公爵令嬢走る!/恋の闘争・正義は我にあり 序章

ペンギン饅頭

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20・前に進めず後ろに下がれず、さて、どうしましょう。

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 エドアルド商会の裏庭で荷馬車に乗り込みます。

 教会の鐘が帰館を促すように街中に、陰鬱と響きました。
 
 リリアは一瞬立ち止まり、商会の方を仰ぎ見て、その鐘の音に耳を澄まします。

 馬車に乗り込むなり、リリアの膝の上に座ろうとしたら、乱暴に押し返しやがった!
 主人に向かって何という仕打ち! 酷過ぎる!

 来た時の荷馬車と違って内装がしっかり設えてあって、厚手の毛皮が敷いてあるので、お尻が痛くなることは無いでしょうが、リリアの膝の方が座り心地が良いに決まっています。

 まあ、そんな事よりも気になるのが、先程エドとの別れ際に一瞬垣間見せた寂しげな表情です。
 城館では子供の頃から幾度と無く会っていましたが、エドアルド商会には数度しか行っておらず、エドの執務室という個人的な空間にいたリリアは今になって考えてみれば、何が違うのかと言われても、はっきりとは思い浮かばないのですが、普段と少し雰囲気が違いました。

 変に回りくどい言い方をせずに、いきなりズバリと核心を突いた方が面白そうです。
 
「エドの事をどう思っているの?」

「な、な、何ですか! き、急に」

 意外でした。
 両手を広げて、ワタワタと振りかざし、言葉を詰まらせ、『ランツ様に嫁ぎなさい!』と、直接的な表現ではなく抽象的に尋ねたのにも関わらず、尋ねたこちらの方が恥ずかしくなってしまうような随分と分かり易い反応です。

「如何したの? なんか怪しいし~」

 からかうように言うと、リリアは肩を震わせて押し黙っていましたが、羞恥と怒気を溜めて固めて、いっぺんに吐き出すように言います。

「好きですよ、悪いですか!」

 攻守ところを変えての思わぬ攻撃に、私の方が気恥ずかしくなってしまいます。

「え、え! な、何? 『好きですよ』って?」

 動転しまくって問いただすと、溜め込んだ物を一気に吐き出したからでしょうか、俯き、肩を落とし見る影も無く縮こまってしまったリリアが、狭い馬車の中でやっと聞き取れるぐらいのか細い声で。

「好きなんです」

真剣まじかー!)

 物心つく前から、付き合いのあるエドですから、優しい叔父位に思っており、疎遠な血縁よりよほど親しくさせてもらっていて、勿論、私も大好きですし、リリアがエドに対して好意を抱いてるのは承知していましたが、どうやらリリアの言葉は意味合いが全く違うようです。
 
 あれ? リリアの気持ちを知って、初めて、胸の奥に隠れていて気付かずにいた、ドス黒い物が、滲みでるように湧き出てきました。
 
 ……この感情を何と呼べばよいのでしょうか。

『臣下を労わり、愛情をもって接しなければなりません』

 という、最愛のお母さまの教えを遵守し、臣下に我がままを言わない様にしてきた私が、唯一と言って良いほどリリアに対してだけは、何の遠慮も無く、身勝手な振る舞いをし、歯に衣着せぬ物言いをして来たのですが、今この場で何を言えばよいのか、言葉が見つかりません。

 すっかり傾いた陽射しが、馬車の中にも長い影を落とします。

 2人ただ押し黙り、答えの出ぬまま馬車が城館に、

 辿り着きました。
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