魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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17_スクトゥム騎士団

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「またここに、戻ってくることになるとはな・・・・」


 乳白色の霧にくるまれた森の入口で、俺は一人呟いていた。



 ――――白煙の樹海。ブランデの近場にある森の中で、もっとも危険な森として知られていた。


 先王の時代に、魔王を討伐せよという勅命を受けた討伐軍が、魔王オディウムの捜索のために何度も訪れた森だった。ここは一年中濃霧に支配されている影響で、湿度が高く、中に踏み込むとむせかえりそうになる。



「団長ぅ、またここに入るんですかぁ?」


 憂鬱な気分になっているのは、俺だけじゃないようだ。一緒にここにやってきた、エドアルド、ベルナルド、リノ、フィデルの四人も、うんざりした顔をしている。


「ここじめじめしてて、気持ち悪いんですよ」

「わかってるよ。だが、妃殿下を見つけるためだ。今は我慢してくれ」

「本当に妃殿下が、ここにいると思っているのか?」

「・・・・・・・・」


 エドアルドに問われたが、俺は、いる、と断言することはできなかった。



 ――――エドアルドの調査の結果、ルーナティア妃殿下が結婚式の前日に、雑貨屋で地図を購入していたこと、雑貨屋の店主に、白煙の樹海までの距離を聞いていたことがわかった。


 俺達の推測が正しいなら、ルーナティア妃殿下は白煙の樹海に向かったはずだが――――どうにも腑に落ちない。



「こんな森に、何の用があったんだ?」

「さあ・・・・」


 てっきり俺は、エセキアスの本性を目の当たりにしたルーナティア妃殿下が、夫から逃げるために、カルデロン家の力が及ばない、辺境の町や、山奥の村を目指したのだろうと思っていた。

 だが妃殿下は何を思ったのか、魔物の巣窟である白煙の樹海を、逃亡先に選んだ。


 近隣の住人でさえ、危険だからと近づくことを避けている森を、なぜわざわざ逃亡先に選んだのか、どう考えても腑に落ちない。


「フィデル、ベルナルド、あたりを見てきてくれ」

「わかりました」


 フィデルとベルナルドが動き出す。


「・・・・俺はこんな場所に、妃殿下がいるとは思えないんだが・・・・」


 エドアルドは半信半疑で、森の捜索に積極的じゃなかった。


「結婚が嫌で逃げたのだとしたら、普通はリーベラ家の親族を頼るんじゃないか? 親族が駄目でも、逃走先には、土地勘がある場所を選ぶはず。・・・・妃殿下は、白煙の樹海には一度も来たことがないはずだぞ」

「そのはずなんだが――――調べるしかない。手がかりが示すのは、この場所だけなんだ」

「しかし――――」



「団長!」


 会話の途中で、フィデル達が戻ってきた。


「どうした?」


「少し離れた場所で、木に繋がれた馬を見つけました!」


 その報告で、リノ達はざわめく。


「鞍が付いていて、人懐こいので、飼われていた馬だと思います。断言はできませんが、おそらく妃殿下が連れてきた馬かと・・・・」


 ルーナティア妃殿下がここにいる可能性が高まったことで、団員の気持ちも引きしまったようだ。


「エンリケ」


 エドアルドが俺を見る。

 俺は頷いた。



「捜索を開始する。森に入るぞ!」




     ※     ※     ※



 石壁で囲われた狭い回廊に、私とリュシアンの靴音が高く響く。いつもは気にならない自分の靴音を、その時だけはやけに耳障りに感じた。


 オディウムがスクトゥム騎士団の迎撃に向かったため、置き去りにされた私は、魔王城の地下に監禁されることになったようだ。



 今、リュシアンに先導され、地下に続く長い長い階段を、ひたすら下り続けている。



「・・・・こんな暗い場所に閉じ込められるなんて、気が滅入るわ」


 思わず呟くと、リュシアンが振り返った。


「違うって。閉じ込めるんじゃなくて、あんたが争いに巻き込まれないよう、安全な場所に避難させようとしてるだけだぞ。・・・・ま、連中に、ここを発見できるとは思えないけど」

