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15_カルデロン家の真実_後編
しおりを挟む「――――貴様もカルデロンに嫁いだことで、カルデロンの人間になった」
その一言で、私はまたしても、高所から突き落とされたような心地を味わった。
「まさか、私も呪われると言いたいの? 私には、カルデロンの血は一滴も流れていないわ!」
「血は関係ない。カルデロンの縁者か否か、それが重要なのだ。もっとも呪いを受けやすいのは、カルデロンの直系の男子だが、呪いの受け皿となる存在がいなくなると、呪いは婚姻という形で外から入ってきた者にも向かう」
「私には、呪いの兆候なんて表れてない」
私には、肌が硬化するなんて症状は表れていないし、身体の一部が変形することもなかった。呪いの影響を受けているとは、とても思えない。
「――――いいや、貴様はすでに、呪われている」
だけどオディウムは断言する。私は動揺し、唇が震えた。
「な、なんで・・・・」
「貴様は、一度死んだはずなのに、と呟いていたそうだな。その呟きを、ムニンがしっかりと聞いていたぞ」
鏡台の前に腰かけ、上の空で呟いたことを思い出す。あの時の呟きを、窓辺にいたムニンに聞かれていたようだ。
「呪いは肉体だけに現れるわけじゃない。特殊な能力として、発現することもある。触れるものをすべて腐らせてしまう呪いにかかった者もいたし、感情の爆発で魔法能力が暴走し、自分ごと、家を焼いてしまった者もいた」
オディウムは一歩一歩、ゆっくりと階段を下りてきた。距離を縮められることを恐れ、私は少しずつ後退る。
「――――同じ時間軸を、何度もやり直さなければならない呪いにかかった者もいたな」
呼吸が止まる。瞬きすらも忘れた私を嘲笑うように、オディウムは微笑する。
「あの者は哀れだった。・・・・何度も何度も、死の恐怖を味わわなければならないことに疲れ果て、最後には城から身を投げたが、それでも死ねなかったようだ。呪いは死の病という形でも表れることがあるが、永遠に死ねない呪いよりは、よほどマシだろう」
「そ、その人は今どうしてるの?」
「狂いそうになりながらも、まだ生きている。――――ドラゴンレーベンの力がここにあるかぎり、誰一人、呪いからは逃げられん」
「そんなのおかしい! だってそれが対価を払わなかったことによる報復なら、呪いはドラゴンレーベンの保有者に現われるはずでしょう!」
呪いというおぞましいものを否定したい一心で、私は叫んでいた。
「あなたもさっき、もっとも呪いに晒されやすいのは、直系の男子だって言った。だったらエセキアスとエンリケが、真っ先に呪いに蝕まれているはず!」
「貴様の言う通りだ。当初は、呪いはドラゴンレーベンの保有者に現れていた。そのため、二代目から五代目まで、ドラゴンレーベンを引き継ぎ、陛下と崇められた男達は、みな短命に終わったのだ」
オディウムの言う通り、プローディトルの後を引き継いだ息子達は、即位と同時に病に蝕まれ、彼らの治世は、彼らの儚い命と同様に、短命に終わった。
「カルデロン家の者達は、焦ったことだろう。このままでは、直系の血が絶えてしまうことになる。だからその道の識者を集め、呪いを退ける紋章を作り出した。・・・・エセキアスの背中を見たことは?」
「・・・・一度だけある。巨大なタトゥーが刻まれていたわ」
エセキアスはめったに人に背中を見せないけれど、前世で一度だけ、彼の背中を見たことがある。
ある日、オレウム城の庭で、突然の通り雨に見舞われたエセキアスは、軒下に駆け込むなり、濡れた服を嫌がって、脱ぎ捨てた。私は偶然、塔の窓から、その様子を見ていたのだ。
――――エセキアスの背中では、大樹を思わせる巨大なタトゥーが、背中全体を覆うように広がっていた。
「その紋章は、呪いを退ける効力を持っている。おそらく弟のエンリケの背中にも、同じ紋章があるはず。直系の男子にだけ、産まれてすぐに、身を護る魔法が施されるそうだ。それが、奴らの背中の紋章なのだ」
「そんな便利な物があるのなら、どうしてカルデロン一族全員を、その紋章で守らないの?」
