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「フン、第十三小隊は見すぼらしい連中ばかりだな!」

ふいに周りに響く大声。
その声の主を探せば、横に並走して歩く兵士たちの中から聞こえてきたものだった。
正規兵…それも、王族の旗を掲げた下に仁王立ちでいるその男は、王家の印が刻まれた鎧を身につけている。

思わず私は顔をしかめた。
金と銀の装飾が施された派手な鎧。
私とは血が繋がっているのかどうかを疑いたくなるような金髪碧眼。
人間の基準として美形には違いないのだが、浮かべた表情が周りを卑下するものであり、良い印象はない。
出来の悪い歌劇の役者のような、取り繕った言動。

(…ああ、この人か)

彼とは今まで一度も出会ったことはないがこの雰囲気でわかる。
この男は第二王子ガレットだ。
私は自らのフードに手を添えて目深にかぶり、目線を合わせないようにする。
いくら他の部隊と並走して歩くとはいえ、ここまで近くに指揮官が来るとは思わなかった。

私の周りにいる兵士たちは皆慌てていた。
王族の登場にざわざわと声が波のように広がれば、ガレットは気分悪そうに吐き捨てる。

「ここにいる連中は第十三小隊だな?この中にリグレット・フォン・アルケミスはいるか?」

ハッキリとした名指しによって私は渋面を浮かべた。
元より、ガレットは我が母上の教育が隅々まで行き届いている子供のため、魔族否定派であり忌み子も例外ではない。
今まで私とガレットが顔を合わせなかったのは母上が会わせたがらなかった事と、レゼル兄様が鉢合わせしないように気を利かせてくれていたからだ。
それなのに、こんな土壇場で目の前に来るなんて…よほど遠征が暇だから見物に来たに違いない。

「この場にいないわけではなかろう?黒髪の忌み子だ。我が弟と認めるのも憚れる醜い容姿をしていると聞いている。さぞや滑稽な姿なのだろう」

実際に母上と最後に会ったのは、私が七歳の頃だ。
口伝えでそういうことにされているのだろうか。

「第一王子のレゼルでさえ同情するその姿、今ここで表すがいい!!」

レゼル兄様はただ単に、親類の様子を見に来る名目で定期的に私の元まで来ていたのは確かだが、それが同情なのかどうか・・・私には本人の感情はわからない。

だが、それは今重要なことではない。
これだけ大声で周りにも聞こえるように喋っているのだ。
見世物にされている自覚はある。
私はフードを目深にかぶったまま、兵士たちの中から一歩前に出た。

「私がリグレットです」

進行を止めてまで行う会話ではない。
なるべく手短に済ませようと思いながら名乗ると、ガレットが私を見下すように笑った。
周りの視線がこちらに突き刺さるのがフード越しでもわかる。

「あれが…王族?」
「知っていたか?」
「いや、知らねえよ。あいつはここに来るまで単独行動していた子供だろ?」
「顔なんか見てねえし」
「あいつ…黒髪なのかよ?」

聞こえてくるのは私に対する困惑の声だった。
無理もない。
遠征する途中、寝泊まりを繰り返していたが、夜は闇の魔法を使い自らの姿を錯覚させて他人の記憶には残らないように努めていた。

小隊は罪人の集まりということもあり、深夜に襲われたりしたらたまったものではないからだ。

(だが、さすがに今は闇の魔法は使えない)

夜に闇の魔術を使うのならまだしも、現在は陽の光が出ている時刻だ。

「この中から出てくるとは、どうやら貴様は卑怯者ではないらしい」

ガレットは私の目の前まで歩を進めて、しげしげとフードの塊を眺めている。

「…。」

まあ、姿を見られたところで問題はないか。
黒髪と赤目なんて、怖がられるぐらいの反応だろう。
元々、第三王子は忌み子としてその容姿は広く知られており、これはただの確認行動にすぎない。

「その見すぼらしい布を取るがいい。忌み子よ」
「お言葉ですが第二王子様。私の容姿は見るに堪えないものと聞き及んでおります。ご気分を悪くされるのではないのでしょうか?」
「俺がいいと言ったのだ。取れと命令したのがわからないのか?」
「…では失礼します」

私はフードの端を持つと、覆いを取り払って後ろ髪のほうへと下げた。
肩口まで伸ばした黒髪がフードの隙間からこぼれ落ちる。
黒髪もそうだが赤紅色の瞳も相まって、人間たちから見れば化け物のように見えるだろう。
周りの兵士たちは水を打ったかのようにシン…と静まり返る。

「これでいいですか?」

伏せていた顔を上げると私は真っ直ぐに第二王子ガレットを見つめた。
そこには、先程まで息巻いていた第二王子の顔…ではなく、面食らったまま動きを止めた男の表情があった。

目を丸く見開き、口を半開きにしたまま動かなくなったガレットを見つめ返し、私は小首をかしげる。

「どうかされましたか?」

異形を見るにしては間の抜けた表情だ。
そのままお互いが時間をかけてたっぷり顔同士を見つめ合った後、特に命令もないので私はフードを元のようにかぶりなおそうと手をかけた。

「ちょ、ちょっ…ちょっと待て!!」

ガレットに呼び止められて私は動作を止めた。

「なんだ?」

私はフードに手をかけたまま問う。
別に面白みもなかったと判断して、何事もなかったかのように行動を終了しようと思ったのだが。

元より、第三王子が忌み子というのは周知の事実であり、黒髪と赤目も噂の通りである。
それを証明したのだから、見物人たちは笑えばいい。

「あのっ、あのなぁ!!もう少し見せてくれないか?戻すのが早すぎないか!?」

わりと時間があったように感じたのだが。
まぁいいか。

「そうか…どうぞ」

私はそのまま、フードを被らずにガレットの視線と周りの視線を受け止めた。

だが現状は周りも静まり返ったばかりで、人間にとっては面白みもなかったようだった。
たっぷりと正面からガレットに眺められた後、周りの視線も突き刺さる。
その視線の中から殺意や悪意は感じない。

(よくわからない)

よくわからないが、数多くの視線だけを受け止めて、今度こそいいかと思って私はフードを戻した。

「おい!なぜだ、なぜリグレット、き、きみはっ!」

言葉を詰まらせながら動揺したかのようにガレットが私に問う。
その言葉から意図した内容を汲み取れなかった私は小首をかしげる。

「だから、なんだ?」
「そ、その……きみは、そのっ」

最初の勢いはどこにいったのか、散々大声で喋っていた声が今度は小さくなってゆく。
第二王子の変化…もとより、その動揺が周りにも伝わったのか、見物していた兵士たちもおろおろする。
揃いも揃って、だからなんだというのだ?

「あの、その、だな………」
「…?」

いつまでたってもガレットの言葉はまとまらない。
私はそのまま言葉がまとまるのを待っていた。

ガレットは自らの頭を左右に振り、右手で己の前髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
その顔は真っ赤に染まっていた。
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