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執念の最果て
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緋色の華の庭に、命が散った赫と血の臭気が満ちる中。
真実を取り戻した者達は、厳しい顔で沈黙していた。
迩千花――寿々弥であったものの中にも、徐々に過去にあった出来事と、我が身に起きた出来事、そして己が何であるのかという事実が鮮明になっていく。
何という事を、と口にしたくても言葉になってくれない。衝撃はあまりに大きすぎて、辛すぎて。
「見瀬が、祭神を取り戻す術を手に入れた、と言っていたのは……」
「……一言二言言葉をくれてやっただけで、呆気ないものだ」
漸く、辛うじてといった風に紡げたのはそんな言葉だった。それに対して築――久黎は笑みこそ穏やかなまま、つまらなそうに語る。
それを聞いて、裡に火花生じたのを感じた次の瞬間、気が付けば叫んでいた。
「一族は、皆は……貴方を信じていたのに……!」
「自分の利になるからだろう? そもそも、器を作る為だけに繋げてやっていただけだ。もう必要ない」
眉を寄せ不快そうな様子で久黎は言う。
元より、彼は玖珂の一族を良く思っていなかった。
寿々弥を酷使した挙句に用済みとなったら放り出したと、憎んですら居た。
そんな彼が一族を今日に至るまで加護を与え続けさせたのは、寿々弥の器を作り出す為。
それこそが、異能を以て影から国政にすら参与してきた一族の存在意義……。
「その為、だけに‥…?」
「……いきなり人ならざる器を与えるより、血筋からなる馴染みある器を。その方がお前に負担がないと思ったのだろう」
乾いた声音で呆然と口にした言葉に、織黒の苦々しげな言葉が重なる。
見上げると、呪いに蝕まれかけた苦痛はまだ残っているのが感じ取れるものの、その鋭い漆黒の双眸は久黎を確りと捉えている。
「さすが織黒。わかっているじゃないか、弟よ」
「……この期に及んで、白々しい……!」
朗らかとすら言える笑みと共に言う久黎に、織黒は低く唸るように吐き捨てた。
その声に含まれるのは憎しみであるが、その底には違う感情がある。
自分を裏切った兄を見つめる織黒の眼差しは、あまりにも複雑な感情が入り交じったものだった。
それは当然の事だ。白の真神と黒の真神は、兄弟は、とても仲が良かった。弟は兄を尊敬し、信頼していた。
その相手に最悪の形で裏切られたのだから……。
織黒の裡の鬩ぎあいを察してか、知らずか。久黎は過去に思いを巡らせるような様子で続ける。
「条件に適した者達を出会わせ、娶せ、掛け合わせて血統を調整し続けた。結果として強い異能を与えてやれば、奴らは喜んで従って見せたよ」
人を家畜か何かのように言う久黎に、思わず眉を寄せてしまう。
目の前の相手にとって、人はその程度の存在でしかないと言う事なのか。それとも、そうまで変質してしまったということなのか。
久黎は一つ息を吐くと、更に今に至るまでを語り続ける。
「より適合したものを生みだせるように細心の注意を払いながら命じ、長く……長くそれを繰り返して。漸くお前の魂の器として相応しいものが出来上がった」
祭神の託宣とあらば、一族の者達は否応なく従う。
それに、強い異能持ちが生まれるという結果が約束されたなら、猶更。
そして、選ばれた者達は結ばれ子を為し、次を造りだし、続いてきた――『迩千花』に至るまで。
「それが『迩千花』だった」
この身体は久黎の執念が結実したものだった。
しかし、器だけが生まれてくるわけではない。この身体には『迩千花』として生まれた魂が宿っていた筈だった。
それなのに、今はわたしがこの身体に居る。
その原因となったのは、恐らく……。
「あの日、儀式にて魂の入れ替えを完了するつもりだった」
予想を裏付けるかのように、久黎は目を細めてその出来事について語り始めた。
思わず、縋りついていた織黒の着物を握りしめてしまう。手に力が籠ってしまう。
三年前の失敗した祭祀。迩千花が忌むべき存在へと堕ちた切欠。
その影には、堕ちた白き真神が在ったのだ。
「儀の混乱に生じて迩千花の魂を抜き取り、我が身に封じていた寿々弥の魂を器に入れた」
それは彼女が『迩千花』になった出来事であり、三年前の祭祀に纏わる真実。
祭祀は失敗したのではなく、させられたのだという事。そして、自分はその時に生じたのだという事。
三年前より前の迩千花の記憶が無いのは当然だ。
三年前のあの時から、この身体に宿っていたのは『迩千花』ではなく『寿々弥』だったのだから。
しかし、と呟いて久黎は大きく嘆息した。眉根は寄せられ、表情は煩わしいといった風に曇っている。
「不要なものだけを掻きだしたはずだったのに。寿々弥の心と記憶は戻らぬ上に、異能まで消え去るとは、些か想定外だった」
「不要な、なんて……」
久黎の言葉の通りであれば、本来この身体に宿っているべきだった……それまで『迩千花』として生きて来た魂が抜き出されたのだ。
それを不要なものと一言で片づける相手に、絶句してしまう。
元からそうだったのか。自分が気付けなかっただけなのか。あの木漏れ日の庭で穏やかに笑っていた男性は、ずっと前から、初めから……?