「そんなに簡単に、いくつも作成できるような紋章なら、誰も苦労せぬ。・・・・それに、呪いの矛先を定めておく必要があるのだろう」
「・・・・どういうこと?」
嫌な予感に胸を締めつけられ、私は息苦しさを感じた。
「さきほど話しただろう。呪いを受けるカルデロンの一族の者が減れば、呪いは、外から嫁いできた者すら、対象とする。――――呪いの受け皿となる、人身御供が必要なのだ。私達は、そのために差し出された」
オディウムの声に怒りが滲み、ひじ掛けを握りしめる彼の手に、力が籠ったのがわかった。
――――焼けつくような憎悪が伝わってくる。直系の男子だけを守るために、人身御供にされたという憎しみが、今の彼を魔王たらしめているのだとわかった。
「それほど呪いに冒されながらも、カルデロン一族はドラゴンレーベンの力を手放そうとはしなかった。その力があるからこそ、隣国の侵略を受けにくく、国民を支配できる。そのことがわかっていたからだ」
「・・・・・・・・」
考えようとしているのに、水面を跳びはねる水魚のように、意識が取り留めもなく、記憶の色々な場所を彷徨う。
(カルデロン家の力に、そんな秘密があったなんて・・・・)
私はこの事実を、どう受け止めればいいのだろう。少なくとも嫁ぐ前までは、私はカルデロン一族のあの力を、神聖なものだと崇めていた。
―――――だけどその真実を聞いて、国の滅亡の原因がわかった気がした。結局のところ、ドラゴンレーベンの強大な力も含めて、この国にもたらされた大きな呪いだったということなのだろう。
「ここに来る途中で、魔王軍の兵士に会ったわ。あなたが人間なら、彼らをどうやって従えているの?」
「奴らは魔物ではない。――――奴らも、カルデロン一族の末裔、容姿に異なる特徴を持っているだけで、貴様達と同じ人間だ」
「カルデロン・・・・?」
耳を疑った。
「カルデロンの人間が、魔王軍の主戦力を支えている。主力部隊は、約三千人ほどだ」
「三千人!? そんなの、ありえない!」
思わず反論していた。カルデロン家が呪いの存在を隠匿するため、呪いの兆候が表れた者を、死者だと偽り、公的に存在を消したのだとしても、三千なんて数字はありえない。
「数十年前まで遡って、カルデロン家の死者や行方不明者の数を合わせたとしても、三千人なんて数にはならないはずよ」
「カルデロン家が呪われたのは、何百年前の話だと思っている?」
「あなたのように、不老になった人達がいるってこと? だとしても、そんな数には――――」
「ブランデには、野良猫が溢れているだろう? たとえ最初は一匹か二匹でも、つがいができれば、数は増えるものだ」
オディウムの言葉の意味を悟り、私は息を呑む。
「――――逃げてきたカルデロンの人達が、ここで夫婦になって、家族を作ったってこと?」
「何百年も前にな。呪いの兆候が表れ、殺されそうになった大勢の者達がここまで落ち延びた。寒い森の奥で身を寄せ合って暮らしていれば、互いに情も湧いただろう。二人だけの家庭がやがて大所帯になり、自分達と同じように呪われた血族を受け入れ続けているうちに、大きな集落が生まれたのだ」
「・・・・・・・・」
「もちろん、全員がカルデロンの血縁者というわけじゃない。長い間、この地には何度も、居場所を失った落伍者達が流れてきた。時には、差別された小部族が、丸ごと押し寄せてきたこともあった。この集落が落伍者達の受け皿となり、情を通わせ、カルデロンの縁者になる者もいた。そうして、亜人が増えていったのだ」
「亜人?」
「我々はもう、人間の分類には入らないだろうが、だからと言って、魔物でもない。・・・・我々は己のことを、亜人と呼んでいる」
亜人という呼び名を、魔王軍の兵士達は納得して受け入れているのだろうか、と私は考える。
「喜ばしいだろう? エセキアスに嫁いだのだから、この城にいる者達は、貴様の遠い遠い親戚だ」
オディウムは薄く笑う。
――――私はこの事実を、どう受け止めればいいのかわからなかった。
(・・・・私も、亜人の一人ってこと?)
身体にその特徴が表れていなくとも、私も亜人の一人として数えられることに気づき、背筋が凍える。
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