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14_カルデロン家の真実_前編
しおりを挟む「どうして、私の名前を知ってるの?」
二人きりになったから、私は疑問をぶつける。するとオディウムは、薄く笑った。
「名前も知らぬ相手を、我が居城に招くと思うか?」
「私のことを、どこまで知ってるの?」
「カルデロン家に嫁いだ、哀れな女であることは知っている」
「・・・・どうして、私をここに呼んだの?」
「貴様に、真実を教えてやろうと思ってな」
「真実?」
「――――ドラゴンレーベンの力について、どれぐらい知っている?」
オディウムの最初の質問は、予想外の内容だった。
「どれぐらいって――――ドラゴンを呼び出すための紋章だってことしか、知らないわ」
「初代カーヌス国王、プローディトルは、どうやってドラゴンレーベンを手に入れたと思う?」
「神から授けられたと、教わったわ。この地にカーヌス神聖王国を建国しなさいという神託に従い、プローディトルは授けられたドラゴンレーベンの力を使って、敵国を打ち破り、この地にカーヌスを建国した」
プローディトルが国を追われ彷徨っている時に、天使が彼の前に降り立ち、ドラゴンレーベンの力を授けたと言い伝えられている。
伝説というか、私からすると神話のように現実感がない話だけれど、生まれた時から教え込まれてきたから、呼吸をするように自然に、それが真実であると信じて育ってきた。
「その話は、半分正しくて、半分間違っている」
「半分・・・・?」
「建国から数十年後、建国にまつわる話をまとめたカーヌス建国録が、当時の大臣によって焼却された。――――不都合な事実を隠すためだ」
コツコツと、オディウムは石のひじ掛けを指で叩いた。
「建国録が焼かれた? そんなの、おかしいわ。カーヌス建国録は、今でも存在してるもの」
「それは正しくは、原書ではない。不都合な箇所を消し、あるいは書き換え、カルデロン一族に都合がいい文章を付け加えた、偽物だ。新、建国録とでも呼ぶべき代物だな」
「・・・・原書はすべて、焼かれてしまったの?」
「いいや、真実を後世に残そうとした者の手によって、一冊だけ残った」
オディウムは傍らに置いてあった、古書を持ち上げた。――――それが、カーヌス建国録の原書なのだろう。
彼は建国録の頁を、もったいぶった仕草で開く。オディウムが本を開くと、乾き、黄ばんだ古紙が音を立てる。
「――――原書には、こう記してある。プローディトルは〝おぞましきもの〟と契約し、ドラゴンを召喚する力を得た、と。神や天使という文字は、原書の中には一切出てこない。むしろおぞましいもの、と記しているあたり、悪魔に近い存在だったのだろう」
私は息を詰め、オディウムの話に聞き入った。オディウムはまたページをめくって、話を続ける。
「他にも、こう記されている。プローディトルはその、おぞましきものに対価を求められ、支払うと約束した。支払わなければ、お前の一族に呪いが降りかかる、と、おぞましきものは言い放ったらしい。――――ドラゴンレーベンの力は、神から一方的に授かったものではなく、契約の対価として支払われる、報酬だったのだ」
「対価? 何を支払わなければならなかったの?」
「わからぬ。プローディトルは、契約の内容を誰にも明かさなかった。家族にすら、な。真実をほとんど語ろうとせず、口を閉ざしたまま、早世した」
「・・・・・・・・」
「――――プローディトルは、契約で得た力を用いて敵を打ち払い、自分の国を造るという野望を果たした。すると奴は手の平を返し、対価を支払うことを拒否したそうだ」
オディウムは物憂げな溜息を吐き出した。
