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10・何ですか、ちょっとズルくないですか。
しおりを挟む「お嬢!」
私が背後の気配に振りむくより速く、リリアが声を限りに叫びました。
土をえぐり砂埃を舞い上げて跳躍するや否や、一足飛びに私の脇を抜けて背後に回り込みます。
慌てて振り返ると、そこには黒く大きな人影があり、私に向かって手を伸ばしてくるではありませんか。
(え!? この人って)
「リリア! 待って」
私の制止する言葉もリリアには届きません。
子供の頃からのリリアの悪癖でもあり、愛すべき性癖でもあるのですが、私に無断で近寄る者はすべて敵と認識してしまうのです
私から目を離した隙に異変が起こったという事態に、リリア自身が己の迂闊さを許せなくて、冷静さを欠き、逆上してしまったのでしょう。
―――ッ!
リリアの無言の気合と共に左足踵が地に捻じ込まれ、右脚が高々と跳ね上がり、大きな弧を描いた渾身の回し蹴り一閃です。
(お~! かっけー!)
ほんの一瞬の出来事なのですが、周囲の状況など何も頭に入らず、リリアの動きに目を奪われてしまっているのですから、我ながら呆れてしまいます。
黒い人影の側頭部に当たる……刹那。
手と脚が交錯し、金属がぶつかり合うような甲高い音が響き渡りました。
左手甲でリリアの蹴りを受け止めたのです。
黒い人影が飛び退り間合いを取り、困惑した声を上げます。
「おい、お……」
リリアは聞く耳を持たず、尚も追撃を仕掛けようと間合いを一気に詰め、襲い掛かろうとして身体がピタリと止まります。
ありふれた帽子を目深に被って分かりにくいとはいえ、やっと誰を相手にしているか気づいたようです。
どういう手練なのでしょうか、一瞬出来た隙に黒い人影が軽く手を差し出しただけで、リリアの身体が反転して宙を舞い、横抱きにかかえられて……羨ましくなんてありません!
何が起こったか訳が分からず唖然とするリリアはどーでもいーです。
「ランツ様、申し訳ございません」
黒い人影の名はワーダー・ランツ様。
当家の家臣で、若くして城館在駐の衛兵団長であり、私とリリアの幼馴染でもあります。
立場としては私の方が勿論格上なのですが、人としての重厚さが違いますから、無礼を働いた謝罪は当然の事です。
ランツ様はそんな事は意にも介せず、爽やかな笑みを浮かべでリリアに言います。
「相変わらず、気合の入った良い蹴りだったよ、リリア」
ランツ様に抱きかかえられていると気付いたリリアの頬が、見る間に染まって行くとは、予想外の滅多に見られない良い物を見させて頂きました。
青みがかった銀髪を肩まで伸ばし、何処までも澄んだ碧眼、高く通った鼻筋、薄く引き締まった唇、精悍な容姿のうえに、武芸に秀でた人格者とあれば、リリアが、皆が憧れるのも無理はありません。
あ! いけません。
当たり前の事ですが、かなり目立ってしまっていますので、この場を逃げ出した方が良さそうです。
「ほら、リリア、トットと降りる!」
ランツ様もリリアも、少々名残惜しそうにしているのが癪に触りますが、
三人揃って走り出します!
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