魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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19_いきなり魔王戦

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 オディウムの口が大きく開き、並んだ歯列しれつの奥が、赤く光る。ただれるような、強烈な赤と黄色の光が、洞窟のような喉の奥で明滅した。


「また来るぞ! 盾を・・・・!」



 ――――アルフレド卿が指示を出そうとした直後、軽やかな風が私達の横を駆け抜け、気づくとエンリケの姿が消えていた。



「エンリケ!」


 エンリケはいつの間にか、抜き放った双剣を構え、オディウムに肉薄していた。


 オディウムの膝を足場にして、跳びあがった彼は、オディウムの喉めがけて剣を水平に振り払う。


 オディウムは喉から血を散らしながら絶叫し、吐き出されようとしていた火の名残は、喉の奥に戻っていった。


「やった!」


 アルフレド卿は、こぶしを固く握る。


 まずは一刀、だけどその一撃は、オディウムを仕留めるには浅かった。


 エンリケにもそれはわかっていて、彼は追撃のために、もう一方の腕を振るう。もう一つの剣が生み出した閃光が、しなるように横に伸びた。


「・・・・!」


 だけどその前にオディウムが前足を振るい、エンリケを膝から払い落としていた。エンリケはいったん、後ろに飛びのく。


 オディウムは着地したばかりのエンリケめがけて、前足を振り下ろす。


 エンリケは身を翻しながら攻撃を回避したけれど、爆風の余波までは避けられなかった。風に押され、エンリケの足が地面から離れる。


「エンリケ!」


 だけど、心配は無用だった。



 エンリケは強風に絡めとられながらも、逆にそれを利用して体勢を立て直し、オディウムの前足を撫で切る。



 さらにオディウムから距離を取ると、剣を構え直し、何かを呟いた。


 その瞬間、貝殻のような形をした鍔が、光を放った。赤い光は、枝葉のような文字を形成し、剣の表面を這う。


 その光で、エンリケが魔法を発動したのだと気づいた。



 そして剣刃は炎を纏い、そこから分離した炎の弾が、オディウムめがけて空を斬った。


 火球のほとんどは払い落とされたけれど、いくつかはオディウムに被弾したようだ。強烈な光が弾け、オディウムは絶叫しながら首をのけぞらせる。



 だけどそれらの攻撃では、オディウムの外皮に傷を残すことはできなかったようだ。鱗の隙間に刻まれた傷や、焦げ跡すら、オディウムの回復力には勝てず、数秒後にはあっさりと消えていた。


 だけどオディウムを傷つけることはできなくとも、彼を遠ざけることには成功した。オディウムが払い落とした火球は地面を抉り、私達の間には巨大な溝が生まれていた。



「やったぞ、エンリケ! その調子で狙えば――――」


 喜びの声が途切れる。


 正面に見えていた魔王の身体がなぜか、まるで霧に溶けるように、色を失いはじめていた。


 いや、背景の木々が透過している。オディウムはそこにいるのに、向こう側の景色が透けて見えていた。


「どうなってるんだ!?」


「まさか、魔王が身体を透明にできるという話は、本当だったのか!?」



 オディウムが、肉体を透明にできるという伝説は、真実だったらしい。



 だけど今さら気づいても、遅かった。



 ――――オディウムの身体は、もうほとんど消えかけている。



「まずい、このままだと見失う! エンリケ、完全に消える前に攻撃を・・・・!」


 アルフレド卿が何か言う前に、エンリケは動いていた。


 エンリケはオディウムの首を狙って剣を振り抜いたけれど、剣刃は虚しく霧を切り裂いた。


 すでに、オディウムは完全に透明化し、移動してしまったようだ。


「くそ、完全に姿が消えてしまった!」

「どこだ!? どこに行った!」


 どれだけ目を凝らしても、魔王の姿は見つからない。


「・・・・!」


 光の瞬きを見つけて、私は息を呑んだ。


「あそこにいる!」


 私が危険を知らせたその次の瞬間にはもう、巨大な炎の大波が、私達の身体に被さろうとしていた。


「逃げろ!」


 騎士達は地面に這いつくばり、私もエンリケに抱きかかえられ、低木の影に転がり込む。


「みんな、生きてるか!?」


 炎が消えてから、エンリケが仲間に呼びかけた。


「ああ、無事だ! 怪我した者はいない!」


 無事、全員が炎を避けられたようだ。


 だけど、敵が見えないという問題は解決していない。


「くそ、どうやって魔王を見つければ――――」


「よく見ろ、霧の流れで、奴の動きがわかる。霧の動きに注目するんだ」


 濃密な霧の流れは、まるで蜘蛛の糸のように、可視化されている。その霧が流動し、物体に引っかかって、糸を引くように伸びるのだ。


 だから濃霧の動きを目で追っていれば、わずかに、見えない敵の位置を把握することができた。


「冷静に動けば、対処法はある。霧の動きに目を凝らして――――」


 だけどエンリケが小声で、部下達に指示を出したまさにその瞬間、風が勢いを増した。


「うわっ!」


 風は突風となり、吹き荒れながら木の葉を散らした。騎士達は吹き飛ばされ、木々は傾く。


 私も吹き飛ばされそうになったけれど、エンリケが覆い被さって、自分の体重で、私をその場に留めてくれた。



「全員、無事か!?」


 風の勢いが弱まったので、エンリケが仲間に呼びかける。


「無事です!」

「だけど霧が散って、魔王の位置がわからなくなりました!」


 無事だと聞いて、ほっとしたけれど、オディウムの位置がわからないから、立ち上がることができない。



「オディウムが風を起こして、霧を散らしたのか!」


 オディウムも、霧の流れで位置を特定されると気づいたらしい。霧を散らして、位置を特定されることを避けたようだった。



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