魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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20_レベルが足りなくて負けそう

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「団長! どうしますか!?」


 部下達は、エンリケの判断を待っていた。


「いったん引くぞ!」


 エンリケは私を抱え上げると、走り出した。スクトゥム騎士団の部下達も、後をついてくる。


 森という障害物が多い場所では、小柄な私達のほうが有利なはず。


 なのに、オディウムを引き離すことはできなかった。


 木々という障害物では、オディウムを止められなかったからだ。木々がへし折られていく振動と音が、私達の背後に付きまとった。


「団長! このままでは、追いつかれます!」

「わかってる! もうすぐ――――」


 エンリケが何か言いかけた瞬間、突然、木々の柵が途絶え、開けた場所に出た。


 目の前に、湖が広がっていた。


 楕円形の湖の中央に、小さな島のような中洲が見える。


「ついてこい」


 エンリケは細い泥の道を通り、中洲に入った。一歩進むたびに、エンリケの足が泥の中に沈み込み、糸を引くようなさざめきが後方に伸びていく。


「俺の後ろにいてください」


 中洲に上がると、エンリケは私を下ろし、そう言った。


「に、逃げないの?」


「ここで迎えうちます」


 全員が中洲に到達したところで、森の入口に立っていた木々が、吹き飛ばされた。飛び去っていく鳥達の羽音を聞きながら、折れた木々が湖に沈んでいく。

 歯が抜けたように、空洞になった場所から、オディウムがのそりと顔を出した。


「全員、火矢の用意を」


 エンリケの指示で、団員達はまず盾を降ろし、それから背負っていた弓を手に取って、矢筒から矢を抜いた。アルフレド卿が、油紙にいつでも火を灯せるよう、火の魔法で低木に火をつけ、焚火代わりにする。


 湖に足を踏み入れるなり、オディウムはまたしても透明化の能力を使い、姿を消してしまった。だけど姿が見えなくても、彼が近づいてくる気配は、空気の流れから感じ取れる。


 ――――そこで私は、エンリケの狙いに気づいた。



「そこだ! 矢を射れ!」


 エンリケが腕を振るった方向に、騎士達は火矢を放つ。


 矢は対岸へ飛んでいくはずだったけれど、到達点に達する前に、手前の虚空で、何かに突き刺さる。



 絶叫が響きわたり、森の景色が歪む。火矢が透明化したオディウムに当たったことがわかった。



「湖面を見ろ! 姿が見えなくても、重さは隠せない!」


 オディウムは身体を透明にできても、体重まで消すことはできない。だからオディウムが移動すれば、穴が開いたように水面が窪み、さざめく。


 エンリケが湖の中洲を陣地に選んだのは、水面の波紋でオディウムの位置を知ることができるからだった。


「十二時の方向に放て!」


 次々と矢が放たれる。


 火矢が命中するとオディウムの呻き声が聞こえるので、ダメージは与えられているようだけれど、それも微々たるものに感じた。おそらく、矢程度の衝撃では、オディウムを仕留められないだろう。


 私は土嚢袋をおろすと、中から爆弾を取り出して、芯に火を灯した。


「私も戦います!」

「妃殿下は下がっていて――――」


 制止を振り切って、前に出た私は、さざめきの中心部めがけて、爆弾を投擲した。


 爆弾は湖面に落ちることなく、宙で跳ね返った。オディウムの身体にぶつかったのだろう。


 そこで爆弾は起爆し、光と爆音が飛散した。灰色の煙が、湖面の上に薄い壁を形成した。


「やった!」


 成功した、と喜んだのも一瞬のこと、視界が晴れると、無傷のオディウムの姿が確認できた。


 爆弾が命中したと思われる場所には、焦げ跡が残っていたものの、すぐにそれも消えてしまう。――――爆弾の威力をもってしても、オディウムの硬質な外皮がいひには、傷一つ残せなかったのだ。


