未必の恋

ほそあき

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 目が覚めるとベッドにいた。
 昨日の夜のことは覚えてる。ソファで兄に抱きついたまま眠った。
 ということは、兄がここまで運んでくれたんだろう。重かっただろうな。
 のそりとベッドから出る。朝のホームルームまではまだ一時間ある。ゆっくり支度しても間に合う時間だ。
 朝飯は何にしようかな、と思いながら寝室からリビングへと続く扉を開く。

「おはよう、倉光」
「……は?」

 兄がいた。

「ソファを借りて寝たぞ。汗はかいていないから心配はいらない」
「いやそんな心配はしてねぇけど」

 よく俺の部屋に来るわりには、俺の部屋に泊まったのは初めてだよな。
 そんなことはどうでもいいか。問題は兄が──原賀が昨夜、明らかに俺のことを弟だと分かってないとしない行動をして、それで、今。
 目の前に、原賀がいる。

 どう接すればいい?
 今までは、もしかしたら知られてるかもしれない、くらいの曖昧さを持ってた。知らないかもしれないっていう可能性があった。
 でも昨夜の一件は違う。
 原賀は、俺が弟だということに気づいてる。

「朝食、できているぞ。冷蔵庫の食材を借りた。意外と揃っているな」
「たまに料理するし……。そっちこそ、料理できたんだ」
「生徒会の仕事が忙しければ、食堂に行くのも面倒で自炊するからな。簡単なものしか作れないが。ほら、先に顔を洗ってこい」

 俺の部屋の簡易キッチンで料理する生徒会長って何なんだ。
 そんな現実逃避をしてる場合じゃない。なんで、何も言わないんだ。知ってるくせに。
 洗面所で顔を洗い、歯磨きをしてからリビングに戻っても、やっぱり原賀がいる。寝ぼけて見た幻じゃない。
 テーブルには朝飯が並べられてる。簡単なものしか作れないと言ったわりには、朝から白米を炊いて味噌汁を作るという本格的なメニューだ。何時に起きたんだろう。

「いただきます」
「いただきます」

 原賀と向かい合って食事するのはいつ以来だろうか。
 成瀬先輩と初めて話した日以来だ。あれから、原賀とは人前で顔を合わせてない。
 お互いに何も話さない。いつ何を言われるのか、そればっかりが気になる。料理は美味しいけど、ぼんやりと集中できないままに口に運ぶ作業と化した。

「ごちそうさま」
「食器、置いてっていいからな。作ってもらったし」
「だったらそれに甘えようか。俺は部屋に帰るが、遅刻するなよ」
「しねぇよ。まだ余裕あるし」

 一足先に朝飯を終えた原賀が俺の部屋を出て行く。
 何も、言われなかった。
 どうして。昨夜だってあんなにも優しかった。まるで過去の、仲が良かった時の兄のように。

 原賀が何を考えてるのか分からない。ずっと分からなかったけど、さらに分からなくなった。
 恨み言をぶつけられても仕方がない。バレたからには受け止める覚悟はあった。どれだけ嫌われてることを突きつけられても、それは俺が逃げちゃいけないことだと思ってる。
 でも、何も言われなかったんだ。
 この生温い距離感がつらい。
 届かないのに手を伸ばし続けて、もう少しで届くかもしれないという夢を見せられ続ける。

 怖い。
 知らないから俺と一緒に過ごすんだ、っていう可能性はもうない。
 それなのに、今までと変わらない態度で。どうして何も言ってこないんだ。何を考えてるんだ。何も分からない。分からないことが怖い。
 原賀が怖い。
 俺を恨んでるはずなのに、優しくする原賀が怖い。
 俺を恨んでるはずなのに、明言しない原賀が怖い。
 分からない。頭が混乱する。どうして、という言葉が脳内を飛び交う。

 その日から一週間、俺は徹底的に原賀を避けた。
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