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「待って!」

 呼び止めたけど、勢いよく扉を開けて2人は馬車を下りてしまった。

 私に出来る事なんてない。参戦しないなら逃げないと!

 馬車から下りて、人のいない方向へ走った。必ず追いかけてくると思ったのに、誰一人私を追いかけて来ないのは何故?

 もしかして、狙いが定まってるの?私以外の誰かを拐かすか殺すか、それが目的なら、私が逃げたって痛くも痒くもないよね。

 あの中で狙われるとしたら、リアムしかいない!

 私を誰も気にしてない。
 後ろから不意をつけば、男にだって勝てる。

 私は道からそれて、木の枝を折った。

 これを振り回す力はないし、振りかぶってる時に気付かれたら受け止められる。一直線に突くしかない。
 皆、数に圧されて苦戦してる。何人かは周りでニヤニヤ笑ってみてるだけで、完璧に油断してる。そのうち一人だけでもいい。誰かを倒せば、一瞬だけでも私の方に気が反れる。
 イエナならその隙をついて、体制を立て直せるかもしれない。

 男達に気付かれないよう、木に隠れて背後とって突っ走った。

「うっっ!!」

 背中を勢いよく突かれた男は、前のめりに倒れて痛みで転がっている。
 私が参戦したのに気付いて、何人か向かってきたけど、相手にせず私は木々の中へ逃げた。
 山賊だか盗賊だかしらないけど、森の中を遊び場にしていた私に付いて来れるならやってみなさい!!

 男装してて良かった。動くのが凄く楽だし、走りやすい。

 追手を振り切って、大回りして現場に戻ってみたけれど、事態は深刻だった。

 御者は殺されてるし、マシューは頭から血を流して倒れてる。沢山の死体の中央で、血溜まりの中、返り血を浴びて立っているイエナはいるけれど、目の届く範囲にリアムの姿はない。

「イエナっ!!マシュー!!大丈夫っ?」
「ハァ…ハァ……クレア様、馬車に乗ってください」
「リアムはどこ?」
「連れ去られました。殺されてはいません」
「…――っ」

 このままだと大変な事になる。

「相手はリアムの正体を知っていて狙ったと思う?」
「はい」

 イエナは私の問に冷静に返事をしながら、死んだ御者のポケットからハンカチを取り出した。
 ……きっと死体はここへ置いていくから、形見になる物を探してるんだよね。

「マシュー」
「……っ…クレア…様…?」
「起き上がらないで、もう少し寝ていなさい」

 良かった。意識はあるし、私をクレアだと認識できている。けど、強く頭を打っているから、安心は出来ないよね。

「うわぁっ!?」

 叫び声が聞こえて振り返ると、芋虫みたいに這って逃げようとしている男のもとに、女の生首が転がって行くのが見えた。
 もしかして、イエナが蹴ったの……?

「誰に雇われた?」
「知るか」
「吐けば見逃してやる」
「誰がっ」

 這いつくばった男が喋っている途中に『グチャ』と音がしたと思ったら、女の生首をイエナが踏み潰していた。

「生きたまま頭を踏み潰されたら痛いのか、試してみる?」

 イエナは本気だわ。私でもそれがわかるんだから、男に伝わらないはずないよね。

「ヤ……ヤコブって野郎に…命令された」
「伯爵の誘拐を?」
「そうだっ…」
「連れ去った後、何処へ向かうつもりだった?」
「ペイレスだ」
「ペイレス……」
「目的は?」
「知らねぇっ!!」
「目的は?」
「知らねぇんだ!!」
「そう」

 イエナは小さく答えてから、剣で男の頭をつらぬいてしまった。

「クレア様、乗馬は得意ですか?」
「ええ、スピードだけなら、イエナに負けない自信があるわ」
「では、私と二人でリアム様を追います」
「けど、それじゃマシューが」
「町に着けば、医者をここへ向かわせます。このまま馬車で進んでいては、ペイレスに着くのは夜中になるので。」

 でも、置いていくなんて……。

「…クレア様、私なら構いません。リアム様を…追ってください」
「わかったわ。けど、人が来るまで、絶対に馬車から出ては駄目よ。血の匂いで獣が寄ってくる可能性があるから」
「はい……」

 私がマシューと話してる間に、イエナは馬を車から外して鞍をつけてくれた。

「クレア様、行きましょう」
「うん」

 とりあえず、リアムを奪還しないと!
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