「し、信じられない固さだ・・・・」

「くそ・・・・! 奴に弱点らしい弱点があれば・・・・!」


 勝機を見いだせず、スクトゥム騎士団の人達も、焦燥感を滲ませていた。


「・・・・エドアルド」

「なんだ?」

「魔王の頭髪――――一部分だけ、剥げてない?」

「こんな時に何を言ってるんだ、お前は!」

「団長、しっかりしてくださいよ!」


 オディウムの頭髪の、円形脱毛症に見える部分を指差して、馬鹿なことを呟くエンリケに、まわりは非難を浴びせた。


「頭でも打ったんですか!?」

「もしかしたら、あれが弱点かもしれない。頭髪が薄い部分を集中砲火すれば――――」

「嫌がらせにしかならないでしょ!」


 エンリケがおかしなことを口走っている間に、オディウムは再び、姿を消してしまっていた。


「団長、魔王がまた姿を消しました!」

「火矢を放て!」


 再び、エンリケの指示が飛ぶ。


 だけど、騎士達が油を染み込ませた布に火を灯そうとするものの、湿度のせいで着火しない。


「湿気のせいで、火がつきません」

「エドアルド、風を起こして、霧を散らしてくれ」

「わかった!」


 エンリケに支持されて、アルフレド卿が剣を構えた。


 ――――風が、動く。


 勢いを増した風が、私達のまわりを駆け抜けていった。水面にはスカートの襞のようなさざめきが生じ、木の葉も渦に巻き取られていく。


 おかげで霧は散り、弱まっていた火も、勢いを取り戻した。



 ――――火――――そして、風。


 その瞬間、ある作戦が閃いた。



「アルフレド卿! あなたの魔法なら、風の流れも変えられるんですか!?」


 強風に逆らいながら、アルフレド卿に近づくと、彼は瞠目した。


「え、ええ、一瞬なら――――」

「だったら、お願いがあります! 私が合図したら、オディウムに向かって、風を吹き付けてください!」

「何をするつもりですか!?」


 細かく説明する余裕は、今はない。


 風の勢いが弱まると、私は風の影響を受けにくい木立の中に入り、土嚢袋から、あるだけの爆弾を取り出す。そして一本だけ残して、残りの爆弾の蓋を開け、中の火薬を土嚢袋に移していった。


 準備を終え、私はエンリケのところに戻る。


 エンリケ達の正面に、虚空に突き刺さった矢が見えた。透明化したオディウムの身体に突き刺さったその矢が、今は目印になってくれている。


「準備が整いました! アルフレド卿、魔法の風を、思いっきりオディウムにぶつけてください!」


 アルフレド卿は戸惑った様子だったものの、私の頼みを聞き届けて、風を起こしてくれた。


 強風が吹き抜けて、湖面はさざめき、見えないオディウムに波をぶつけていく。



 私はオディウムに向かって、土嚢袋の口を開いた。



 中から吐き出された火薬が、風に運ばれて、オディウムの身体にぶつかっていく。やがれそれは、薄皮のような黒い層になった。



 ――――見えなかったオディウムの身体が、火薬という黒い衣を被り、可視化されたのだ。



「これは――――」


 アルフレド卿達が呆然としている間に、私は、残していた筒型の爆弾の芯に火を灯す。


「これでも食らえ!」


 私が投げた爆弾が、くるくるとまわりながら、オディウムに向かって飛んでいった。火の回転が、光る輪のように目に映る。


 ――――次の瞬間、私は、世界を白く染め上げた光によって、目を射られ、弾けたオディウムの絶叫で、耳を潰されていた。


 瞼を閉じても、強烈な光の色は消えない。しばらくじっとして、その色が消えてから、私は怖々と瞼を開いた。



 湖面の中央に、篝火のような巨大な光の柱が立ち上がっていた。爆弾を浴びて、オディウムは炎に包まれていたのだ。



 オディウムはもがき苦しみ、口から吐き出される絶叫が、木々を、大気を震わせた。巨大な松明のようになった彼の姿が、水鏡を赤く染め上げる。


 だが、彼の強靭な身体は、それでは倒れなかった。炎に焼かれながらも、彼は私達を攻撃するため、火にくるまれた腕を振り下ろそうとしている。



「まずい、下がれ!」


 アルフレド卿の指示で後退する騎士達とは逆に、エンリケだけは、前に出ていた。


 エンリケは再び跳躍して、オディウムの膝を足場にする。


 オディウムはエンリケの身体を手で払い落とそうとしていたけれど、エンリケは攻撃を避けると、その腕すら踏み台にして、オディウムの首の高さに到達した。


 そして、オディウムの喉めがけて、剣を振るう。


 剣を振るいながら、エンリケは魔法の力を解放したらしい。カルデロン家の家紋が刻まれた鍔の拵えが、眩く光り、剣刃は蛇のような炎を纏う。



 ――――剣刃が、オディウムの喉に、深く食い込んだ。エンリケがそれを横に薙ぐと、血の赤い線が真横に引き延ばされ、血飛沫となってばらけていく。



 オディウムの首から散る血飛沫は勢いを増し、エンリケの全身を赤く染め上げた。



「やった!」


 騎士達が歓声を上げる。


「・・・・!」


 一方エンリケには、喜ぶ余裕はなかった。もがき苦しむオディウムの手に弾き飛ばされ、エンリケは湖に落ちる。水飛沫が、彼の姿を隠してしまった。


「エンリケ!」

「団長!」


 悲鳴が上がったけれど、エンリケはすぐに立ち上がり、自分が無事であることを教えてくれた。

 私達は胸を撫で下ろす。


 ――――オディウムの咆哮は、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 オディウムは、墓標のように動かない。炎の勢いは弱まっていたけれど、首から流れでた血の勢いは止まらず、彼の半身を赤く染め上げている。湖は炎の色と、オディウムから流れでた血で、赤い絵の具を流し込まれたような色になっていた。


「・・・・まだ、生きてるのか?」


「――――いや」


 湖から上がってきたエンリケが、私達の隣に並ぶ。


 オディウムはか細い息を吐きながら、一歩、こちらに近づいてきた。


 騎士達が身構えるけれど、エンリケだけは微動だにしなかった。


 オディウムの膝はそこで折れて、彼の身体は湖の中に倒れていく。衝撃で巨大な水柱が立ち、雨のように水滴を散らした。


 その音を最後に、白煙の樹海は静寂を取り戻した。オディウムは二度と動かず、赤く染まった湖に浮かんでいる。



 ――――いくつもの街を焼き払い、大勢の人を殺戮した魔王の、あっけない最期だった。

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