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34・淹れたての、美味しいお茶が飲みたいです。
しおりを挟む(どうすれば!?)
只、互いに見つめ合って居るだけなのに、本気で殺し合いをしようとしている緊迫感が、肌に刻み付けられるように感じられ、鼻の奥に血生臭さが匂い立って来るほどです。
どちらが強いかなど興味も無ければ、知りたくもありません。
どちらの方が傷つくのも、どちらの方が傷つけるのも見たくはありません。
私の腕にリリアの指が痛いぐらいに喰い込みます。
(くっそー! いったれー!)
その手を乱暴に振り払い、震え、動かぬ膝を思い切り叩いて、一歩前へと踏み出します。
「ロッソ様! 非礼です!」
声を限りに叫びました。
赤鬼に向かって叫ぶなり、ファス様の前へ立ち塞がります。
「ファス様! 剣を!」
男同士の勝負に口を挟むな、などとは言わせません。
非礼に対して、私、自らが剣を以って処罰した、処罰と言っても、私が抜刀し、赤鬼が謝罪するという体裁さえ整えれば、後は強引に如何とでも取り繕えます。
いきなり二人の対峙する間に割り込んだものですから、さすがにファス様も唖然として、言われるがままに剣を差し出しました。
重く冷たい剣と共に、ファス様の熱い気迫のようなものまで、受け取った気がしました。
踵を返して、赤鬼と向かい合います。
剣を持った私を、女だからといって油断なく見詰める眼の、何と恐ろしい事。
背すじに悪寒が伝わり、今にも砕け散りそうな腰を叱咤して、ようやく立っていられるぐらいです。
おぞましい鞘走りの音を耳にしながら、剣を鞘から抜き放ち、陽光にきらめく刀身を赤鬼に向けて、振り上げました。
ここで、お芝居で聞いたような、気の利いた台詞を言いたいところですが、頭には何も浮かびませんでした。
喉は渇き、引きつり、口を動かす事すらできなくなっています。
我ながら見事な、へなちょこさ加減に呆れてしまいます。
それどころか、振り上げた剣を思いもよらず、振り下ろしてしまい、いえ、落としてしまったのです。
自分で近づいておきながら、赤鬼の恐ろしい顔があまりに近かった所為で、重さにではなく、恐怖に耐えかねたのです。
子供の頃に剣術は嗜んだものの、所詮、へなちょこ、赤鬼なら易々と避けられるはずなのに、その凶刃を避けようともせず、只その場に立ち竦んでいました。
その姿は何処か気だるげでもあり、先程とは打って変わって、寂し気な、愁いを帯びた瞳をしていました。
剣先が、わずかに、頬の傷と交差するように掠めました。
(なぜ! なぜ、避けない!?)
私の剣が人を、赤鬼を傷つけたという事実に愕然とし、声も出ず、耐えられず、その場に崩れ落ちてしまいました。
「お嬢! お嬢!」
(あれ? どうしたのリリア? 喉が渇いた。……お茶が、飲みたいな)
意識が混濁する中、赤鬼が頬を伝う鮮血を拭おうともせずに、片膝をつき、耳元で呟く言葉を、はっきりと聞きました。
『……これも必然か』と……。
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