 確かに、カーヌス軍は何度も白煙の樹海を捜索したにも関わらず、魔王の居城きょじょうを見つけ出せなかった。今回も、スクトゥム騎士団は何も発見できないまま、立ち去る可能性が高い。


「だけど万が一、この城を発見されたら、あなた達はどうするつもりなの?」


「奴らが攻め込んできたら、これで追い返してやるよ!」


 リュシアンが懐から取り出したのは、一本の筒だった。


 蝋燭のように、先端から芯のようなものが飛び出しているけれど、蝋燭にしては太く、筒は木製だった。


「それは何なの?」



「爆弾だよ。中に火薬が詰まってるんだ」



「ば、爆弾!?」


 驚いて、声が裏返ってしまう。


「そんなものどこから持ってきたの!?」

「どこからって――――ここで作ってるんだよ。カーヌス軍と戦うためにな」


 リュシアンの答えは、単純明快だった。


「こ、ここで・・・・?」

「ほら、この部屋で作ってるんだ」


 ちょうど、作業場の前を通っていたらしい。リュシアンが左側の扉を指差したから、私は部屋の中を覗き込む。


 土壁が剥き出しの部屋には、作業台が並べられ、その奥に大量の木箱と、土嚢袋どのうぶくろが積み上げられていた。


 木箱の中には、黒い砂のようなものが、縁から零れそうなほど詰め込まれている。臭いから、それが火薬だとわかった。土嚢袋の内容物も、土ではなく火薬なのだろう。


「魔王軍の武器庫ってわけね。・・・・こんな大事なことを、あっさり教えちゃっていいの?」


 するとリュシアンは、不思議そうな顔をする。


「あんたは、これから魔王軍に入るんだろ? だったらもう、仲間みたいなもんじゃん」

「・・・・・・・・」


 魔王軍に入るなんて、私は一言も言ってない。

 なのにリュシアンが私が仲間になると思い込んでいるということは、オディウムがそう言ったのだろうか。そんな言葉を鵜呑みにしてしまうなんて、リュシアンはかなり素直な性格のようだった。


(・・・・黙っておこう)


 私はあえて、否定しなかった。――――今は、仲間になると信じてもらっていたほうが、都合がいい。


「それじゃ、その筒の中には、火薬が入っているのね」

「そうだよ」

「中に入っていい?」

「いや、それは駄目だ。今は、あんたを安全な場所へ――――」


 リュシアンの返事を最後まで聞かずに、私は中に踏み込む。


 まずは木箱に筒型の爆弾が入っていることを確認し、私は土嚢袋の持ち手をつかんで、重さを確認した。



「あ、触るのは駄目だって!」


 ――――追いかけてくるリュシアンの足音を聞きながら、私は土嚢袋を持ち上げる。


「ごめんなさいっ!」



 叫びながら、私は全力で、土嚢袋を横に振り抜いた。



「ぐっ!」


 重たい土嚢袋に側頭部を殴打され、リュシアンの身体はよじれるように回転する。その勢いのまま、彼は土壁にぶつかっていった。


「ぐぅ・・・・」


 反対側の頭を土壁に打ち付け、リュシアンの口から呻き声が飛び出す。彼は土壁に寄りかかると、折り畳まれるように崩れ落ちていった。そのまま、意識を失ったようだ。


「本当にごめんなさい!」


 逃げるために廊下に飛び出したけれど、あることを思い出し、引き返す。


 そして木箱に入れられていた筒型の爆弾を持てるだけ持ち、空の土嚢袋に詰め込む。


 背負った土嚢袋の縄を、しっかりと自分の身体に括りつけてから、私は部屋を飛び出した。


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