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すれ違いの不協和音
本と、思い出と
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階下の騒動の後、シャノンは何かと慌ただしい日々を送っていた。
命こそ拾ったものの、心身共に厳しい処罰を受け去った侍女長の握っていた人事管理権と予算管理権が、シャノンに預けられたのだ。
実の処シャノンとて、そうそう詳しいわけでもない。
ただ、実家の裏方から人の流れ、予算の流れを見る事があったから、それを参考に采配した。
それに、シャノンは一人で権限を握り、とりまとめようとは思わなかった。
有能だが、それ故に継母に諫言して解雇された使用人頭に連絡を付けて蒼玉宮へと招いたのだ。
老齢の男性はシャノンがカードヴェイル邸を出る事が出来て、エセルバートの妃となったことを喜んでくれた。
彼と、蒼玉宮の古参の中で信頼できると思った人間の助けを借りて、忙しいものの何とか任された仕事を切り盛り出来るようになった。
大きな混乱を招く事なく新しい体制に、更には待遇まで改善してくれたシャノンに対して使用人達の称賛は止まない。
シャノンは最初こそただ戸惑うばかりだったが、徐々に考えを変えて行く。
全ては、自分が使われる側だったから気付いてしまい、他人事とは思えなかったからした事だった。
それでも有難うございますという心からの感謝を向けられるうちに、気付いた事がある。
素晴らしいという褒め言葉も、本当に自分がした事や成し遂げた成果に向けられているのだと。
亡き母に教えられた事を、妹の為に使わされていて結果として磨かれた教養。
人の為にしてきた事であっても無駄にはなっていなかった。今までしてきたことは、全て今日の自分に繋がっている。
今ここにあるのは、紛れもなく自分が為してきた努力の結果なのだ。
今でも自分は、華やかな表舞台で目立つのは得意ではない。それは母が亡くなる前からの、元々の性分だ。
けれども、自分はもう表舞台に立つ事は出来ないのだからという諦めが何時しか自分を支配していた。
父親を人質にとられた状態で逆らえば自分も危ない事がわかっていた為反抗する事ができなかった。
いつの間にか日々の衣食住が確保できればよいと諦める事に慣れすぎてしまったから、称賛も功績も自分のものなのにと思う事すら忘れてしまっていた。
シャノンは、素直に嬉しいと思った。褒めてもらえる事、感謝される事、そして受け入れられる事が。
向けられる言葉をお世辞だと疑うだけでいたくない、と思ったのだ。
そんなシャノンを見て、エセルバートは何故か心の底から嬉しそうな顔を見せる。
それを見てシャノン心に呟いた。エセルバートのそんな笑顔をみることが、嬉しくて仕方ない、と思うと……。
優しい甘さに慣れてしまいそうになる自分が怖い。
温かい抱擁を嬉しいと思ってしまう自分に、必死に仮初のものと言い聞かせる頻度が増えているのが、怖い。
そう思ってしまっている理由に、気付きかけている事が、怖い……。
溜息をつきながら、シャノンは手にしていた本を閉じて棚にしまった。
忙しい日々、毎日少しの時間であっても、シャノンは完成した図書室で時間を過ごして居た。
せっかく本が読めるようになったのだから、と時折寝る時間すら惜しんでしまいエセルバートに怒られる事があるけれど。
集められた様々本に、ついつい目を輝かせるのは止められない。
図書室で過ごしていると、大書院に通った頃を思い出す。あの場所で出会った姉弟の事も。
姉のほうは少しすると読みたい本があるからと去ってしまったが。
弟のほうは時間の許す限りシャノンと居て、熱心に本の話を聞きたがった。
隣に並んで、語られる内容のひとつひとつに大きな反応を返してくれて。
シャノンが本を読んで聞かせると、輝くような笑顔を見せて喜んでくれていた。
『シャノン、また本を読んでくれ!』
あの日の弾むような声が、不思議と懐かしく最近蘇る。
