。私は、それに賭けた。


「そうですか・・・・」


 私の思惑通りに、アルフレド卿達は腑に落ちない顔をしながらも、それ以上は追及せずにいてくれた。


「本人が気づかないうちに、魔王がいる場所へ導かれていたという可能性もある。魔王の力で、誘導したのかも」


 そうフォローしてくれたのは、エンリケだ。まさかエンリケが助けてくれるとは思わず、私は目を瞬かせる。


「魔王に操られていたということか? まさか、そんな・・・・」

「ありえない、とは言い切れないだろ? 魔王軍の動きを探っていた国軍ですら、魔王が白煙の樹海にいることを知らなかった。妃殿下が逃げた先で、偶然魔王に出くわすなんて、考えられるか?」

「それは・・・・確かに奇妙だが・・・・」

「まさか、魔王に呼ばれて、ほいほいついていくはずもないしな・・・・」


 リノと呼ばれていた騎士の呟きに、ぎくりと肩が強ばってしまう。



 幸い、私の反応に気づく人はいなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

処理中です...