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27・私は美味しくありません。
しおりを挟む理屈ではありません。
店に入った瞬間に、普段と雰囲気が違うなと感じました。
案にたがわず、扉の鈴の音を聞きつけたのでしょう、咲ちゃんの私を呼ぶ声が厨房から上がりました。
「日向さ~ん」
困惑と喜悦の入り混じったような微妙な声ですね、はい、おおよその見当はつきましたので、床を踏み鳴らして厨房へと向かいます。
「何やってるの貴女たち!」
3人娘が咲ちゃんを取り囲んで揉みくちゃにしていました。
輪を抜け出してマリが飛びついてきます。
「まかないがきた!」
いや、私は賄いではありません。
「遅いぞ日向!」
「待ちくたびれましたわ。咲ったら日向が来るまで『賄いにはしない』などと言い張るものですから」
うん、この娘たちと言い争うより、賄いを作ってあげた方が、私の精神衛生上良いに決まっています。
「咲ちゃん今日の賄いは?」
「昨日のスズキ、皮霜造りにして酢締めにしてあります。ちらし寿司にしようかと思って、錦糸玉子も作っておきましたから直ぐできますけど」
「何人前位ある?」
「5人前はなんとか作れますね」
「それ全部この娘たちに出してあげて、私と咲ちゃんの分はスズキを味噌床に浸けてあるから焼いてくれる」
「は~い!」
「はい、はい、貴女たちは咲ちゃんの邪魔になるから、客席の方にサッサと行った、行った」
「はい!」「はい!」
こういう時だけは本当に素直で良い娘たちです。
「マリは、みててよいですか?」
「咲ちゃんの邪魔にならないようにね」
「わかった!」
マリは咲ちゃんの後ろにカルガモの親子のようのピッタリと付いて歩き、スズキの味噌漬けを焼き始めたら、食い入るように見つめています。
「咲ちゃん、味噌漬け全部焼いちゃって」
「は~い」
咲ちゃん苦笑い混じりの返事です。
今日のサイドメニューにと仕込んで置いた物ですが『それもくいてー!』と言い出すに違い無いのは、咲ちゃんも先刻ご承知のようです。
白味噌に酒、味醂、蔵元さんから頂いた酒粕を合わせて作った味噌床で、まだ色々と加減を試しているところですので、焼き上がった物を咲ちゃんと一緒に試食してみましょう。
「う~ん、美味しいですぅ~!」
うん、良い塩梅ですし、焼き加減も上々です。
「日向さ~ん」
咲ちゃんの声に気が付くと、マリがしがみついて、親鳥に餌をねだる雛鳥みたいに切なそうに口をパクパクしていていました。
咲ちゃんが良く冷ましてから切り身をマリの口に入れてあげると、例のうっとり顔です。
「日向さん、私、親鳥の気持ちが分りました」
なによりです。
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