「――――プローディトルのその愚かな決断により、カルデロン一族は呪われることになった。プローディトルはその報いを受け、呪われ、のたうち苦しみながら死ぬことになる。だがその苦しみを目にしながらも、一族は、ドラゴンレーベンの力とともに、プローディトルが築いた権威が失われることを恐れた。だから呪いが続くと知っていて、彼の息子に、ドラゴンレーベンを引き継がせたのだ。それ以後、呪いは容赦なくカルデロン一族に襲いかかり、一族の者は次々と命を落とすか、あるいは精神を蝕まれていった」
「呪いって、どんなものなの?」
「・・・・・・・・」
私の問いかけに、オディウムはなぜか沈黙を返した。それで私の疑念は、強くなる。
「カルデロン家が呪われているなんて、今まで聞いたことがない。その話は、本当なの?」
私が疑念を素直にぶつけると、オディウムも苛立ちを隠さなくなった。
「貴重な建国録の原本を焼いてまで、歴史の真実を隠そうとした連中が、不都合な事実を隠さぬと思っているのか?」
「隠し通すにも、限度があるわ。人の口には、戸は立てられない。呪われた人々を閉じ込めるにしても、関わる人達すべての声を、封じ込めることなんてできない。縫い付けないかぎりはね」
「・・・・なるほど、いい例えだな」
オディウムは低く笑う。
「ならば、ヒントを与えよう。カルデロンの直系の男子は、大勢の女を囲い、たくさんの子をもうけた。だが、今残っている直系の男子は、エセキアスとエンリケのみ。カルデロンの親族が、どうしてこうも早く死ぬと思う?」
ハッとして、膝が震えた。
「まさか――――」
それまで特に闇を感じなかった、〝親族が少ない〟という事実が、とたんに重さを増して、背筋にのしかかってくる。
「・・・・死んだと思われた人達は、本当は生きている?」
オディウムはゆったりと、首を横に振る。
「・・・・違う」
その答えに、私は安堵した。
でもその安堵感は、オディウムの次の言葉であっさり打ち砕かれる。
「・・・・もっと悪い」
「え?」
「――――呪いの兆候が表れた者は、速やかに処分される」
私の呼吸は止まっていた。
「建国の根幹に関わるドラゴンレーベンの真実は、隠さなければならないのだ。ならば、呪いにかかったカルデロンの人間が、そこに存在し続けることを、王室が許すはずがあるまい」
「処分って・・・・殺された、ということ?」
「それ以外に、何がある?」
――――真実は、想像よりも過酷だった。カルデロンの輝かしい栄光、それを支えている柱の台座は、同族の血で塗り固められているのだ。
「・・・・貴様はさっき、呪いにかかった者はどうなるのか、と聞いていたな」
泥のような重たい溜息とともに、オディウムはそう聞いてきた。
「教えてやろう。――――呪われた者は、こうなる」
オディウムは衣を脱ぎながら、立ち上がる。
――――彼の首から下は、黒い魚鱗のようなもので覆われていた。まるで重度の皮膚病のように、それは皮膚全体に毒々しく広がっていたのだ。
おまけに彼の手は、身体の大きさに比べてあまりにも大きく、彼の身体の後ろでは、鰐を思わせる巨大な尾っぽが、ゆっくりと動いていた。
「呪いの兆候が、皮膚の病変や、腫瘍のような形で表れた者は、数日、あるいは数年以内に、魔物のような姿に変貌する。・・・・私のようにな。そして死ねない身体になる」
「まさか、あなたもカルデロン家の血を引いているの?」
息を呑み、私はオディウムを見つめる。
オディウムは微笑で、私の問いかけを肯定した。
「死ねないってどういうこと? 剣で刺しても、死ななくなるってこと?」
「違う。貴様達が化物と呼ぶ私でも、剣で刺されれば血は流れるし、首を斬られれば死ぬ。人間よりも、よほど頑丈だがな。――――だが、歳は取らなくなった。私はかれこれ、二世紀ほど生きている」
「二世紀!?」
「貴様もいずれ、そうなるだろう」
「え・・・・」
聞き間違いかと思って、目でオディウムに問いかけた。
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