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19・初めて聞きました。
しおりを挟む「あれ? マリ、何だか多くない?」
「もー、ロキったら。マリも食べるんです!」
そりゃあ、失礼致しました。
何せ、大喰らいばかりに囲まれていますから目立ちませんが、マリも食欲旺盛です。先ほど私のコンフィに齧りついて一口味見しただけですから、お腹が空いているのも当然です。
さて、どちらから頂きましょうか。まずは本命の赤ワイン煮に手を伸ばすと、マリが不思議そうな表情を浮かべています。
「如何したの、マリ?」
私が尋ねると、
「魔王さまも、給仕長さま、ラビ、ウルも来ないね?」
あ、勇者は無視ですね。
「あぁ、コレよ」
と、言って、床を軽く踏み鳴らします。
「コレ?」
「そう、魔法陣。この中に入っていると誰にも気づかれないの。音も、匂いも漏れないのよ」
「……!」
すると、突然、マリが椅子を蹴立てて、食材庫に向かいました。小さな麻袋を持ち出して来て、焜炉にフライパンを掛けると、麻袋の中身をボウルに開けて、何やら他の物を加えて手早く捏ね始めます。
「マリ、何をしているの?」
「すぐできる!」
と、言うだけでマリは答えてくれません。重ねて尋ねようとすると、マリはボウルの中身を取り出し麺棒で薄く延ばして、熱したフライパンに入れました。油の爆ぜる音が聞こえたかと思うと、芳ばしい玉蜀黍の香りが……トルティーヤです! マリは一体何処でトウモロコシを見つけて来たのでしょう? こちらでは市場に出回っているのは見た事がありません。
マリはトルティーヤを素早く、二枚、三枚と焼き上げると、皿に盛って運んできてくれました。
「コレ、おいしいから、ロキに」
そう言ってトルティーヤを差し出す、マリの表情が憂いの陰を帯びています。
直ぐに気付きました。
幾らマリのお料理の腕が良いとはいえ、ごくシンプルなトルティーヤです。ところが、マリが「おいしい」とまで言って、今までに嗅いだことの無いような素晴らしい香りがするという事は、余程上質なトウモロコシ粉を使っているのでしょう。小さい麻袋でしたから、みんなに行き渡るだけの量が無かったに違いありません。マリの気持ちを思うと「みんなで食べられなくて残念だね」と思う反面「おいしいから、ロキに」と、言ってくれて......。
余計な言葉を口にせずに、いえ、口にできずに、赤ワイン煮を切り取ってトルティーヤで包みこんで頂きました。マリが正面で頬杖ついて私を見詰めていますので、素知らぬ顔をしていようと思いましたが……無理でした。頬が緩むのを抑えられません。
美味すぎます!
ちょっと意外な組み合わせかなと思ったのですが、どうして、どうして。真紅のドレスで着飾った貴婦人のような上品な姿でも、野趣あふれる風味迄は隠しようがありません。それがまた、素朴な味わいながら、濃厚な旨味のトルティーヤによく合います。
私の反応に満足気に一つ頷いて、マリもトルティーヤを半分に千切って、ブランデーソースを包んで食べ始めました。頬をつねり上げてやろうかとも思いましたが、それどころではありませんでした。マリが一口齧ったトルティーヤの断面を、真ん丸な眼を見開き、凝視して、固まっているのです。そして、つぶやくように口を開いたのです。
「すげーおいしい!」
え!?
マリが「すげーおいしい!」だとー!?
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