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5_間抜けな脱走劇_前編
しおりを挟む――――結婚式が終わる頃には、エセキアスはすっかり酔い潰れ、自分の足だけでは真っ直ぐ立つこともできなくなっていた。
酩酊したエセキアスが醜態を晒しはじめたので、大臣の判断で結婚式はお開きとなり、列席者は解散した。
私達は城の三階にある寝室に入ることになったけれど、今のエセキアスは一人では立てない。近習が二人がかりで、半ば引きずるような形で、エセキアスを寝室に連れていった。
「陛下、しっかり!」
「自分の足でお立ちください!」
何とか寝室に入ることはできたけれど、新郎は近習の手を借りてベッドに横たわるなり、大きないびきをかきはじめた。
「そ、それでは、私達はこれで」
二人の近習は、これで自分の役目は終わったとばかりに、そそくさと部屋から出て行く。
――――海底のように静かな部屋の中には、いびきを立てる国王と、そんな国王を冷めた目で見つめる王妃だけが取り残された。
「・・・・・・・・」
私はベッドに腰かけ、エセキアスの顔の前に手の平を翳す。
いびきが嘘ではない証拠に、音に合わせて、手の平に息がかかる。エセキアスが眠りの世界にいる証拠だ。
「はあー・・・・」
穴が開いた風船から空気が抜けるように、大きな息が口から零れて、肩が萎んでいくのがわかった。
エセキアスが夢の中にいてくれるのなら、私は花嫁が気に入らないという理由で、暴力を受ける心配をせずにすむ。
彼は朝まで目覚めず、目覚めた後は二日酔いと戦わなければならないだろうが、それと引き換えに、私の目覚めは健やかだろう。
私はエセキアスをベッドの端に追いやって、横になる。そしてベッドの天蓋を見つめながら、魔王オディウムの使い魔の言葉を思い出していた。
――――主が、あなたに会いたがっています。
(白煙の樹海なら、馬さえ手に入れられれば、数時間で行けるはず)
白煙の樹海は、昔から魔物が出現しやすいことで知られている。ブランデの近場で、一番危険な場所だった。
今夜を切り抜けられたとしても、私には明日から、地獄の日々が待っている。私だけじゃない、エセキアスをこのままにしておいたら、国王自ら、国を亡ぼすという、最悪の結末が待ち構えているのだ。
――――どうにかして、最悪の結末を回避する方法を見つけなければ。
だけど一つしかない扉の外には、見張りの兵士の気配を感じる。
まさか、新郎がこの状況で初夜を終えられるとは、彼らも思っていないはずだけれど、国王と王妃が一晩、一緒の部屋で過ごしたという事実を作らなければ、彼らも色々と不都合なのだろう。
跳ね起きて、窓を開け放つ。
深い色合いの空には、真珠のような月が輝くばかりで、雲は一欠けらも浮いていなかった。迷い込んできた風が、レースのカーテンを揺らして、部屋の中を彷徨う。
真下を見ると、花壇と立木が見えた。
(シーツを垂らせば、窓から降りられるかも)
ベッドからシーツを剥ぎ取って、結んで長くする。
シーツのロープが出来上がると、私はそれを窓の外に放り投げた。白い布の先端が、木立の間の、青い闇に消えていく
窓枠に足をかけようとしたけれど、スカートの襞がまとわりついた。
婚礼用のドレスのスカートには、執拗なまでに幾重にもフリルが取り付けられてあるから、とても動きづらい。万が一、下りている途中でフリルが枝に引っかかったら、大変なことになってしまう。
着替えたくても、この場所には代えのドレスがない。シフトドレスぐらいは用意されていてもよさそうなのに、何も置かれていなかった。
「・・・・・・・・」
私は、着ているウェディングドレスを見下ろす。マーメイドラインという、裾が尾ひれのように広がっているドレスで、純白の絹の布地と散りばめられた宝石は、月明かりしかないこの場所でも、輝いて見える。
この日のために用意された、美しいドレスだ。だけど今日のためだけの衣装だから、今後は倉庫で眠ったまま、二度と取り出されることはないだろう。
「いいや、とっちゃえ」
呟いて、私はスカートのフリルを引き千切る。
一つ、フリルを引き千切ると吹っ切れて、躊躇いがなくなった。ドレスを動きにくくしているフリルはもちろん、首元についていた真珠や宝石類も、引っかかったら困るので、すべて剥ぎ取っていく。
物音はきっと、部屋の外にいる侍衛にも届いているはず。
だけど、誰も入ってこない。
――――彼らは、私を寝室から出さないことを自分達の役目だと思っていて、中で起こることには一切関知しないスタンスのようだ。〝前世〟でも、私がいくら殴られようとも、彼らは入ってこようとしなかった。
すべての装飾品を剥ぎとると、ドレスはとてもシンプルな形になった。不要な装飾品がなくとも、これだけでもドレスは十分美しい。ただ、裾の尾ひれのような襞は邪魔なので、これも破り取るしかなかった。
「これでよし、と」
かなり動きやすくなったので、私は次の作業に取りかかった。
枕元の棚には、小腹が空いたときに食べるためのパンとチーズ、果物などが、籠に入れられて置いてあった。
私は装飾品をすべて外し、ドレスから剥ぎ取った宝石類と一緒に、籠に詰め込んでから、布の覆いが取れないよう、ガーターベルトで固定した。
――――節約して食べれば、半日分の食料になるし、ネックレスや腕輪、宝石類を売れば、旅費を調達できるはず。
籠をリュックのように背負ってから、私は今度こそ、シーツにつかまって、窓の外に飛び下りた。
恐怖に抗いながら、シーツを伝って、下りていく。
――――だけど地面まであと一階分というところで、私は取り返しがつかない失敗に気づいた。
(な、長さが足りない・・・・!)
シーツで作ったロープの長さが足りずに、足が地面に届かない。立木の影で高低差を計れずに、シーツの長さを見誤ってしまったようだ。
飛び下りられる高さじゃない。下手に飛び下りようとすれば、骨折する恐れもあった。
(ど、どうする? 引き返す?)
怖い思いをして、せっかくここまで降りたのに、また登らなければならないのだろうか。
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