困惑したまま途切れた言葉の先『築』の姿のまま、久黎は更に続けた。
「何が起きているか確かめる為に『築』という人間を作り出した。あとはお前も知っている通りで、現在に至る」
五年前に務めを辞した女中が『迩千花の兄』の存在を知らなかった理由が明らかになる。
『築』という存在が生じたのが三年前であるならば、女中が知る事が出来る筈がないのも当然である。
一族のものや家人、見瀬の者に対しては記憶を操る力が及んだのだろうが、それ以前に去った者に対しては及ばなかった。
そして『築』は生まれ、祭神は沈黙した。
あまりの事にもはや呻き声すら失ってしまう。
人の記憶や理を己の目的の為に書き換える事に、信じる者達を欺く事に何の躊躇いも呵責もない様子を見れば、言いたい事は数多あれども心が揺れすぎ言葉に出来ない。
あなたは、何故。何時から、どうして――。
考えても詮無い事とは分かっていても、理由の根源が何処にあるのか分かっていても、脳裏を駆け巡るのは『どうして』ばかり。
それでも必死に、問いを絞り出そうとして久黎へと真っ直ぐに眼差しを向けた。
不意に少女の声が聞こえたのは、その時だった。
「不要なんて、随分な言い方をしてくれたわね」
(緋那……!?)
何時もは鈴を慣らすように軽やかで可愛らしい声音が、硬質な響きを帯びている。
騒動に一度は姿を現す事も止めて隠れていた筈の彼女の友が、その場に姿を現わしていた。あれほど嫌がっていた築――久黎の前であるというのに。
それに、何時も馴染んでいた少女とは何かが違う。
花精の少女には、平素あった儚さがない。存在を為す何か大切なものを得た……否、取り戻したとでもいうような、確かな現の存在感があった。
怯える事なく、むしろ激しい感情を込めて緋那は久黎を見据えている。
現れた花精の姿に、一度は目を瞬いた久黎は、少女が『誰』であるかを悟るとまずひとつ溜息を零した。
「……なんだ。お前、まだ留まっていたのか。そのうち消えてなくなるだろうと思っていたのに」
少女に対して投げられたのは、煩わしさを隠そうともしない溜息交じり言葉だった。
彼にとってはどうでもいいと思っていた相手が現存していたと言う事を、肩を竦めて久黎は口にしている。
それが示しつつある事実に、裡に生じた可能性に、思わず息を飲む。まさか、と心の内に呟いてしまう。
「この庭の花たちが助けてくれたのよ。予想を裏切って悪かったわね。放り捨てたものは消えて居て欲しかったんでしょうけど、おあいにく様」
「口の減らない事だ。……化生にまで落ちぶれて、それでもなお現世にしがみ付いていたとは」
互いに対する嫌悪を隠そうともしない二人のやり取りに、生じた疑念が少しずつ確かになっていく。
疑いが、少しずつ真実になっていく。
他の誰にも見えなかった『迩千花』の友。
『わたし』が出会った、何時からかそこにいたのかも分からぬといっていた、名をもたなかった少女。
それは、少女が。少女こそが――。
久黎は嘲笑を浮かべながら『緋那』に問いかけた。
「今のお前は何と呼ばれている? 何と呼べばいいのだ? なあ『迩千花』」
真実を取り戻した者達は、厳しい顔で沈黙していた。
迩千花――寿々弥であったものの中にも、徐々に過去にあった出来事と、我が身に起きた出来事、そして己が何であるのかという事実が鮮明になっていく。
何という事を、と口にしたくても言葉になってくれない。衝撃はあまりに大きすぎて、辛すぎて。
「見瀬が、祭神を取り戻す術を手に入れた、と言っていたのは……」
「……一言二言言葉をくれてやっただけで、呆気ないものだ」
漸く、辛うじてといった風に紡げたのはそんな言葉だった。それに対して築――久黎は笑みこそ穏やかなまま、つまらなそうに語る。
それを聞いて、裡に火花生じたのを感じた次の瞬間、気が付けば叫んでいた。
「一族は、皆は……貴方を信じていたのに……!」
「自分の利になるからだろう? そもそも、器を作る為だけに繋げてやっていただけだ。もう必要ない」
眉を寄せ不快そうな様子で久黎は言う。
元より、彼は玖珂の一族を良く思っていなかった。
寿々弥を酷使した挙句に用済みとなったら放り出したと、憎んですら居た。
そんな彼が一族を今日に至るまで加護を与え続けさせたのは、寿々弥の器を作り出す為。
それこそが、異能を以て影から国政にすら参与してきた一族の存在意義……。
「その為、だけに‥…?」
「……いきなり人ならざる器を与えるより、血筋からなる馴染みある器を。その方がお前に負担がないと思ったのだろう」
乾いた声音で呆然と口にした言葉に、織黒の苦々しげな言葉が重なる。
見上げると、呪いに蝕まれかけた苦痛はまだ残っているのが感じ取れるものの、その鋭い漆黒の双眸は久黎を確りと捉えている。
「さすが織黒。わかっているじゃないか、弟よ」
「……この期に及んで、白々しい……!」
朗らかとすら言える笑みと共に言う久黎に、織黒は低く唸るように吐き捨てた。
その声に含まれるのは憎しみであるが、その底には違う感情がある。
自分を裏切った兄を見つめる織黒の眼差しは、あまりにも複雑な感情が入り交じったものだった。
それは当然の事だ。白の真神と黒の真神は、兄弟は、とても仲が良かった。弟は兄を尊敬し、信頼していた。
その相手に最悪の形で裏切られたのだから……。
織黒の裡の鬩ぎあいを察してか、知らずか。久黎は過去に思いを巡らせるような様子で続ける。
「条件に適した者達を出会わせ、娶せ、掛け合わせて血統を調整し続けた。結果として強い異能を与えてやれば、奴らは喜んで従って見せたよ」
人を家畜か何かのように言う久黎に、思わず眉を寄せてしまう。
目の前の相手にとって、人はその程度の存在でしかないと言う事なのか。それとも、そうまで変質してしまったということなのか。
久黎は一つ息を吐くと、更に今に至るまでを語り続ける。
「より適合したものを生みだせるように細心の注意を払いながら命じ、長く……長くそれを繰り返して。漸くお前の魂の器として相応しいものが出来上がった」
祭神の託宣とあらば、一族の者達は否応なく従う。
それに、強い異能持ちが生まれるという結果が約束されたなら、猶更。
そして、選ばれた者達は結ばれ子を為し、次を造りだし、続いてきた――『迩千花』に至るまで。
「それが『迩千花』だった」
この身体は久黎の執念が結実したものだった。
しかし、器だけが生まれてくるわけではない。この身体には『迩千花』として生まれた魂が宿っていた筈だった。
それなのに、今はわたしがこの身体に居る。
その原因となったのは、恐らく……。
「あの日、儀式にて魂の入れ替えを完了するつもりだった」
予想を裏付けるかのように、久黎は目を細めてその出来事について語り始めた。
思わず、縋りついていた織黒の着物を握りしめてしまう。手に力が籠ってしまう。
三年前の失敗した祭祀。迩千花が忌むべき存在へと堕ちた切欠。
その影には、堕ちた白き真神が在ったのだ。
「儀の混乱に生じて迩千花の魂を抜き取り、我が身に封じていた寿々弥の魂を器に入れた」
それは彼女が『迩千花』になった出来事であり、三年前の祭祀に纏わる真実。
祭祀は失敗したのではなく、させられたのだという事。そして、自分はその時に生じたのだという事。
三年前より前の迩千花の記憶が無いのは当然だ。
三年前のあの時から、この身体に宿っていたのは『迩千花』ではなく『寿々弥』だったのだから。
しかし、と呟いて久黎は大きく嘆息した。眉根は寄せられ、表情は煩わしいといった風に曇っている。
「不要なものだけを掻きだしたはずだったのに。寿々弥の心と記憶は戻らぬ上に、異能まで消え去るとは、些か想定外だった」
「不要な、なんて……」
久黎の言葉の通りであれば、本来この身体に宿っているべきだった……それまで『迩千花』として生きて来た魂が抜き出されたのだ。
それを不要なものと一言で片づける相手に、絶句してしまう。
元からそうだったのか。自分が気付けなかっただけなのか。あの木漏れ日の庭で穏やかに笑っていた男性は、ずっと前から、初めから……?
困惑したまま途切れた言葉の先『築』の姿のまま、久黎は更に続けた。
「何が起きているか確かめる為に『築』という人間を作り出した。あとはお前も知っている通りで、現在に至る」
五年前に務めを辞した女中が『迩千花の兄』の存在を知らなかった理由が明らかになる。
『築』という存在が生じたのが三年前であるならば、女中が知る事が出来る筈がないのも当然である。
一族のものや家人、見瀬の者に対しては記憶を操る力が及んだのだろうが、それ以前に去った者に対しては及ばなかった。
そして『築』は生まれ、祭神は沈黙した。
あまりの事にもはや呻き声すら失ってしまう。
人の記憶や理を己の目的の為に書き換える事に、信じる者達を欺く事に何の躊躇いも呵責もない様子を見れば、言いたい事は数多あれども心が揺れすぎ言葉に出来ない。
あなたは、何故。何時から、どうして――。
考えても詮無い事とは分かっていても、理由の根源が何処にあるのか分かっていても、脳裏を駆け巡るのは『どうして』ばかり。
それでも必死に、問いを絞り出そうとして久黎へと真っ直ぐに眼差しを向けた。
不意に少女の声が聞こえたのは、その時だった。
「不要なんて、随分な言い方をしてくれたわね」
(緋那……!?)
何時もは鈴を慣らすように軽やかで可愛らしい声音が、硬質な響きを帯びている。
騒動に一度は姿を現す事も止めて隠れていた筈の彼女の友が、その場に姿を現わしていた。あれほど嫌がっていた築――久黎の前であるというのに。
それに、何時も馴染んでいた少女とは何かが違う。
花精の少女には、平素あった儚さがない。存在を為す何か大切なものを得た……否、取り戻したとでもいうような、確かな現の存在感があった。
怯える事なく、むしろ激しい感情を込めて緋那は久黎を見据えている。
現れた花精の姿に、一度は目を瞬いた久黎は、少女が『誰』であるかを悟るとまずひとつ溜息を零した。
「……なんだ。お前、まだ留まっていたのか。そのうち消えてなくなるだろうと思っていたのに」
少女に対して投げられたのは、煩わしさを隠そうともしない溜息交じり言葉だった。
彼にとってはどうでもいいと思っていた相手が現存していたと言う事を、肩を竦めて久黎は口にしている。
それが示しつつある事実に、裡に生じた可能性に、思わず息を飲む。まさか、と心の内に呟いてしまう。
「この庭の花たちが助けてくれたのよ。予想を裏切って悪かったわね。放り捨てたものは消えて居て欲しかったんでしょうけど、おあいにく様」
「口の減らない事だ。……化生にまで落ちぶれて、それでもなお現世にしがみ付いていたとは」
互いに対する嫌悪を隠そうともしない二人のやり取りに、生じた疑念が少しずつ確かになっていく。
疑いが、少しずつ真実になっていく。
他の誰にも見えなかった『迩千花』の友。
『わたし』が出会った、何時からかそこにいたのかも分からぬといっていた、名をもたなかった少女。
それは、少女が。少女こそが――。
久黎は嘲笑を浮かべながら『緋那』に問いかけた。
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