今頃彼はどこにいるのだろう。何処の誰かも分からないまま別れてしまったけれど。
どうか彼が今幸せでありますように。心に小さく願い、シャノンは図書室を後にした。
命こそ拾ったものの、心身共に厳しい処罰を受け去った侍女長の握っていた人事管理権と予算管理権が、シャノンに預けられたのだ。
実の処シャノンとて、そうそう詳しいわけでもない。
ただ、実家の裏方から人の流れ、予算の流れを見る事があったから、それを参考に采配した。
それに、シャノンは一人で権限を握り、とりまとめようとは思わなかった。
有能だが、それ故に継母に諫言して解雇された使用人頭に連絡を付けて蒼玉宮へと招いたのだ。
老齢の男性はシャノンがカードヴェイル邸を出る事が出来て、エセルバートの妃となったことを喜んでくれた。
彼と、蒼玉宮の古参の中で信頼できると思った人間の助けを借りて、忙しいものの何とか任された仕事を切り盛り出来るようになった。
大きな混乱を招く事なく新しい体制に、更には待遇まで改善してくれたシャノンに対して使用人達の称賛は止まない。
シャノンは最初こそただ戸惑うばかりだったが、徐々に考えを変えて行く。
全ては、自分が使われる側だったから気付いてしまい、他人事とは思えなかったからした事だった。
それでも有難うございますという心からの感謝を向けられるうちに、気付いた事がある。
素晴らしいという褒め言葉も、本当に自分がした事や成し遂げた成果に向けられているのだと。
亡き母に教えられた事を、妹の為に使わされていて結果として磨かれた教養。
人の為にしてきた事であっても無駄にはなっていなかった。今までしてきたことは、全て今日の自分に繋がっている。
今ここにあるのは、紛れもなく自分が為してきた努力の結果なのだ。
今でも自分は、華やかな表舞台で目立つのは得意ではない。それは母が亡くなる前からの、元々の性分だ。
けれども、自分はもう表舞台に立つ事は出来ないのだからという諦めが何時しか自分を支配していた。
父親を人質にとられた状態で逆らえば自分も危ない事がわかっていた為反抗する事ができなかった。
いつの間にか日々の衣食住が確保できればよいと諦める事に慣れすぎてしまったから、称賛も功績も自分のものなのにと思う事すら忘れてしまっていた。
シャノンは、素直に嬉しいと思った。褒めてもらえる事、感謝される事、そして受け入れられる事が。
向けられる言葉をお世辞だと疑うだけでいたくない、と思ったのだ。
そんなシャノンを見て、エセルバートは何故か心の底から嬉しそうな顔を見せる。
それを見てシャノン心に呟いた。エセルバートのそんな笑顔をみることが、嬉しくて仕方ない、と思うと……。
優しい甘さに慣れてしまいそうになる自分が怖い。
温かい抱擁を嬉しいと思ってしまう自分に、必死に仮初のものと言い聞かせる頻度が増えているのが、怖い。
そう思ってしまっている理由に、気付きかけている事が、怖い……。
溜息をつきながら、シャノンは手にしていた本を閉じて棚にしまった。
忙しい日々、毎日少しの時間であっても、シャノンは完成した図書室で時間を過ごして居た。
せっかく本が読めるようになったのだから、と時折寝る時間すら惜しんでしまいエセルバートに怒られる事があるけれど。
集められた様々本に、ついつい目を輝かせるのは止められない。
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隣に並んで、語られる内容のひとつひとつに大きな反応を返してくれて。
シャノンが本を読んで聞かせると、輝くような笑顔を見せて喜んでくれていた。
『シャノン、また本を読んでくれ!』
あの日の弾むような声が、不思議と懐かしく最近蘇る。
今頃彼はどこにいるのだろう。何処の誰かも分からないまま別れてしまったけれど。
どうか彼が今幸せでありますように。心に小さく願い、シャノンは図書室を後にした。
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