大正石華恋蕾物語

響 蒼華

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それぞれの後日談

海の彼方の祈り

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 ロンドンより少し離れた田園地帯に、フィオリトゥーラ家の屋敷は存在していた。
 一族の使命を果たす為若き当主が館を留守にしてから、既に季節がひとつ移り変わっている。
 仕える者達が今かと待ちかねた帰還が、彼の瞳と同じ蒼い空が何処までも澄み渡る日に漸く為されたのである。
 出迎える者達に労いの言葉をかけながら、旅装も解かずにナサニエルはゾーイを伴い歩みを止めなかった。
 長の不在に溜まった執務を抱える者達に簡単に指示を出しながら、休息すら取らずに或る場所を目指して彼らは進む。
 執事である老齢の男性は、言葉なくただその後ろ姿に深々と一礼して見送った。

 やがて彼らは敷地内の白い建物へと辿り着く。
 其れは一族の者達が眠る墓所。
 その奥まった場所に、その棺は存在していた。

 花と祈りだけは決して絶やさぬように言い渡されている場所。
 彼の一族を呪縛し続けた忌まわしき敵との戦いを決意した始まりの女性ロザリンドの墓である。

 ナサニエルは無言のまま、その棺の前に跪く。
 傍らの従者たる者も、本来の姿――銀の彫像のような青年の姿に戻り、其れに倣った。

 暫しの間、沈黙と共に捧げられる祈り。
 やがて口を開いたナサニエルが、まず口にした言葉というのが――。

「妻を迎え損ねました」
「報告するのはそれですか」

 間髪入れずに放たれるゾーイの言葉。
 割と傷心なのですよという金色の青年に、銀色の青年は呆れたような眼差しを向けている。
 実は彼が本気で花嫁を探していた事も知っているし、この人はという女性にかの国を訪れて早々に運命的に出会ったのも知っている。
 その女性が、彼を選ばなかった事も当然ながら。
 やんわりと受け入れたように見えて、その実かなり心の傷は深いというのと察してはいるのだが。
 始まりの女性に報告する事ではあるまいと、ゾーイがナサニエルを見つめる眼差しは半眼となる。

「……聞いてほしかっただけです」
「失恋の話は後で執事さん達にでも話して慰めてもらえば良いでしょう。……それより、ほら」

 促されれば、分かっていますよと言わんばかりに苦笑して頷くナサニエル。
 少しの間、思案するように瞳を閉じて。再び開いて蒼玉を静かに棺に向けて、言葉を紡ぎ始めた。

「……終わりましたよ、異母兄妹である貴方の両親を弄び、貴方の運命を狂わせた『フィオリトゥーラのパリュール』との戦いが」

 始まりの女性の父母は、引き離され育った母の異なる兄妹であったという。
 其の二人の運命を呪われし装身具たちが歪め弄び引き合わせ、悲劇の果てにに生まれてきた女性は戦いを決意した。
 自分の運命を歪めた者達によって、更なる悲劇を生まぬために。
 自分の哀しみが繰り返される事が、無いようにと祈りながら……。

 彼女はその為に戦い続け、そして死んでいった。
 何時か世からあの呪いたちが消え去る日を信じて。

「貴方が生涯を捧げた、奴らとの戦いは、終わりました」

 異国の地に逃れた最後の災いは、ロザリンドが後世に託した最後の希望によって打ち砕かれた。
 彼女の願いは、果たされたのだ。
 それは同時に、彼の一族が新しい道を歩み始める時が来た事もまた、示している。

 彼の行く道は、まだ定まっていない。
 当面は放り出していた形の家業に専念しながら、ゆっくり決めるとしよう。
 自分達はもう、何かに縛られた道を彷徨わずとも良いのだから……。

 青の一対を再び伏せて、彼は祈りを捧ぐ。
 後方に控える銀の青年も、万感の思いを込めて瞳を伏せて、願う。

「どうか、安らかに眠り給え……」

 数多の想いを込めたその言葉は、静謐な墓所の空気に溶けて消えた――。
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