46 / 86
44_慇懃無礼な人には気を付けましょう_後半
しおりを挟む「刑門部卿」
すっと、千代が部屋に入ってきた。
「武官の方々から、言伝を預かりました。至急、お伝えしたいことがあるそうです」
「わかりました」
諒影は立ち上がる。
「穏葉様。最後にもう一度、言っておきます。くれぐれも――――」
「わかってる。・・・・今は、大人しくしている」
私の答えを聞いて、諒影の顔は優しくなった。
「この件に決着がついたら、また来ます。その時に、菓子の感想でも、聞かせてください」
窓から、去っていく諒影の背中を見つめていると、門のところで待機していた部下達が、諒影を取り囲むのが見えた。
そして彼らの影は一塊になって、門の外に消えてしまう。
「刑門部卿も、お忙しいようですね」
「・・・・閻魔堂が襲撃されたんだもの。今は、目が回る忙しさのはず」
「諒影様って、すごくいい方ですよね!」
諒影が持ってきたお饅頭を口に運びながら、愛弥は目を輝かせていた。
「他の誰も、穏葉様のこと気遣ってくれないのに、諒影様だけはちゃんとこうして、様子を見に来てくれるうえに、差し入れまで持ってきてくれたんですから!」
「こら、愛弥!」
さらにもう一つ、お饅頭を取ろうとしていた愛弥の手を、千代がぴしゃりと打った。
「それは穏葉様のお菓子よ!」
「えー・・・・いいじゃないですか、もう一つぐらい・・・・」
「食べていいよ」
「ありがとうございます、穏葉様!」
愛弥は幸せそうに、お饅頭をほおばる。
「ですが、刑門部卿のおかげで助かっていることは事実です。去年なんて、木蔦の宮の予算がさらに削られてしまって、生活がいっそう苦しくなりましたが、刑門部卿が戸門部省に掛け合ってくれたおかげで、なんとか予算を元通りにすることができたんですから」
「・・・・・・・・」
複雑な気持ちになりながら、私はお饅頭を一口齧る。
「穏葉様、私、お二人の様子を見ながら、ずっと考えてたんですけど・・・・」
饅頭を頬の袋に入れたまま、愛弥は口を開いた。
「こうなったら、穏葉様は媚薬でも使って、諒影様を篭絡するしかないんじゃないですかね?」
「ぶっ・・・・!」
口に含んでいたお饅頭の欠片を、吹き出してしまう。しかも一部は逆流して、喉のどこかに詰まったようで、咳が止まらなくなってしまった。
「愛弥ぁっ!」
次の瞬間、愛弥の頭に、千代の手刀が振り下ろされていた。愛弥の口からも、お饅頭の残骸が出てきてしまう。
「いったぁっ! ちょっと千代様、何をするんですか!?」
「何てことを言うの! 冗談でも、言っていいことと、悪いことがあると、何度教えたら、あなたは学ぶの!?」
「冗談で言ったんじゃありませんよ! ちゃんと真剣に考えましたぁ!」
愛弥は勢いよく立ち上がった。
「今、穏葉様は縁談がまとまらなくて、かなり追い詰められてるじゃないですか! そんな穏葉様が接触できる殿方の中で、諒影様は飛び抜けていい物件なんです!」
「当たり前でしょう! 鬼廻一族の鬼で、刑門部卿に任じられるほど、優秀なお方なのよ! 穏葉様が接触できる殿方に限らなくても、北鬼で数えるほどしかいない階級にいる方です! まだ奥様がいないことが不思議なぐらいなんですから!」
「だったらなおさら、手段を選んではいられないじゃないですか! このさい、穏葉様も、恥も外聞もかなぐり捨てて、勝負してみるしかないんですよ! 鬼って、血の味で相性を判断するそうだから、まずは血を飲んでもらえばいいんじゃないですかね?」
「相手は、鬼廻一族の殿方なのよ! ご本人の意志だけでは、結婚相手を決められるわけないでしょう! だからそんなことをしても、結婚には結びつかないのよ!」
「き、既成事実さえ作ってしまえば・・・・諒影様は、その点では、とても真面目そうだし・・・・」
「・・・・・・・・」
「さ、さてと、私も仕事に戻ろうかなー」
千代の睨みで、本気の怒りを察知したらしく、愛弥はそそくさと逃げる準備をはじめる。
「待ちなさい、愛弥・・・・!」
愛弥は持ち前の逃げ足の早さで、あっという間に姿を消してしまった。
「まったく・・・・」
「ごほっ、ごほっ・・・・」
「穏葉様、大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫・・・・」
胸を叩いて、咳を止めようとする。咳は止まったけれど、まだ、動機が静まらない。
「愛弥もとんでもないこと言うわね・・・・」
「そうですね。・・・・教育が行き届かず、申し訳ありません」
さすがに今回は、擁護できない。
「まったく・・・・。安易に、鬼に血を飲んでもらおうなんて・・・・簡単に言ってはいけないことなのに・・・・」
「・・・・・・・・」
鬼には、特殊な価値観があるらしい。一度牙を突き立てた女は、自分のものと見なす傾向があるのだ。
だから女達は幼いころから、伴侶となる鬼以外には血を与えてはならないと教えられるし、軽い気持ちで鬼に血を与えた女は軽蔑される。
――――だから、鬼に気まぐれに噛み痕を残された私は、゛傷物゛だった。
「・・・・・・・・」
首に残された、噛み痕が痛んだ気がして、私は首を押さえる。
古い傷で、もう今さら痛むはずがないのに、なぜか時々、痛みを覚えることがあった。
「穏葉様、今回は、刑門部卿の言う通りに、木蔦の宮で大人しくしているべきだと思います」
「・・・・・・・・」
「御政堂が襲われるなんて、前代未聞のことですから。穏葉様が納得していただけるなら、私が女中取締に話をしておきます。だからしばらくの間はここで、様子を見ませんか?」
「・・・・わかった」
諒影に釘を刺されたばかりだ。今は大人しくしておいた方がいい。諒影と話をして、私はそう思うようになっていた。
私の答えに、千代は胸を撫で下ろしたようだった。
「それでは、女中取締に会ってきます」
千代は部屋から出ていく。
私は複雑な気持ちで、窓の外を見つめていた。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
目標:撤収
庭にハニワ
ファンタジー
気付いたら、拉致監禁されていた。
一緒にさらわれたのは、幼稚園からの親友と生徒会長、副会長。
あと、まったく知らない女子高生。
何が目的だ?
思いあたるフシは…ちょっとだけある。
知らない女子高生はともかく、友人知人を放置は出来ないだろうが。
本当にどうしてくれようか。
犯人は覚悟しとけよ?
…とりあえず、どこの世界にも肉食系女子と腐女子は居るんだな…ってコトが分かったよ…。
序盤、うっすらBL風味があります…ハグ程度ですケド。しかも何度も。苦手な人は気をつけていただければ…ってどうやって(汗)。
本編完結致しました。
番外編を地味に更新中。
……なんか、1日置きくらいが自分的には、ちょうどいいらしい。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる