魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
7 / 118

6_間抜けな脱走劇_後編

しおりを挟む



「お嬢さん、そこで何をしてるんだ?」


 ――――泣きそうになっていると、真下から声が聞こえた。


 必死に捕まったまま、地面を見下ろす。


 赤毛の男性が、そこに立っていた。軍服に軍帽、飾緒をつけていて、帯剣たいけんしていることから衛兵の一人だろう。


「なんか楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」

「・・・・・・・・」


 この状況で彼の顔に浮かんでいるのは、笑顔だった。


(・・・・変な人)


 窓からシーツでぶら下がっている不審者を見つけたのに、男性には慌てたり、怪しんだりする気配がまったくなかった。しかも彼は衛兵なのに、仲間を呼びに行くことすらしない。


「これが遊んでいるように見えるの?」

「脱出ごっこだろう? 国王陛下の結婚式があっためでたい日に、一人で窓から脱出ごっこなんて、君も随分変わってる」


 男性と目が合う。


「・・・・?」


 顔を見られたと焦ったけれど、男性は特に慌てる様子もなかった。

 彼のその態度で、気づく。


 ――――その男性は、私が王妃だということに、気づいていないのだ。


(そんなことありえる?)


 勲章や飾緒がついている正装だから、彼は結婚式に参列していたはずだ。なのに私が、王妃だとわからないなんて。


(・・・・あ、そういえば、顔はベールで隠してたんだっけ・・・・)


 婚儀の間、私はベールで顔を隠していたし、ウェディングドレスは今は、無残な形になっている。冷静に考えれば、この格好で私が王妃などと気づくはずがなかった。


「あなたこそ、どうしてこんな場所にいるの?  衛兵が仕事をサボって、パンツを見物に来るなんて、見下げた根性だわ!」

「ぱ、パンツを見に来た?」


 それでようやく、男性の顔から微笑が消えた。


 男性は私の真下に立っている。スカートの中は丸見えのはずだ。


「いや、待ってくれ、俺は無実だ。ここには、酔いを醒ますために来ただけなんだ。俺の場所からじゃ、君のスカートの中は影になって見えない。俺の剣に、誓ってもいい」

「そんなことを剣に誓われても・・・・」


 そこで私は、ハッと我に返る。


「いえ、もういいの。このさい、パンツのことなんてもうどうでもいいわ。それよりも――――助けてくれない?」


 命が危うい状況なのに、パンツが見える見えないの議論に、夢中になっている場合じゃなかった。


 腕力もないのにずっとシーツにしがみついている状態だから、力が付きかけて、腕はぷるぷると震えている。おまけに焦りから汗が吹き出して、手が滑るようになっていた。


「おっと、悪い。こんな悠長な話をしている場合じゃなかったな」


 男性は私の真下に来ると、両手を大きく広げた。


「飛び降りろ。受け止めるから」


「え?」


 男性は、私を受け止めるつもりらしい。


(う、受け止めきれるの・・・・?)


 私は、不安で飛び下りられなかった。


 男性が私を、受け止め損ねたら――――もしくは、衝撃で、男性の腕の骨が折れてしまったら、という最悪の予想が頭をかすめたからだ。


「本当に受け止めきれる? ・・・・あなたの腕が、折れないかしら?」

「怖いこと言わないでくれ。これでも軍人なんだ。そんなに貧弱だと思われると、地味に傷つく」

「私、軽いほうじゃないと思うんだけど・・・・」

「大丈夫だ。――――多分、大丈夫」

「自信満々に多分をつけるのやめてくれる!?」

「じゃ、どうする? このまま朝まで、シーツにぶら下がったままだと、衛兵が集まってくるよ」


「それはわかって――――あっ・・・・!」


 手が滑り、シーツが私の手から離れる。


 悲鳴を上げる間もなく、私の身体はその瞬間に、重力という重しに絡めとられて、落下していた。


 背中に衝撃を感じて、反射的に目を閉じる。



 だけど、衝撃は柔らかいものだった。落下が止まったことを感じ取り、私は怖々と、瞼を開ける。



「お嬢さん、もう大丈夫ですよ」



 私の眼前に、男性の顔があった。



 男性が落ちてきた私を、抱きとめてくれたのだ。



「自分で立てるかな?」


 声が出なかったので、代わりに私は頭を何度も縦に振った。


 男性がゆっくりと屈んでくれたので、足が地面に届くようになった。地面に足裏をつけると、胸の奥にしつこくこびり付いていた恐怖心も、すっと消えていく。


 立ち上がる。――――見下ろしている時は、それほど身長が高いとは感じなかったのに、目の前に立つと、彼の頭は私よりもかなり高い位置にあって、その背の高さに驚かされた。


 顔立ちは整っていて、美形だけれど、笑顔はどことなく胡散臭く見える。


(そう言えば、まだお礼を言ってない)


 落ちそうになっていて、焦っていたとはいえ、助けてくれようとした人にずいぶんと失礼な態度をとってしまった。おまけに髪もドレスも乱れ、ひどい格好だ。慌ててスカートの裾を下ろし、手櫛で髪を直す。


「あ、あの、助けてくれてありがとう」

「いえいえ、これぐらいのこと、お礼を言われるほどのことではございません」


 私の数々の失礼な態度にも関わらず、男性はにこやかに笑い、丁寧に一礼してくれた。


「さっきは失礼な態度をとって、ごめんなさい」

「気にしなくていい。非常事態だったから、しょうがない。・・・・それでお嬢さんは、これから何を?」


 男性は、声が聞こえてくる方向を見やる。

 結婚式の列席者は、主役がいなくなってもまだ騒いでいるようだ。笑い声が、静けさに身を浸している私達の耳にまで、滑り込んでくる。


「みんな、まだ騒いでいるようだし、もしよければ一緒に散歩をしないか?」

「・・・・申し訳ないけど、私にはしなければならないことがあるの」



 私は、オディウムに会いに行かなければならない。



 それにたとえ用事がなくとも、あの場所に戻ることはないだろう。あの場所に留まれば、私はどこまでも孤独感に踏み躙られることになるのだから。


「そうか、残念。それで君は、こんな夜更けにどこへ――――」

「助けてくれて、本当にありがとう。それじゃ、私はこれで」


 王妃だと気づかれる前に、ここを立ち去らなければならないと思った。

 だから失礼だと知りつつ、声を遮って、私は身を翻していた。


「待ってくれ、せめて名前を――――」


 男性の声は聞こえたものの、とっさに偽名が思いつかなかったから、聞こえなかったふりをするしかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...