天色の花のさだめ

龍神きくおみ

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19.【真夜中の密約】

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【真夜中の密約】




目を開けると薄暗い知らない場所にいた。
僕はベッドに寝かせられているようで、ふかふかな感触がする。

(ここは…?)

「…つっ」

起き上がろうとすると、全身が筋肉痛のような痛み。
そして、あらぬ所に何か挟まっているような違和感を感じてハッとする。

(僕…カランと…!)

一気に顔が火照る。
横向きになって上半身だけ起こすと、掛けてあったブランケットが肩から落ち、自身が裸であることに気づく。また、胸の辺りに視線を向けると、花がいくつも咲いていて更に紅潮した。

互いに強制された熱の中で行ったとはいえ、初めての行為をカランとしたのだと思うと、嬉しさで心が満たされ、幸せを噛み締めていた。


シュンッ
「…!ネモ、目が覚めたか?」


淡い光が部屋を照らす。
扉が開くと同時に、カランが僕に気づき、飲み物を持って駆け寄ってきた。
僕は急いではだけたブランケットをたくし上げる。

「飲めそうか?」

そう言って口元に差し出されたカップに戸惑いながらも、僕はゆっくりと口をつけた。そのままカランが優しく飲ませてくれる。喉が渇いていた僕は、ゴクゴクとすぐに一杯を飲み干した。

「はぁ……ありがとう、ございます。」

頭を垂れて感謝を述べると、カランはすぐに僕の手をぎゅっと握ってきた。
今度はカランが頭を垂れる。

「…本当に…すまなかった…」

最後は消え入りそうな声で、心底申し訳なさそうに僕に謝罪を述べる。

「薬のせいとはいえ、抗えずに君を乱暴に抱いてしまった。辛く…怖い思いをさせてしまい申し訳ない。ルリカルラでは、同性同士の行為は…禁忌だと聞く。この件は誰にも言わない。だから安心してほしい。これまで通り、一責任者として君を見守りはするが。もう2度と、君にこんな酷い…、無体なことはしないと誓うよ。」


真剣な眼差しでそう言われ、心の中に何かが突き刺さったように痛みを感じた。

ああ。薬で発情しなければ、きっと僕の事を抱きたいとすら思わなかったんだろうな。カランは、これは事故だったのだと、いつも通りの日常を送ろうとしている。

僕は…あんなに嬉しかったのに…。

これで終わりなんて…そんなの、…嫌だ!


(彼の罪悪感を利用してしまおうか。)


醜い気持ちが這い上がってくる。
僕はブランケットを持つ手をギュッと握り、恐る恐るカランの瞳を見る。


「…申し訳ないと思うのなら、僕を…守ってください。」

「ああ。もちろんそのつもりだ。今まで通り…」

「っそうじゃありません!」

つい語尾が強くなってしまった。
カランが不安そうに僕を見ている。
もう言ってしまえ。


「あのシャワー室で倒れた時…僕は…ベナーデン隊長に襲われていたんです。」

「っ!?な、なんだと?そんな事一言も…」

「言えるわけないじゃないですか!」


突然大声を上げた僕に、カランがビクッと体を揺らした。


「そういう行為を咎めるはずの隊長ですらああだったのに…。ベナーデン隊長が言ってましたよ。ルリカルラ人は、ベーンケイル人にとても人気だって。そんなの聞いたら、怖くて…言えるはずない。誰が味方なのか、分からないのに…。」

隠してきた恐怖が、言葉にすると怒りに震えてしまい、カランのせいではないのに、これでは八つ当たりみたいになってしまう。

「…そう…だったのだな。」

「恐らく、途中でカラン様が来てくださらなければ、あのまま抱かれていたでしょう。未遂で終わったのは…あなたのお陰です。」

「ネモ…」

切なそうな表情をするカランが、僕の手を再度優しく握ってきた。


「まあ、結局はあなたに抱かれてしまいましたけどね。」

「……すまない。」

「いえ。僕も薬のせいで変になっていましたから。…でも、今後また、ベナーデン隊長や他の誰かに襲われかねない。そんな不安を抱えながら、1年間ここで過ごすのは正直辛すぎるんです。」

「そう…だな。確かに。私の監督不行届のせいだ。今後は…」

「だから。カラン様の、その、パートナーとして…周知して頂けませんか?」

「……え?」

カランが何か提案をする前に、食い気味に言葉を被せるように言い放つ。
まるで青天の霹靂のような表情のカランは、真意が分からないようで、僕をなぜ?どうして?というように見つめてくる。

「きっと、カラン様の相手だと知れば、その…、そういう事しにくいんじゃないかな…と。勿論、ルリカルラのみんなには内緒ですけど。」

カランは、少し考えるように顎に手を添えて真剣な表情になった。

「…なるほど。周りへの牽制になるということか。」

「はい。なので…」

形だけでも、彼の側にいられるのなら。
それに、カランが望むなら、僕の身体で発散してくれていいし。1年だけでも、彼のパートナーになれたなら…。


「そういう行為も、カラン様がしたい時になさってくれて構いません。」

「…っ!い、いや、そんなこと…」

「正直に言うと、僕自身、ベナーデン隊長に弄ばれた時からずっと、身体が疼いて仕方がないんです。誰かに抱かれたくて、仕方なくて…。でも、誰彼構わずは嫌なんです。だったら、相手は1人の方がいい…。もうどうせ、ルリカルラには帰れない身体になってしまいましたし。…何度抱かれても同じことです。」

「っ!………わかった。それでネモが良しとするのなら。本当にすまない…。」

カランは僕を優しく抱きしめながら、絞り出すように声を出した。

「私が君の盾になり、責任を果たそう。だが、君の嫌がることは決してしない。約束するよ、ネモ。」

先ほどよりも強い力で抱きしめられ、その温かさに一筋の涙が溢れてしまう。


(ああ、僕は…彼の弱みに漬け込んで、優しい彼を欺いている。)


分かっている。
彼は仕方なく僕をパートナーにした。
僕を愛しているわけではない。
たとえ、欲望を発散させるだけの相手だとしても構わない。
1年だけ…1年だけでもいいから、彼の側にいたい。僕に少しでも良いから愛情を注いで欲しい。


でも…。
この関係を願ったのは僕のはずなのに。
嬉しいはずなのに…。

悲しい密約を結んだ。
幸せになれるはずはないのに。

それでも僕は、抱きしめてくる彼の体温を愛しく感じていた。


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